chit-chat02 イングスとケヴィン
「ケヴィン、僕がおはよう」
「おー、おはよう。自分が起きた事は報告しなくていいんだよ、おはようは自分のことじゃなくて、相手に言うんだ」
「そうなんだね。ケヴィンがおはよう」
「えっと、そうじゃないんだけど」
今日もケヴィンとイングスは道路整備だ。相性が良いのか、それともケヴィンの面倒見が良いのか、大抵何かの仕事をする時はこの組み合わせになる。
泥炭掘りも、道づくりも、家の基礎や釣り、家畜の捜索までよく2人でこなす。
「俺はフューサーみたいに物事を緻密に計算したり器用に作ったり、ソフィアみたいに法律を勉強するなんてこと出来ねえからなあ」
「そうなんだね」
「こうやって体を動かして、明らかな成果が見える仕事が向いてるんだ。イングスの力も助かってる。有難うな」
「僕は操って貰えるなら何でもする。ケヴィンの役に立たせてくれてありがとう」
「お前の立場だとそうなるのか。しかしイングスから有難うを聞く日が来るなんて……お前、成長したな。ああ、出来のいい人形に仕上がってきたって意味」
「そうなんだね」
イングスは感情を表現しないが、人形としての出来栄えや能力を褒めると、心なしか張り切って取り組むようになる。
それは嬉しくないふりをしつつ、もっと褒めて欲しくて頑張る子供のようだ。
イングスは決して人間と同等に扱われたいわけでない。人形として認められる事が嬉しいのだと、誰よりも先に理解したのはケヴィンだった。
「もしも他にイングスと同じような人形があったとしてもさ、俺はイングスが一番優秀だと思うぜ」
「どうしてそう思うのかな」
「釣りが出来て、船の修理が出来て、道を作れる、家も作れる、料理も作れる。知識も増えたし、能力は高い。おまけに俺達はイングスを信用している」
「そうなんだね」
「信用されるって、すっごく大事なんだ。信用がなきゃ、どんなに能力が高くても仕事を貰えなかったりする」
「僕は信頼性が高い操り人形って事かな」
「ああ、世界一ね」
オルキの人形だったはずが、イングスにも欲が出始めたのか、この頃は他人にも操る事を要求する。
以前なら何もせず小屋の中でじっと壁に背中を預け座っていたのに、今は暇な時間を嫌い、他人の仕事を手伝おうとする。
こういう時はこうするものとパターン化しただけかもしれないが、疲れたケヴィンが休憩時間に倒れ込むように寝てしまったら、ブランケットを掛けるくらいの事はする。
「さ、残りの杭を打っていけば終わりだな。よーし、疲れたから休憩にするか」
「僕は疲れていないけれど、休憩に……」
「休憩しろ、人間に合わせる」
「はーい」
役に立とうと頑張り続けるため、人間から見れば酷使のような感覚になる。一方、イングスは使役されその成果を認められたい。
その感覚の違いを知っているからか、ケヴィンは休憩を忠実にこなす事を指示するようになった。指示されたいイングスに配慮した形だ。
「人間のようにならなきゃいけないって訳でもない。イングスは人間に出来ない事が出来るんだし。でも、人間のように振舞えると有利だと思うぜ。それは人間を理解しているって事だから」
「そうなんだね」
午前中の道路整備の後、昼休憩の2時間はイングスにとって勉強の時間だ。
読み書きは問題ないため、後はいかに自然な会話が出来るか。
イングスは語彙力があまりなく、知っている単語で補おうとする。そして、応用が利かない。
なぜその言葉を使うのか、この時はこの言葉を使うルールだ、などと細かく教えてようやく100個目に臨機応変な言葉を使うレベルだ。
その講師がケヴィンでは不安しかないものの、楽しそうに教える姿を見て、皆がケヴィンに任せる事を決めた。
「火を起こすってみんな言うけど、火を点ける、発生させる。火が付く、発生するとも言う」
「そうなんだね」
「じゃあはい、イングスが朝食の準備のために火を起こしました。なんて言う?」
「火がおはよう」
「違う」
「起きたのは僕じゃないよ」
「そうなんだけどさ、おはようではないんだ。この場合、火が点いたよって言うべきなんだ」
「そうなんだね」
ケヴィンは幾つか定型文を作り、イングスにそれを覚えさせていく。イングスが自分で考えれば考える程、イングスなりの解釈が暴走してしまうからだ。
晴れた空の中、丘の麓に溜まっていた乾霧が流れていく。近くを牛がゆっくりと歩いて通り過ぎる。そんな長閑な島の暮らしももう1年が過ぎた。
最近のイングスはまだ時々変な造語が飛び出すも、反応ではなく返事と会話が出来る。傀儡として扱ってもらうための言葉、そのための応用については覚えも早い。
いずれ、火がおはようなどと言わなくなるだろう。
「さーて、作業に戻るか」
「はーい」
「……ん?」
「持つのは僕の仕事だよ」
例えばこんな時。自分の役目だと認識した作業には興味を示し、自分から話しかける事が出来る。
「あ? ああ、有難う。そういう時は僕が持つよとか、僕が持ちたいとかって言うんだ。言われた方は、気遣いや優しさとも受け取れる」
「操り人形が操られもしなくて、何もさせられないなんて残酷だよ。だから僕はケヴィンが僕に残酷な仕打ちをしないで良いようにした」
「人形目線だとそうなるのか。有難うな。えっと、例えばオルキが腹減ったって言った時、俺が魚を釣ってオルキにあげようとする。イングスはどう思う?」
「お腹は減らないよ。増えたところも見た事がない」
「お腹が空いた、何か食べたいって意味さ。それをお腹が減ったと表現する」
「そうなんだね」
「で、操り人形のイングスはどう思う? どうしたい?」
「僕に言いつけるべきだね。僕が魚をオルキに食べさせる」
「イングスはそうしたいのか?」
「僕はしたいかしたくないか、分からないよ」
イングスは自分の役割だから、自分の存在意義のためだから、そう言って仕事をこなそうとする。
けれど、それが意思であると気付き始めてもいる。
「人形としての役目でも、お前の意思なんだ。役目を果たしたいっていうね。それをもっと主張してもいいと思うぜ」
「操られないのに勝手に動くのは人形じゃないよ」
「そうか? 操り人形は操られていない間、何もしちゃいけないなんて誰が決めたんだ?」
「誰かは分からないね」
「じゃあ、俺が人形はどういうものか、決めたらどうする?」
イングスはケヴィンの問いにしばらく答えが見つからなかった。自分は操り人形で、そう作ったのは神だ。操り人形とは何かを教えられ、その通りにしている。
けれど、その神はいなくなった。オルキは神の作った世界を否定もしないが肯定はしていない。ならば、イングスの存在意義はどうなるのだろうか。
「オルキに確認する」
「ああ、そうだな。オルキに聞いてみるといい。だけど1つだけ、イングスには変わらない事がある」
「人形である事は変わらないね」
「そうじゃない。俺の友達ってことさ!」
友達というものについて、知識はある。しかし、イングスはまさか自分がその対象になるとは思っていなかった。
オルキは主で、自分は操り人形。それ以外の関係を望んだ事がなければ、考えた事もない。
「僕はケヴィンと友達になるかならないか、決めた事がないよ」
「俺がイングスの事を友達と思っているから、もう友達さ。イングスが拒否しないなら、俺達は友達。どうだい?」
「人形として問題がなければ、それでいいと思うよ」
「よっしゃ! じゃあ、午後からも頑張ろうぜ、よろしくな、友よ」
ケヴィンはニカッと笑顔を作り、イングスの髪に鳥が棲みつきそうなくらい撫でまわす。
「まるで、人間みたい」
「人形は人間のように作られたんだから、それでいいんじゃねえの」
「人形が人間みたいなのは、当たり前なんだね」
イングスは相変わらず喜怒哀楽を表に出さず、それでも確かに何かを理解したようだった。




