対話
「そだごと語ってもよ、おい達も権利っちゅうもんが……」
「代表は大統領でしょう。大統領を民主的に選んだでしょ? 代表はあなたじゃない」
「そいだば、何も言うなっちゅうことだべ? そいな……そんな強引な民主主義があるもんか!」
女子供が相手だと、抗議活動のリーダーも途端に威勢が良くなる。だが、口数も気の強さもソフィアには敵わない。
「相手を叩き潰したくて、傷つき悲しむ姿を見たかっただけでしょ。充実も刺激もない生活で日々感じる満たされない気持ちを、誰かにぶつける事で発散したかったんだよね」
「まあ、そんな所だろうなあ。寄ってたかって罵って、虐げて、勝利に酔い痴れたかったのになあ? 反撃されて今どんな気持ちだい」
どうせ嫌われているのだからと、思う存分に反感を買う。そんなソフィアとケヴィンの意図する事が分かったオルキは、イングスの肩から降り、少しばかり目を閉じた。
「今日の夕食は豪勢に頼むぞ」
「元の姿を見せると? 持ってきた現金と羊毛で賄える範囲にしちゃりね」
「善処はしよう」
オルキは中庭の草木に迷惑が掛からない程度に体を大きくする。人間の背丈より少しばかり大きい程度になった時、門の外は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「ぎゃあああ!」
「化け物! 化け物だ!」
オルキの姿に恐怖し失神する者、逃げようとする者、腰を抜かす者、その者に躓いて転び、額から血を流す者。先程までの威勢など欠片もない。
「全人類に好かれようなど絵空事とは理解している。吾輩にも好みがあるからな、例えば人間の頭部を喰らうのは好かぬし、好こうとも思わぬ。だが、だからと嫌がらせをするのは違うと思わぬか」
抗議者の半分程は逃げてしまった。野次馬もオルキに怯え、好意的な感情を手放してしまったかもしれない。
それでもオルキは冷静で賢明な王である事を知ってもらおうと努力を続ける。
「我々は国として認めてもらうため、許しを請う立場だ。どんな正論をかざそうと、認めないと言われたら終いだと理解もしておる。認める基準があるのなら告げてはくれぬか。我々が現時点で及ばぬこともあるだろう」
オルキは相手が認めず、嫌い、憎しみを持てば、心からの支持を受けられない事を学んだ。奇しくも国民であるソフィアから。
この場でそれを思い出したと同時に、ケヴィンとソフィアが敢えて嫌われ役となって黙らせてくれた事で、オルキは冷静な王である事を印象付ける事ができ、対話に集中できる。
「我々は何が原因で、これ程の非難を集めたのだろうか」
「…………ひいっ!」
「ひいでは分からぬ。ただ他所者に警戒しただけというなら、それには及ばぬと証明したいのだが」
「島長、警戒だけでこんな敵意むき出しで抗議看板まで持ち出すと思う? あからさまに何かあれば使おうと用意していたような出来栄えよ?」
小道具はあるものをかき集めて作ったようには見えない。
看板には立派な持ち手。目立つ装飾テープが巻かれ、マグネットで張り付けられた看板の文字はその時々で文言を変えられる仕様だ。
「突然予告なく現れた、その点についての不信感は国の代表者たる大統領や、港を管轄する市の市長に詫びたつもりだ。足りぬと申すなら謝罪のお替りを要求すれば良い」
そもそも抗議自体が目的で、条件など何も考えていない。どうすれば引き下がるかをその場でまとめる事も出来ないし、何が気に入らなかったかと言われてもなんとなくだ。
たった4人と1匹相手なら、強く押せばなんとかなると思っていたのにこの有様。響き渡る大声に延々と繰り返される非難に耐え兼ね、降参すると思ったのにこの強気。
そしていつの間にか自分達が諭される側に回り、説教に言い返せる程の正当な理由は何もない。
お替りの要求がない事にイングスが珍しく、そして見当違いな気づかいを見せた。
「普通がいいかな、小盛がいいかな、それともたくさん?」
「飯やおかずじゃねえんだから。小盛の謝罪ってどんなだよ」
「皆が抗議する理由は解消され、友好的な関係を築けるという理解で良いだろうか」
抗議者たちは何も言わない。恐ろしいオルキの姿も、冷静な態度も、勢いだけの抗議活動では翻せない。
「改めて吾輩と国民の非礼を詫びよう。貴様らがあまりにも不躾なものだから、つい黙っておれなくなった」
「お替り、普通だね」
「イングス」
「ところで、貴様らはどうだ。吾輩は国王として、我が国民への暴言を寛大に許すなどというつもりも権利もないのだが」
悪い事をしたら謝りましょう。つまりはそう言いたいのだ。だが、このような者達は総じて謝る事が出来ない生き物。
謝る事が負けとでも思っているのか、謝ったら死ぬ病にでも罹っているのか、言い訳は出来ても「ごめんなさい」「申し訳ありませんでした」の言葉が言えない。
言えたとしても、こうだ。
「……悪かった、これでいいだろ? 謝ったんだからもう終わりだ」
「そうよ、水に流して」
アリヤがオルキに悲しそうな顔を向け、小さく首を横に振る。ソフィアも小声でオルキを制止する。
オルキはこのような人間が一番嫌いなのだ。
そして、オルキは今、元の姿を維持するためにエネルギーを使い、腹が減っている。
「人間の謝罪は、言葉なのかい」
ふとイングスの真っすぐな声が響く。
「僕はオルキ国のみんなから、謝る時には心が必要だと学んだよ。僕には心がないから、謝る事が出来ない。君達は人間だと思うけれど、人間なら心があるんだよね。どうして使わないのかい」
「あーあ、人形でも分かるのに」
単語を口から吐いてさえいれば、相手が許すというのか。イングスはそう伝えたかった。そのような言い方の工夫は、生粋の人間の方が巧い。
「だな。てめえが考えてみろ。鼻ほじって寝そべりながら悪かった許してくれなんて言われて、許そうと思うか? 謝罪ってのはな、相手に投げて寄越すもんじゃねえの」
「もう説教は良いか、吾輩は腹が減ったのだが」
オルキはとても腹が減っている。
「駄目だって、外交どころじゃなくなるだろ」
「このような腐れた畜生に意味があるのか、生かすに値するほどの地位も名誉も名声も、持ち合わせているようには見えん。それにしても旨そうだ」
オルキの言動と絶えず舌なめずりしている様子を見て、魔獣相手にしてはいけない事をしたと気付いたのだろう。抗議者の顔色はサッと蒼くなり、唇は紫を通り越してもはや黒い。
「あの、私達は謝られたからって何も得する事はないんです。おがすね者と言われた事実は消えません。それでも国王は謝罪を受け取ろうとしています」
「今はもう食べたいばかりだけどな……イングス、絶対に島長をこれ以上前に行かせるなよ」
「貴様らは悪人の美味を知らぬからそのように言うのだ」
「だ、駄目ですオルキさん! しゃ、謝罪を相手に受け取らせたいなら、相応しい渡し方があると思いませんか!」
「おい、誰のために謝るのか、ちゃんと考えろ! 保身のための言葉は謝罪とは言わねえけど、つうか今は保身でも何でもやんなきゃどうなるか分かるだろうが!」
ソフィアとケヴィンがオルキを抑え込んでいる間に、アリヤは滾々と人間性に問いかける。この期に及んでまだオルキ達が諦める可能性に賭けている面々に、とうとう厳しい言葉が浴びせられた。
その声の主は、後方で成り行きを見守っていたアイザスの国民だ。
「あんこたんねえのか! はいぐすねど、食われっとわ!」
「とぼげ、ズシム語さ語れっつったべ? えっと、いっつもいっつもよ、相手を悪者呼ばわりしてっけどよ、自分達が悪い時はどうなんだべ?」
「おんめほでなす、ズシムになってねえべさ! 悪い事した相手に誠心誠意の謝罪を要求する連中が、迷惑かけた相手にほいだごとぬかすて、わがんねよ」
「おんめのヘダクソな共通語だり聞いてっと耳が痛くなるべさ。いいかおめだち、水に流すかどうか決めるのは、許す側だからな。悪人のくせに水に流せっちゅうのはいがれぽんちさ!」
ゼンタ語訛りのズシム語でも、皆は精一杯ズシム語を喋ろうと努力している。この気持ちが、今オルキ達が最も求めているものだった。
「……。おらが悪かったっちゃ。ごめんなしてけらいん。……その、ズシム語では何て言うんだべ」
「私が悪かったです、申し訳ございませんでした、って言うの」
抗議活動家たちが震える声で謝罪を口にし、頭を下げる。途中でオルキの腹が鳴ったが、活動家たちが顔を上げた時は、もうオルキは肩乗りサイズに戻っていた。
「貴様らではなく、後方のアイザス国民に免じて許す。よく礼を言っておくんだな。それと」
オルキはわざと口を開けて威嚇し、言葉を続ける。
「この国が我が国を認めたなら、貴様らも友好的な態度でいてくれ。我が国は歓迎しよう」




