大統領との面会
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セイスフランナの大使館に到着してから1時間後。
広い応接室の大きな窓の外は、森林限界で短い草しか生えない大地と、すぐ先に広がる海とのコントラストが鮮やかだ。
どこかオルキ諸島から外洋を望む風景にも似ている。
「フューサー達、元気かな」
「ガーミッドさん、島に移り住んでまだちょっとだし、苦労してるかも」
「どうしてでしょう、アイザスの方が近代的で何でも揃っているというのに、もうヒーゴ島のあの集落を恋しく思ってしまいます」
イングスを除いた3人は、早くもホームシックに罹っている。皆がシャワーを浴び着替えを済ませ一息ついていた頃、ようやく大統領がやってきた。
かと思えば入ってすぐ連絡する用事を思い出し、急いで電話を借りてかける。
「はいはい、ほいでまずごめんね、あーはい、おみょうにち、はい……」
「大統領、電話は後にして、はいぐしでけさいん」
「んだごと言ってもよ、ゴレイの大公さんはすーぐたんぱらおごすてわがんねんだっちゃ。ちょっとかだってっと、なんだもねえごだ」
「はいぐ、さんざぱら待だせでますから」
そこから廊下を歩く間の声は全て丸聞こえだ。アリヤは苦笑いを浮かべ、相変わらずだと呟いた。
「あーすばらぐどって、ハカハカすできた。んだどもがらがら来たもんで、ばほらばほらしてなんだい」
「ほだごどねえでがす、おづけてますから、はやぐしでけさいん」
「てんでんに挨拶した方があんばい良いべ? まずもって国王か? アリヤ王女? ぶじょほだごだべ?」
「どっちでもすぢにしてけさいん、いっそほだこどばりすて」
「わがった、ほり、あげてすけてけろや」
「あい、すづれいします、大統領がお見えになりました」
ソフィアやケヴィンから見れば親ほどの歳だろうか、ふくよかな女性がせかせかと歩いて入ってきた。
「アリヤ様! あんれまあよぐござったなや!」
「大統領、ご無沙汰しております」
「ほーら、ねまらい、おーでらにしてけさいん。いぎなしいい知らせかと思って話さ聞いたけんども、オルキ国さ立ち上げたっつって、どでんにすたんだっきゃ」
「たまげたでしょう?」
「いがす。そいだばなじょしてござったのしゃ? オルキ王はどっつっしゃ? 紹介すてけさいん」
「あ、あの、なるべくズシム語で話していただけると、皆さんも会話に加われると思います」
「おほほ、そうでしたね」
大統領はにこやかに微笑み、なおかつあからさまに若い面々を不思議がる。オルキの事はまだ詳しく聞いていないらしく、アリヤがオルキを抱きかかえた。
「こちらが、オルキ王です」
「ん?」
「オルキ王は、一見すると猫なのですが……」
一見も何も、オルキの姿はあからさまに猫そのものだ。大統領はオルキの事を詳しく聞いていなかったのか、クスクスと笑う。
「ありゃりゃ、おどけがだりの上手なこと! ねごっこ、ほ~れおつむてんてん。こいなねごっこが王様のわけねえべさ」
大統領がオルキの頭を優しく撫でる。悪い人ではない事は明らかだが、初対面で他国の王の頭を撫でた大統領は有史以来初めてだろう。
「吾輩はオルキである」
「……ひっ、喋っ」
「吾輩がオルキ国の王だ。猫だ何だと驚くのはもう良い、見飽きた」
案の定、大統領は驚きで固まった。この先は大声で叫ぶ、腰を抜かす等々、展開は読めてしまうものだ。
だからか、オルキは予め大統領がしそうな行動を封じにかかる。が、秘書が叫んでしまったため台無しとなってしまった。
大統領はナマズのように口をパクパクさせながら、ゆっくりと距離を取る。
「ば、化がにされてねえべな? おれまだおっかねえつさづぎのずんちゃんこだとばり……」
「だ、大統領、ズシム語で……」
「あ、ああそうでした。驚いてしまってつい……私がアイザスの大統領をやっております、ヴァン・ドイルでござりす」
「吾輩はオルキという名を貰った。魔獣である、猫ではない。子猫を扱いたいならケヴィンの服の中でスヤスヤと寝ている方を愛でるがいい」
「へっ!? あ、ああ、俺がケヴィンです、ケヴィン・グリュックスです大統領閣下。オルキの国民ですが、以前はフェイン王国からの応援兵としてレノンに住んでいました」
急に名前を出され、ケヴィンが跳び上がる。出来るだけ上品に見せようと、立ち上がってゆっくりお辞儀をした。
「そこにいるのはソフィアだ」
「お初お目にかかります、ソフィア・ウェッジウッドですドイル大統領。ギタンギュのコレスト市からオルキに移住しております」
「この通り、オルキは移民の国だ。原住民と呼べる民はおらぬ」
「そ、そうですか。しかし昔話や伝説の中でしか存在を知られていない魔獣が、まさか目の前にいるとは……」
魔獣が国王だという事に衝撃を受けるも、大統領という立場にいるからか、信じられない、嘘だなどと騒ぐつもりはないらしい。
大統領はここにいる者達が全員若いのも、移民が若年層に偏っているからと瞬時に理解した。
「存在を主張して来なかったのだから、人間が知らぬのは仕方あるまい。吾輩はオルキ国を建国し、戦争などという愚かな行為に耽る者達から善良な者を守らねばならん。そのため人の前に姿を現す事にした」
「成程……そうですか。えっと、そちらのお若い方は?」
「イングス、自己紹介を」
穏やかな表情でじっとしているイングスが気になったのだろう。大統領が名前を尋ね、オルキが自分で名乗るように指示を出す。
「僕は作られてからイングス・クラクスヴィークになった」
「……?」
「イングス・クラクスヴィークは名前だよ。人形にも名前はあった方が都合がいいんだって」
「……人形?」
作られる、人形などの単語に困惑するのも無理はない。市長は本当に何も伝えていないらしい。
「うん」
「人間にしか見えませんけど……」
「人間の形をしていなかったら人形じゃないよ」
「あー、魔獣の存在をすんなり受け入れられるなら、イングスの事も多分大丈夫だと思いますんで」
ケヴィンはオルキとイングスについて説明を始める。
ヒーゴ島は数年前まで神が実際に住んでいた事。オルキは神との契約で猫の姿にされている事。
そして、イングスは神が理想の人間として作り上げようとした個体である事。
オルキ国ではイングスも人として国籍を与え、人と同じように過ごさせている事。
オルキ国の国民は、現在5人と1体と1匹である事。
説明の中で、イングスがいつものように首を回して見せた。今度こそ大統領は驚きで悲鳴を上げ、警備隊が慌てて駆け付ける事態となってしまった。
その警備隊もイングスの首を見て悲鳴を上げてしまったのだが、その場合は誰が駆け付けてくれるのだろう。平和ボケしているアイザスの課題が見えたようだ。
「神とは、あの、ヘヴン教の神ですよね?」
「ああ」
「何かのその……新興宗教とか、神を名乗っていたとかではなく?」
「仮にそうだったとして、イングスを作り上げる程の能力が他の神にあるのなら、神の件は別にこだわらぬ」
「……まあ、神についての逸話はどこの国にもあるものですし、今はその真偽を問いただす場でもありませんものね。建国の経緯として伝説や宗教が絡む事も珍しくありません」
大統領は暫く考え込んだ後、具体的なオルキ国の様子を知りたいと告げた。
「国と認め、国交を結ぶとなれば、互いの国をよく知る必要があると思いませんか。訪れた事もない国と、ただの紙切れで繋がる訳にはいきません」
「確かに、そっちの立場からすれば当然であろう」
「そうですね……セイスフランナではなくオルキ国の国民として、私はアイザスの事をよく知っているつもりです。ですが、皆さんがオルキ国を知って下さらなければ……」
島には写真機がなく、現在の世界地図には島の位置すら載っていない。
どんな状況にあるか、どのような島でどこにあるのかも証明できない。もっと言えば、今の話が真実であると示せるものが何もない。
もしもアリヤが同席していなければ、妄言で建国を主張するおかしな団体と見做されていただろう。
暫く沈黙が続いた後、大統領がオルキに1つ提案した。
「では、皆さんの帰国と共に、我が国の代表者が一緒に向かい、国の存在を確かめます。それで如何でしょう。そうすれば議会でオルキ国を認める判断を下せるかと」




