狩り
「あたしはこんくらいなら所々分かる。さっきまでほんと分からんかったし」
「まあ、単語だけなんとかな」
「俺、ソフィアの言葉、実は時々分かんなかったりする」
「はぁ? なしねっちゃ、ギタンギュはズシムとあんま変わらんかろうもん」
「それだよ、それ。文字で書いてみろ、全然分かんねえから」
オルキやソフィアでも聞き取れる程度の会話になり、対話は随分と楽になった。オルキは前に歩み出て、その光る眼で侵入者を見据える。
「言葉が通じるなら話は早い。貴様らを捕虜とし、命と引き換えにオルキ国を認めさせる」
「あ?」
「そりゃ無理だや、国の奴らはかもねえよ」
「相手にしないって事はないだろう。自国民が捕虜になって見捨てるってのか?」
「かちゃくちゃねえな、なんも。おめんどみーんな殺しつまって、捕虜もじぇんこもがめたもん取り返すだけだはんで」
「こしたちっぺえ猫に、だいがみっつど相手にするべ?」
「おいおい、ズシム語で話すってのはどうなったんだよ」
「あ? 都会育ちのわんどに合わせりゃいがべ」
「んだねはぁ」
大国に包囲されたなら、降伏する以外に道はない。それが分かっているからか、侵入者達は開き直って余裕を見せる。
数人が銃を取り出し、イングス達に銃口を向けた。
「はぁー、がっぱちえなあ」
「なんたかたやてまれって気してらだはんで」
「そのぼんのごさねぱげで撃っでまる、うははっ!」
「王かなんだか知らねども、軍人相手に庶民が……うっ」
1人が意地悪そうな笑みを浮かべ得意気に喋っている途中で、急に後ろへとのけ反った。
男は頭から倒れ、その際、指にかけていた引き金を引いてしまう。
発射された弾丸はすぐ隣の女の右足を貫通し、その場は騒然とした空気に包まれた。
「あああぁァァァーッ!」
「さ、サーシャ!」
「お、おい、ニコライ、なした! ニコライ!」
「まいねだ、あだまさ打って気絶してんど!」
暗闇を裂くような絶叫に、面々は思わず耳を塞いだ。
侵入者達は足を打ち抜かれた女を数人で抱え、倒れた男は別の男が肩に担ぐ。港の奥に野営地を作っているのか、侵入者達が急いで向かおうと背を向けた。
「待て。用は終わっておらぬ」
「痛あぁぁい! ずぎめぐ、あああ~……!」
「手、手当させてけへ、話はあどにしてけへ!」
「侵入者の言い分を聞いてやるつもりはない」
「な、そいだば死んずまうでねえか! ええっちゅうのか!」
「なぜ吾輩がならず者に情けをかけると思うたのか」
オルキの言葉に、聞こえた者達の足が止まった。
身内の緊急事態。いくら何でも猶予を貰えると思っていたのだろう。
「戦場でも敵軍に情けをかける事はあるんだけどな。ただ相手が市民だと分かっていて銃を向ける奴は、もはや軍人じゃねえ」
「そっちのニコライさん、そのままにしていた方がいい。サーシャさんは肉を貫通しとるけど、大きな血管の損傷はないけん、騒がんでいいよ」
「まあ……イングスにしちゃあ加減して石投げたんだろうけど、一連の動作が早過ぎなんだよな」
「そうなんだね」
3人と1匹と1体は狙撃銃、散弾銃、なた、爪、石、面々の武器を取り出して攻撃の意思を見せつける。
ニコライはイングスが投げた石に驚いて転んだ。それにようやく気付いた侵入者達は、あからさまな敵意を隠さない。
「今のうちに野営地さ戻れ! おめだぢ、よぐもニコライを! 許さねど!」
「そうなんだね」
イングスの素直な返事も、この状況ではただの煽りで逆効果だ。
暗い中でも剥き出しの歯が、侵入者達の怒りをよく表している。
「銃を向けておきながら、反撃に文句言う神経が分かんねえ」
「許さなければどうすると言うのだ。無辜の民を襲い、粗雑な成功体験に酔い痴れ、愚かにも島に攻め入るような馬鹿共に許しを乞う吾輩ではない」
野営地に戻らず残った4人が一斉に銃を構えた。ソフィアだけが短く悲鳴を上げたものの、フューサーとケヴィンは動じない。
「撃てェェ!」
1人が叫び、数発の弾丸が発射された。ケヴィンが咄嗟にソフィアを背に隠し、フューサーはイングスを伏せさせる。
「マジかよ!」
「きゃっ!?」
幸いにも命中しなかった弾丸は海へと流れていく。連射しなかったのは、警告だが当たって死んでも構わない、くらいのつもりだったようだ。
「あいつら撃ってきたばい!?」
「落ち着け! 弾丸は銃口の向きにしか飛ばねえ」
すぐに体制を整え反撃、もしくは船に退避しようと顔を上げた時、イングス達の視界は真っ黒い何かで遮られていた。
「な、なんだば……」
視界を遮っていたもの。
それは皆をはるか上から見下ろす程に大きくなり、怒りに毛を逆立てたオルキだった。
「で、でっただ猫? つがる、見だこどもねんた、でっただ黒豹だんず!」
「どんでもいい! 銃さ向げて、タタアーンと撃ったきゃ死んずまうべさ!」
「我が民に武器を向けただけでなく、撃たんとするからには覚悟が出来ておるのだな」
「ひっ……撃てェェ!」
2人はオルキの胸辺りをめがけて何発も発砲し、もう2人は腰を抜かしながら這うように逃げていく。
気が狂ったように叫びながら、野営地とは反対の茂みに姿が消えてもまだ、その声は響いていた。
「イングス、追うなよ。吾輩は貴様が撃たれる事も許さぬ」
「はーい」
弾丸はオルキの毛皮を貫通出来ず、弾かれて辺りに散らばる。やがて弾丸が尽きた2人もまた、走って逃げだした。
「うわあぁぁぁ!」
「島長!」
「神によって力を制限されている今、元の姿を維持するには腹が減るのだ。何、久しぶりの狩りだ、邪魔をしてくれるなよ」
オルキはそう告げると同時に駆け出し、まっしぐらに野営地へと向かう。
「オルキさん! あたしらはあなたにも……」
ソフィアの叫びは、野営地の悲鳴に掻き消された。焚火の灯りが風圧で揺れ、影絵のような惨劇が森の木々に映り、コマ送りのように流れる。
「俺達も行こう。ケヴィン、大丈夫か」
「……あ、ああ、大丈夫だ。いつまでも苦手だからって避けて通れない事は分かってる。守られてばかりではいられない」
フューサーとケヴィンが、腰を抜かしながら這って逃げた2人を追いかける。
その場にはイングスとソフィアだけが残された。
「島長はただ平和な島を統治して、神様が見捨てた世界を繋ぎとめようとしてくれとるだけなのに! なんでそれを人間が邪魔するんよ……」
「悲しいんだね」
「えっ」
「ソフィアは、悲しいんだね」
ソフィアが見上げたイングスは、いつもの穏やかな表情ではなく、表情がないと言うにふさわしい真顔だった。
「涙を流すのは、悲しい時だよね」
「そうね、悔しい時も、痛い時も泣くかな」
「ソフィアは、痛いのかい」
「……心が痛い、かな。そして悲しいし、悔しい」
「そうなんだね」
声の調子はいつも通りだ。特に自身の考えや感情を言い表すでもない。
「僕には心がないから、痛みは分からない。悲しいってどんな事なのかも分からないんだ。でも、見たら悲しんでいるかどうかは分かる。オルキは、今とても怒っているよ」
「えっ」
「侵入者達の愚かさに、怒っているんだよ」
いつもと違うイングスの様子に一瞬戸惑ったソフィアは、次の瞬間には走り出したイングスを止める事が出来なかった。
「イングス! 島長が追うなって!」
イングスはフューサーとケヴィンが向かった茂みへと消えていく。
暗闇の中、転がったランプの灯りだけがソフィアと周囲数メータを無機質に照らす。
「ああ、きっと、そうなんだ」
ソフィアは座り込んだまま、神によってオルキとイングスがこの島に残された意味を考えていた。
「神は……島長にも、イングスにも、人の愚かさと醜さを見せたくなかったんだ」
男のような力はなく、武器を扱った事もない。この場でじっとしていたら、人質にされて足手まといだ。ソフィアは自身を奮い立たせ、鉈を手に歩き出す。
「ヒーゴ島の4人……じゃない、3人はここに来れん。2人は怪我で戦力外、2人はイングス達が追って、残りは島長が……」
ソフィアは両手の指折りを止め、首を傾げた。
「15人、いたんだよね? 4人はヒーゴ島に来て、ここで見たのは10人だったよね。という事は1人、足りない?」




