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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
異国の風と異国の言葉。

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決意の方向性の話

 

「この国にはソフィアさん、フューサーさん、ケヴィンさん、私も入れて4人しかいない。だけど、どこよりも人の目を意識しないといけないって事ね」


「確かに、模範的な理想の人間として振舞う必要はあるな」


「そして、イングスはきっと僕は人形だから、人形の目を意識してくれと言う」


「うん、意味は分からないけれど」


「イングスの視界では、人として真っ当に生活する。その姿で人間とは何かを学んでもらうって意味さ」


「はーい」


 イングスの返事は軽いが、「うん」にも「はーい」にも、次からはそうするという意味が込められている。そしてそれは絶対に実行される。


 果たしてイングスは誰の、どの行動を真似するのか。皆がヒヤヒヤだ。また、この場で気になる事は他にもある。


「さて、ヒーゴ島に戻るぞ。あのガーミッドという名の男を試すのに、相応な時間が過ぎておる」


 東の空がうっすらと明るくなり始めた。もうじき朝の5時。そろそろカモメもニシツノメドリも起き始め、ピギャーピギャーと騒がしくなるだろう。


 一行はその場に残された荷物を戦闘艇へ運び、ヒーゴ島の港を目指し出港した。





* * * * * * * * *





 太陽の光が朝靄の中で拡散され、揺れる白いスクリーンのように辺りを包み込む。

 ヒーゴ島に戻った一行は、明るく悪い視界の中を潜るようにして歩き、小屋の前に立っていた。


「……小屋の扉が開いてる」


「フッ、希望は与えたが、試した吾輩が愚かだったな」


「あ、あの!」


 アリヤがオルキの怒りを制止しようと声を発した。皆でウグイ島に向かってから、既に6時間が経っている。今更急いでも仕方がないのだが、オルキは気が気でないようだ。


 アリヤは落ち着かせるように努めて平静に、ゆっくりと言葉をつづる。


「その、捕虜にしたのって、ガーミッドさんでしたよね」


「ああ」


「あと2人は名前聞いとらんけど、そうやね。みんな執行猶予状態」


「吾輩はその2人を腹が減った時に食べるため残しただけだぞ」


「えっ」


 オルキの発言にその場の空気が凍る。それならば必死に逃げるのも無理はない。


「でも、島から出る手段と言えば首都の小さな港にある釣り用の小舟2 艘のみだし」


「暗闇の中、見つけ出して海に逃げたとして……昨晩は霧で星も見えなかったのに、方角も分かんない中でクニガ島に渡るのも難しそうだ」


「周辺の小島っつっても船を着ける浜がないもんな。船を下りたら船が流されて終わりだろ」


 泳いでクニガ島や周辺の小さな島に渡った可能性も無いとは言い切れないが、出た所で行先はない。ソフィアはようやく落ち着き、アリヤに続きを促す。


「ガーミッドさんは、船の中で私を庇ってくれていた方です。聞き取れないジョガル語を通訳してくれたり、水や食料を内緒でくれたり」


「確か、ノウェイコーストに移民か出稼ぎかなんかで来てて、そのまま軍隊に入れられたんだっけか」


「ジョエルで育って、そこから徴兵って言ってたような。本望ではない戦いを強いられるのが戦争の残酷なところかもね」


 捕虜がガーミッドを擁護するなら、ガーミッドの人柄についてはもう言及不要。しかし実際には小屋の扉を壊され、いかにも逃げましたという状況。

 オルキはアリヤの話を信用せず、小屋の中へと入って行く。


「……皆、中に来い」


「どうした? 島長」


 朝陽が差し込む小屋の床に、ガーミッドが倒れていた。後頭部を殴られたのか、俯せの状態だ。残り2人の姿はない。


「お、おい! 大丈夫か! そ、ソフィア、コイツい、生きてるよな?」


「大丈夫、心臓は動いとる。脳の色は悪くないけん、多分気絶させられたかな」


 2人の手足を縛っていた縄は解かれていた。ソフィアの力では緩すぎたようだ。


「吾輩は2人の匂いを辿って探す。牛や羊の強い臭気に負けて難しいが、見当はつく」


「オルキさん、イングスは」


「そうだな、イングスは集落の船が無事か見て来てくれ。その間に2人を見つけたならここに連れてこい」


「うん」


 イングスが集落のある北東へ駆けていく。


「皆、2人は武器と服を拾って逃げておる。襲いに来る可能性を考え、用心しろ。イングスがおらぬ間、己の身は己で守るしかない」


「ああ、大丈夫だ。戦闘艇に沢山武器を積んで来たからな」


 オルキは皆に注意を促し、南西へと向かった。


「俺は念のため戦闘艇を見張るよ、脱出手段はあの船しかないとそろそろ気付く頃だ」


 ケヴィンが戦闘艇に戻る。しばらく沈黙が続き、10分程してガーミッドが呻き声を絞り出した。


「大丈夫? 声、聞こえとる?」


「ガーミッドさん!」


「……っは!? つと待つなが! まいねだ! べろっと外さでればあんぶねはんで!」


「気が付いた!」


 ガーミッドががばっと体を起こし、扉に向かって叫ぶ。少しの間を空け、外が明るいことに気付いたガーミッドが、周囲を見回して顔を青くする。


 2人を見張っておけと言われ猶予を貰ったと言うのに、失敗しただけでなく、気を失っている状態を起こされたのだから、無理もない。


「ま、まんずめやぐだじゃ……」


「何があった、2人にやられたか。あいつらはどこに逃げた」


「痛っ……しょんべでげくてはばかりさ行ぎてんだって、どうせばいんだべってさべってるうちに油断して」


「あー……なんとなーく分かるけど、ジョガル語以外の言葉分かるか? ズシム語か、せめてギタンギュ語」


「せめてっち何よ! あたしも出来るだけズシム語喋るようにしとるやん!」


「痛たっ! わりいわりい」


「えっと……」


 ガーミッドは後頭部を抑えながら、状況を思い出そうと考え込む。


「霧さ濃ぐて、なもかもめねはんで、どさ行っだんだがなもわがね……まんず、許してけれ、わも……あー、えっと、一緒に探すのでどうか許して下さい」


 ガーミッドは自分がジョガル語で喋っている事にようやく気が付いたのか、頭が冴えてくるとズシム語を喋り始めた。

 これで全く何も聞き取れなかったソフィアとアリヤも会話に加わることが出来る。


「油断して、縄を解いた仲間に後頭部を多分殴られたんです。皆さんが出発して、そう時間は経ってなかったと思います……」


「あーごめんなさい、あたしがちゃんと縄をきつくきびっとらんかったけ、すぐ解けてしまったんやね」


「きび……? きつく結べなかったって事か。さすがにソフィアの力と結び方じゃ、軍人を縛るのは無理だよな。んじゃ、2人がどこに逃げたか見当も付かない?」


「はい、申し訳ございません」


 大柄な見た目に反し、丁寧で物腰が低い。アリヤが語ったガーミッド像そのままだ。確かに捕えられた時も気弱そうに他人の顔色を窺い、結局は良心の呵責に耐えられなかった。


 この性格だから、外国人にも関わらず義勇兵募集と称して騙され軍に引き込まれたのだろう。


「2人はどうせこの島から無事に出られない。後はオルキさん次第だけど、ガーミッドさんはどうするつもりだい」


「わ、私は死ぬ気で逃げるなんて出来ません。奴隷として強制労働させられる事に従います」


「えっ」


「島民に蔑まれ、罵られ、嘲笑われながら泥水をすすり、薄汚い姿で食料欲しさに額を土に擦り付けながら1日たりとも休みなく朝晩働き、時には気まぐれの拷問を受ける生活だとしても、死ぬよりは恵まれていますから」


「待って、あたし達そんな……」


 ガーミッドは全てを諦めたように笑みをつくり、考え得る限り最も可哀想な奴隷生活を語る。もちろん、ソフィアもフューサーもそんなつもりは一切ない。


「子供達が通り際、親に言われるのです。あの汚らしく醜いボロ雑巾のようになりたくないなら、言う事を聞いて正しく生きなさいと。そして子供達が私に唾を吐き、汚物を見るような冷たい目で」


「待った待った! よくもまあそこまで悲観的な言葉ばかりポンポン出てくるなあ」

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