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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
異国の風と異国の言葉。

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楽しい食卓

 


 イングスがオルキの寝床を用意し、動く気のないオルキを抱え上げて運ぶ。オルキはさっきまで人を襲っていたとは到底思えない猫っぷりだ。


「島長、ガーミッドとアリヤ、2人をオルキ国に迎え入れてくれ」


「ん? アリヤはもう許可しておろう。ガーミッドは捕虜も満足に見張っておれぬようだが、どのような人間かを見極めると言ったのは吾輩だったな」


 オルキは眠そうに半目を開け、あくびをしてから寝床に顔を埋める。


「悪人ではなく勤勉な者であれば歓迎する。吾輩の方針に変わりはない」


「あ、有難うございます! イングスくんにも負けないくらいよく働き、この国に尽くします!」


「あー……まあ、その気概だけは受け取っておくよ。さ、ひとまず首都まで戻りますか」


 いつの間にか朝とも昼とも言える時間になり、霧のない快晴の島は緑で眩しい程。

 首都に向かう土の道を歩きながら、アリヤが対岸のクニガ島や、丘を覆い尽くす草原とすぐ先に広がる海の対比に思わず「わぁ」と目を輝かせる。


「セイスフランナにはこんな景色なかった。とても綺麗……ここがこれから私の故郷になるのね」


「どこ行ってもこの景色だぜ? すぐに見飽きるさ。熱帯の先進国からは考えられない生活の始まりだ、覚悟してくれよ」


「はいっ! 難民船の環境より悪い所なんてないと思っているから大丈夫です!」


「緑のない砂漠の故郷とも、どこか色のなかったジョエルの町並みとも違う。世界は本当に広いですね」


 都会からやってきた元捕虜のお嬢様アリヤと、弱気だった軍人のガーミッド。

 こうして2人が加わり、オルキ国の人口は5人となった。





 * * * * * * * * *





「さーて、今日はあたしが料理当番ね。イングス、チャドルから干した肉を持ってきて?」


「はーい」


 夕食時になり、当番のソフィアが台所に立つ。貴重な調味料を吟味しながら、今日の献立は決まったようだ。


 イングスはチャドルと呼ばれる干し肉小屋へ向かい、垂木からぶら下がった肉を1つ取ってソフィアの許へ戻る。


「羊の乳、塩とクレソンと、キャベツ、カブ、玉ねぎ、にんじん、ウニ、タラ、牡蠣。それに干し肉もあるけん、作ってみるかな」


 日頃はじゃがいも料理が続きがちなため、今日のソフィアはあえてジャガイモを外した。そうなると満腹感を出すのが難しい。

 そこでとっておきの干し肉を使い、噛んで満腹中枢を刺激する作戦だ。


「ソフィア、持って来たよ」


「有難う。じゃあ、玉ねぎを塩水注ぎながら炒めちゃる? 赤茶色になったら牡蠣を入れて思いっきりかき混ぜる! 最後にハーブも足してね」


「はーい」


 ソフィアがタラを蒸しはじめ、合間にウニの殻を割る。薄い黄色の身をスプーンで掻き出して塩水で洗い、膜や不純物を取り除いたら綺麗に並べていく。


 その横ではイングスが鍋をかき混ぜ、ペーストを作っている。蒸したタラのソースにするのだ。


「牡蠣はそのまま食べても良かったんやけどね。アリヤさんとガーミッドさんにはあまり馴染みがないかもと思ってさ」


「どうして人間はそのまま食べないのかな」


「味や食感に飽きちゃうからかな? あと、色んなものを工夫して食べないと栄養素が偏っちゃう」


 次に羊の乳に牛乳のチーズを溶かし、そこにカブとキャベツのざく切り、玉ねぎ、にんじん、シェルプチェート(潮風で自然乾燥させた羊の干し肉)を入れる。

 オイスターソースの代わりにペーストの残りを足し、ぐつぐつと煮立ったらウニを乗せ、クレソンを散らして完成だ。


「調味料がハーブとパプリカ粉と塩しかないんだもんね。もう少しにんじんの甘味とか引き出せたらいいんだけどなあ」


「これは何て名前の料理なの?」


「ん-、何だろうね。干し肉の味が濃すぎるから、ミルクで柔らかくしようと思っただけなんよね。前にケヴィンが牡蠣の身がごろっと入ったの作ってくれたでしょ、同じじゃ面白くないかなって」


「人間は面白いか、面白くないかも食べるのかな」


「え? まあ、そうね。見た目も味も、ちょっとした驚きも、全てが合わさって料理になるの。そういうもんっち思ってね」


「はーい」


「じゃあ、みんなを呼んで。今日はあたしの家に集合」


 ソフィアが皿に取り分け始めると、外ではイングスの大声が響き渡る。


「みんな! ソフィアの家でごはんだよ!」


 毎日、このソフィアの部分が料理の担当者の名前と入れ替わる。


「お、もう出来たのか」


「1分とお待たせしないで、すぐに食べられるよ」


 全島民5人と1体と1匹が揃い、最近出来たばかりのテーブルを囲む。椅子はケヴィンが、テーブルはイングスが作った。


「椅子が足りないから、あたしとイングスと島長はこっちで食べようね」


「魚か。水に入らずとも魚にありつけるのは、人間と暮らす大きな利点だ」


「僕との暮らしでは駄目かい」


「もちろん駄目ではない。イングスは魚を釣り、焼いてくれる。ただ、食べ方の工夫や料理の作り分けは、吾輩では指示できぬ」


「早く食べようぜ! クリームスープ美味そう!」


 皆で島の恵みに感謝し、揃って食べ始める。


「ああ、チーズを使った料理は久しぶりだ……とても美味しい」


「良かった、この島で使える食材が殆ど入っとるけんね。苦手だとこの先きついかもっち思いよった」


 ジョエルで暮らし、北方の料理に多少なりとも馴染みがあるガーミッドは美味しそうに食べ始めるが、ソフィアの心配はアリヤだ。


 発展した先進国の大都市とはいえ、セイスフランナは赤道直下。料理に使う食材はまるで違う。


「どう、かな?」


「美味しいです、アイザスの郷土料理に似ていますね。現地だとジャガイモを使っていたような」


「アリヤさん、アイザスに行った事があるの?」


「あ、ええ、知人がアイザスの出身で」


 知ったかぶりと思われるのを避けるためか、アリヤが知人から聞いたと付け足す。


「ま、口に合うなら何でもいいさ。どんなに欲しくたって、南の食べ物は手に入らないからな。そういえばセイスフランナではどんな料理を作るんだ?」


「えっと、あの、私……料理は自分でした事が、ないんです」


「あ、だから料理当番どうしよう、とか思ったんやろ。大丈夫、教えるけん」


「さては大都会のお嬢様か。ここの生活は過酷だと思うけど、今更大丈夫じゃなくてもどうしようもないか」


「その、教えて貰う事ばかりと思いますけど、頑張りますから!」


「ガーミッドさんは、料理できる?」


「はい、ノウェイコーストは砂漠にありますから、あまり野菜を使った物は出来ませんが」


 5人に増えると会話の量も増え、食卓が賑やかになる。

 ソフィアは猫の姿でも水をよく飲み塩分も気にしないオルキに肉を分けながら、久しぶりに同性と話せる事もあってか、ご機嫌だ。


「今日の料理は、楽しいスープ」


「ん? 楽しいスープって?」


「どうした、イングス。楽しいスープって何だ?」


 味見程度に食事を摂るイングスが、ふと妙な事を口にした。


「見た目も味も、ちょっとした驚きも、全てが合わさって料理になる。今日はみんな楽しい時のように見えるから、このスープは楽しいが入ってると思う」


「あははっ! 成程、料理の名前って事ね。よーし、今日の料理はタラのソフィア風蒸し焼きと、イングスの楽しいスープ!」


「聞いただけじゃ何も分かんねえ」


「ま、名乗ったもん勝ちだな」


 娯楽の少ない島において、食事は一番の楽しみだ。たまに失敗で意気消沈する事もあるが、今日の料理が島の郷土料理になり、多くに親しまれる日も近いかもしれない。



挿絵(By みてみん)

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