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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
異国の風と異国の言葉。

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真の魔獣と偽りの魔女



 軍人がソフィアにナイフを投げたなら、避けられるとは思えない。

 それでもソフィアは余裕の表情を作り、男へ不敵な笑みを作って見せる。


「ナイフは利き手で投げた方がいいんじゃないかしら」


「……えっ」


 図星だったようだ。男が驚いた隙をついて、ソフィアがスカートの下から鉈を取り出す。


「どうしてあたし達が丸腰だと思ったの?」


「愚か者でない素振りでもすれば、幾らか猶予を与えたやもしれぬのにのう」


 この場でソフィアにナイフを投げつけるのは難しいことではない。


 ただ、なぜ投げるのか。なぜ脅しているのか。ソフィアを傷つけたなら、この島から出る事は叶わない。

 そもそも交渉にならないと気付いた男は苦々しい顔でナイフを手放した。


 オルキがガーミッドと残りの3人を座らせる。オルキの姿に拍子抜けした雰囲気もどこへやら、恐怖へと変わるのにそう時間は掛からなかった。


「悪いなソフィアよ。久しぶりに魔獣らしく人でも喰らおうかと思ったのだが、吾輩は……イングスには人の醜さを見せたくない」


「喰ら……そ、そっか、魔獣ってそういう存在やもんね。あたしは人の醜さ、よく知っとるし、ここはあなたの島。悪人を裁く手段は任せる」


「ケヴィンは家族を殺され心の傷になっておる。今から吾輩がやる事は見せられぬだろう。それにフューサーも馬鹿正直だ、駆け引きに向かぬ」


「そうやね、それにケヴィンはこういう話になると体温下がるけん、あたしも気付いとった」


 小声での会話は男達の耳に届いていない。


 イングス達が船に乗り込むのを見届け、オルキは3人を小屋の裏に連れて行く。

 ガーミッドだけが小屋に入り、ソフィアが外から扉につっかえ棒を置いた。


「どさ?」


「ど、どさいぐんず?」


「……イングスがおらぬと言葉が分からぬな、まあいい」


 3人は隙を見て逃げようと周囲を見回す。

 先ほどから人の影は見えず、もしかすると他に人がいないのではと気付き始めたのだ。


 だが、もう遅かった。


 小屋の前の灯りが僅かに届き、背の短い草がかろうじて見えるだけ。月も星も雲に隠れ、視界を与えるものは他にない。


 外の様子が気になったガーミッドが小屋の窓を開けた時、オルキの目が光った。

 3人は明かりにホッとする間もなく、違和感に青ざめた。


「そったに……大きがったか?」


「吾輩の国にはまだ民が3人しかおらぬ」


「ん?」


「吾輩はその3人を守ると誓った。この島ごとき守れぬなら、神に代わる事などできぬ」


 オルキの体が少しずつ大きくなっていく。

 いつかイングスが描いたよりは小さいが、それでも人の背より高い位置から見下ろす瞳が恐怖を引きずり出す。


「ひ、ひええ! わんつかまだらが!」


 口は人を丸のみするのに丁度よく、前足の爪は人を襲うのにぴったりだ。

 さすがにソフィアも驚いたが、ここで一緒になって騒ぐわけにはいかない。色白な顔をいっそう白くさせ、それでも余裕の表情を保つ。


「服を脱ぎ、金品を置け」


「ふ、ふぁ……」


「ソフィア、自分で服も脱げぬようだ、手伝ってやれ」


「えっ!? ちょっと、あたしが!? だめだめだめ、無理ちゃ! だって、ず、ズボンを脱が……」


「見た事くらいあろう」


「そういう問題やないと!」


 ソフィアとオルキの押し問答の僅かな隙を突き、1人がその場から逃げようと動いた。

 這いだし、体勢を整え走り出せば、夜露に濡れた草で滑り、空回りする足が土をまき散らす。


「……やれやれ。まだ元の姿で動くには限りがあると言うのに」


 オルキはたった1度の跳躍で男を草の絨毯に押さえ付け、あっという間に逃亡者の頭を咥えた。


「あ、あんかまじろって、まじろってさべてらでばな!」


 待てと言われて待たないのはお互い様。男は逃れようと必死にもがくが、この体格差で武器もなければミミズほどに無力だ。

 ようやく解放された男の首筋には赤い血が滴る。


「服を脱ぎ、金品を置け。何度も言わせるな」


 オルキが男の襟首を咥え、残る2人の目の前へと放り投げた。3人は逃げられない事を思い知り、服を脱いで腕時計やネックレスなどを外す。


「吾輩は畜生に成り下がった同族とは違う。とは言え、好物が変わるわけではないのでな」


「逃げられると面倒なのよ。まあこの島から泳いで逃げられる程、あなたの心臓は強く無いようだけど」


「な……んで」


「あなたは魔女の存在を信じる? 信じても信じなくてもこれから起こる事に関係無いかな」


「魔女? はんかくせぇ」


「信じなくても構わない。そうね、例えば逃げてみたら分かるかもね。あなたの右足のボルトが軋むまで、走り続けてみるとか」


「どすて、わがただんが……」


「さあ、何故でしょう。家で帰りを待つ奥さんも、可愛いお子さんも、あなたが無抵抗な難民船を略奪して回る海賊に成り下がったなんて信じたくないかもね」


 心臓が強くない者、手術で足にボルトを入れた者。秘密をソフィアに言い当てられてしまい、もう魔女としか見えていない。


 隠し事は通用せず、騙す事も逃げる事も叶わない。万事休す。

 ここで男達はようやく地面に頭を擦り付けるようにして許しを乞い始めた。


「めいやぐした!」


「こんだがらしねはんで、もう国さ帰るはんで」


 もちろん、通用するはずもない。


「貴様らの言葉を聞くとは言っておらぬ。今死ぬか、後で死ぬかを選べ」


「ひ、ひえっ」


「すたごと さべたって……」


「今が良いと言ったのか」


「つ、つがる! あどに、あどにしてけろ!」


「わ、わんつかだはんで」


 オルキに噛みつかれ放り投げられた男は服を脱いで力尽きたようだ。倒れ込み、もう返事をする気力もなく、2人に全ての意思をゆだねている。


 ガタガタと震える2人は島に上陸した時とすっかり人相が変わってしまった。

 口角は下がり、眉は左右で全く違う形に折れ曲がっている。頬は引きつって汗を滝のように流し、20は歳を取ったようになってしまった。


「後にしろと? フン、まあ良いだろう」


「え、命乞いを聞いてやるって事? これで終わり?」


「ソフィアその2人の腕と足を縛ってくれ。縄はそこにある」


「あ、うん……。ああ、他に使えるものがないか見てくる」


 ソフィアが小屋に入ると、オルキは倒れ込んだままの男へと視線を向けた。

 暗闇の中、大きな影が男を飲み込むように近づく。


「まだ生きておるな。都合が良い」


 そう言うが早いか、オルキは男の頭を咥え、首を噛み千切った。

 一瞬の悲鳴がオルキの体内で消えて途切れ、力を失った体がオルキの口からだらりと垂れ下がる。


 頭を吐き出すと体をバリバリと食べ、骨はまるで果実の種のように口からプッと海へ飛ばした。残された2人が悲鳴を上げる。


「うわああぁぁ!」


「どうにも筋っぽいな。悪人は肥えて肉が柔らかく脂にまみれていた方が美味い」


「何事? 島長、なんかあっ……た」


 ソフィアが額にうっすら汗をかきつつ戻ってきた時、オルキの足元には頭だけとなった男の残骸が零れ落ちていた。


「ぎゃああああっ!」


 恐怖と痛みで泣き叫ぶ瞬間の残酷なまでに怯えた目は、虚勢を張ったソフィアでもさすがに耐えられるものではなかった。


「し、島……」


「吾輩、頭部はあまり好まぬのでな」


「そ、そうじゃ、なくて……心の準備ってものが」


「目の前で喰らうのはまずいかと思い、配慮した」


「あ、ありがとう……?」


 ソフィアは立ち眩みのように小屋の壁にもたれかかる。そのすぐ目の前では、失禁し放心状態の男達が座ったまま固まっていた。


 ソフィアが縄で手足を縛り、オルキがひきずって小屋に放り込む。扉にはつっかえ棒を置き、物々しい緊張感を帯びていた空間にようやくいつもの夜が戻った。


「ふーっ、えっと……2人はどうするん」


「保存食だ」


「食べ……ると? ガーミッドっち人は?」


「魔獣は人を喰らうものだ。それに人はクズがいっとう美味い。これからウグイ島に向かうが、その間にガーミッドがあの2人の縄を解き、逃走を手助けしたなら同じように喰らうまで」


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