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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
オルキ諸島という国

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羊と島の関係



 抗議も口撃も効かない。ましてや力となればオルキの圧勝は明らか。謝る以外に切り抜ける方法はない。


 きっと納得はいっていないだろう。自分達がどう至らなかったかなど全く語らず、オルキ達が強要しただの、酷い対応をしただのと騒ぐのは分かりきっていた。


 しかし、群衆にはしっかりと見られている。おまけに「お前たちはどうせ後で文句言うんだろう」と馬鹿にする声まで上がっている。


「ほう、我々が目の前からいなくなったなら、そのような態度に変わるのか」


 とオルキが尋ねたなら、リーダー格の男は慌てて首を横に振った。


「今回の件で我々を非難する事は決して無い。という事で良いのだな」


「は、はい!」


「もし違えば(たがえば)貴様らは信用のおけぬ嘘つきであると周囲に証明するに等しいが、覚悟は良いな」


「……はい」


「では、話はもう良いか。吾輩は腹が減った」


 惨敗した抗議活動家たちが帰っていく。金でも引き出そうと考えていたのか、大赤字だと漏らす者までいる。


「……なんだったんだ? 結局」


「まあ、あんな人間もいるって事が分かっただけ良しとしなくちゃね」


「国は色んな人の集まりですからね。どんな施策をしようと全員賛成なんてまずありませんし、犯罪件数が0の国もありません」


「国民は増やしたいが、馬鹿な行いをせぬ者だけにしたいところだ」


「俺、勉強苦手だし、馬鹿なんだけど……」


 ケヴィンは勉強が苦手と言いながら、バツが悪そうに頭を掻く。


「馬鹿であるかどうかを問うてはいない。馬鹿な行いをするかしないかだ。馬鹿で慎ましい者は自分に迷惑がかかるだけだ。吾輩は賢くとも犯罪者は要らぬ」


「要らないの? いくら食べてもいいって言ってたよね。悪人は美味しいんじゃなかったかい」


「国民としてはいらぬ、食料としてなら大歓迎だ。……ふむ、良い事を思いついた」


 オルキはそう呟いた後で鼻を鳴らし、ソフィアに約束を果たせと迫る。


「はいはい、人間以外なら何でも好きなものを食べり。明日は羊毛を買い取ってもらえるか聞いて回らんと」





 * * * * * * * * *





 夕食の時間になり、オルキは小さい体にどれ程詰め込めるのか、不思議で仕方がない程に肉や魚を平らげた。


 島から持ってきたのはジョエル国通貨のダール。一方、アイザスの通貨はクロム。銀行でダールからクロムに両替し、オルキの食事代はなんとか払う事が出来た。


「1ダールが5.5クロム、か。ギタンギュの通貨だと100イエン(1イエン≒1円)相当ね」


「島長だけで9200クロムって、なかなかの食いっぷり」


「基軸通貨セインだと、1ダールが0.8セインくらいだったでしょうか。昔はダールの方が価値が高かったのに」


「戦争のせいで1ダールの価値はかなり下がったみたいだな」


 手元にあるのは残り6000ダールと20000クロム。ほぼすべてが戦闘艇の中に残されていたお金だ。

 これが国家の全予算と考えたなら心許ない。正直なところ、オルキには食べさせ過ぎだろう。


「帰りの燃料はあるけど、そうすると今度は別のとこに行くための燃料が足りない。燃料も買っておかないと」


「お金は足りるのでしょうか。その、恥ずかしながら国家予算で生活が管理され、自分で使えるお金がなかったもので……」


 アリヤは王女として自分で支払うという経験が殆どなく、金銭感覚が鈍い事は自覚しているようだ。庶民であるケヴィンやソフィアに任せるしかない。


「そうだな、今の最低でも3倍は持ってないと心許ない」


 戦闘艇、哨戒艇、警備艇、色々な呼び方があるが、軍用艇は総じて燃費効率が悪い。連合軍の最新鋭とはいえ、2000キロを航海する時、燃料費が1万ダール程度では全然足りない。


「羊毛を積んできて良かったかも。ギタンギュで実家の手伝いやってた時、1kgだいたい4000イエンで卸しとった。一応、そこそこ名の通る品種やったし」


「オルキ諸島の羊は半分野生化してるからなあ。でも結構な量があるから、破格で出してもいいんじゃないか。持って帰ってもあんなに使えないし」


 目についた羊を片っ端から刈り上げてきた。人間が毛を刈ってくれる事を覚えていたのか、重そうな羊が列をなして集まって来たくらいだ。


 クニガ島、ウグイ島の羊も春に毛を刈ってやったが、その分を合わせるとむしろ売らなければ置き場がない。


「専門家に見て貰うしかないよね。ってか、あたし今疑問に思ったんだけどさ」


「ん?」


「羊ってね、野生化したとしても、品種改良されて換毛せんようになっとると」


「ふーん」


「元々野生の種類ならまだしも、オルキ島の羊っち誰かが毛を刈っちゃらないけんのよ」


「まあ、そうなるよな」


 みんなの視線がイングスに向けられる。イングスはその視線の意味が分からず、特に反応もしない。


「イングスはあたしらが来るまで、羊の毛を刈った事があると?」


「ないよ」


「……1度も?」


「どうして誰も羊の毛を刈れって指示しないのに、僕が刈る事になるのかい」


「まあ、そうだよね。だとしたら……もう毛に体が埋もれてしまって、身動きも取れずに皮膚病を悪化させる個体ばかりでもおかしくないよね」


「言われてみれば……」


 羊たちの毛は確かに伸びきっていた。しかし、ソフィアが飼っていた当時の感覚で5年も6年も放置されていたようでもない。


「誰かが、刈りに来てた? もしかして実は誰か住んでたりする!?」


「それはなかろう。吾輩とイングスが神に連れられて来られ、そして捨てられるまで1年あった。神の奴はその間、人はいないと確信して過ごしておった」


「神様が刈ったのではないでしょうか」


「あやつが自ら労働をすると思うか? 吾輩が牛を狩り、羊を狩り、奴は食っちゃ寝だ。野菜くらいは細々と育てていたが」


 羊たちは、オルキ達が島にやって来る少し前まで管理されているようだった。既に集落は廃屋群となっていたが、そうなると最低でも10年程は誰も管理していない状態が続いたはずだ。


「人が毛を刈ってくれる事を覚えとったなら、人を見た事がある羊っち事やん。羊っちだいたい10年くらい生きるんやけど」


「少なくとも10年以内には人がいたって事ですか?」


「島長は? 神様とずっと一緒にいたんだよな」


「ずっとと言っても時々ふらりといなくなる事はあった。吾輩はこの体だ、その隙にどうする事もできなかった」


「なんか、引っかかるよな」


 羊についての疑問は、いつしか島、そして神への疑念へと変わっていく。


「あたし、前に島長に言ったことあったよね。神様は、島長が次の神様になれるように、わざと人が殆どおらん状態から島長を育てようとしたっち」


「そのような事を言っておったな。イングスを置いたのは、猫の姿では何も成せぬからだと」


「……本当に神は、この世界を捨てたのかな。もしかして、島長とイングスがどうやって島を復興させていくか、どこかで見てんじゃねえの」


 イングスを操っているはずが、神の手のひらで踊っていただけに過ぎないのかもしれない。もしくは自覚もなしに操られているのはオルキではないか。


「神の性格からして、有り得なくもない」


「とにかく、使えるものは全て使うだけさ。羊毛を売れるのなら売って金にする。その金で買えるものを買えるだけ買って帰り、島を発展させる。今はそれを考える時だ」


「じゃあ、明日は羊毛を売り歩きながらアイザスを見てまわらん? いいものがあったらオルキ国にも採用したらいい」


「燃料代と、フューサーが買って来てくれって言ってたもんを確保するのが先だぞ」


「僕はもう猫を確保した。猫の手は貸せる」


「他にいっぱいあるんだ、手伝ってくれ」


「はーい」


「イングス、とりあえず俺が猫の面倒を見てやってるけど、島に帰ったらお前が面倒を見るんだぞ。生き物を育てる経験をしてみろ」


「はーい」


 疑問があろうと、島に帰らなければ始まらない。そしてその島はこの島で物資を手に入れない事には始まらない。


 長らく外界と断絶されていたケヴィン達にとって、明日の国家見学はただの観光ではなく実りある視察にしなければならない。

 人との接触が限られていたオルキとイングスも、学ぶものがあるだろう。


「じゃ、明日は社会見学! たのしみ!」


「遊びに行くんじゃねえんだぞ、国のための観光……じゃなかった、偵察」


「視察ね」


「そう、視察! ふふん……」


 それぞれが楽しそうにする中、オルキだけはまだ先程の会話の事を考えていた。

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