侵入者たち
「……え?」
若者以外の誰かの声がする。
姿が見えない声の主に驚き、4人は周囲を見渡すばかり。
これ幸いと、オルキは襲い掛かる作戦を変更し、家の裏に回った。
「貴様らがウグイ島に船を着けた話はもう島内に広まっておる。まさか気付かれずに島を偵察できると思ったか」
「……見らぃであったのがえ」
「ズシム語で話せぬのか、貴様らの言葉はよく分からぬ」
「ズ、ズスム語は苦手だきゃ、しゃべるんはまいねだ」
「我らの言葉は分かるのだろう。ならば言動には気を付ける事だ。不躾な不法入国者よ、貴様らを生かして帰す義理もない」
オルキの声を聞き、4人は地面に座ったまま両手を上げた。周囲に島民が潜んでいると思ったのだ。
「イングス、武器を奪え」
「はーい」
「貴様らが身じろぎ1つでもすれば命は保証しない」
「みんなちゃんと動いているけれど」
「呼吸くらいは許してやろう。吾輩よりも厳しいのう」
「そうなんだね」
見えない声の主に警戒しながら、4人は両手を後頭部に回し、イングスの挙動を注視する。イングスは穏やかな表情のままで見下ろすだけ。
電熱線の灯りにうっすら浮かぶその姿は、恐怖を煽るのに十分だった。
「さて、貴様らが何をしに来たのか、語ってもらおうか」
「何ばしに来たって……島があってはんで様子ば見に来たんず」
「島があったから見に来た、だって」
「イングスよ、こやつらの言葉が分かるのか。それは具合がいい、通訳しろ」
「はーい」
オルキは4人がただ寄っただけではない事を隠し通すつもりだと察した。
「遭難した割には悠長にしておったな。昼過ぎにウグイ島に着いたかと思えば、軍艦をわざわざ島陰に移動させ、夜更けに忍び込むようにやって来たのは何故だ」
「忍び込んだきはねぐて……」
「貴様らを生かして帰すとは言っていない。嘘を重ねぬよう、気を付けろ。この島の存在を知って占領でも企てたのだろう」
4人が息を飲む。草むらがガサガサと音を鳴らし、何者かの存在を主張した。
「貴様らがどのような立場で来たのか、見れば分かる。それよりもどのような人間かが重要だと理解して発言せよ」
イングスはただ4人の表情と動作を見続ける。
苦々しく地面を見つめる者、不安そうに横の者の顔色を窺う者、イングスの挙動の隙を突こうと真顔で前を見据える者……そして。
「分がた、正直さ言う。わがたはジョエル連邦軍だ。和平軍の生き残ったあくたれが、この近くで船ごど襲ったて聞はんで取り締まりに来たんだば」
一番年配の男が神妙な面持ちで理由を語り始めた。その隣にいた幾つか年下に見える男が相槌を打つ。
「んだ。したばって、その船さ見つがらねえで彷徨うごどなってまた」
海賊を取り締まるためと主張し、この島にはおおよその場所を知りたくて上陸したという。
「貴様の主張は分かった」
イングスの通訳にオルキが理解を示すと、年配の男は暗い中でも分かる程に安堵の表情を見せる。足を崩そうと座り直したところで、オルキがそれを制止した。
「誰が勝手に動いていいと言った」
「え、分がってくれたんでねがや」
「主張を聞いただけだ、何も許可はしておらぬ」
年配の男の表情が固まる。静寂の中、風が草を撫で始めた。初夏であっても夜は肌寒い。男達は少しばかり身震いをし、イングスの顔色を窺う。
「の、残りの2人は」
「質問に答えるとは言っていない」
「ど、どっへばいいべ」
「何もしてはいけないよ」
「貴様らは声を発しなかったが、答えは奴らと同じか。心して答えよ」
問いかけに対し、残り2人は暫く沈黙していた。オルキは何時間でも待つつもりだったし、ついには何も語らず死ぬ事になったとしても構わなかった。
根比べ。屈したのは、ずっと真剣な顔で隙を突こうとしていた男だった。
「取り締まりさ来だんは本当だきゃ。和平ごど謳うどろぼぁ許さねじゃ」
「……イングス、聞こえたか」
「取り締まりに来たのは本当だ、和平を騙る泥棒は許さないって言ってる」
「貴様は」
皆が同じ目的で来ている事は明らかだ。それでもオルキは全員に尋ねる。残りの1人は不安そうに隣の男に目線を移す。
「繰り返すが、貴様らがどのような立場で来たのかは見れば分かる。貴様がどのような人間かを見極めている」
戦闘艇でやって来た事も、ウグイ島に上陸し仲間を10人程残してきた事もバレている。わざわざ夜まで待ってヒーゴ島を訪れた状況を怪しまれている。
そして、この場で答えを間違えば生きては帰れない。自分だけ答えが違えばどうなるのか。仲間を裏切る事にならないか。
皆が生きて帰れた時、自分はどんな酷い扱いを受けるか。
葛藤の末、男は覚悟を決めた。
「……戦争さ逃れるレノンの船ば襲いに来だんず」
20代後半くらいの男が語ったのは、皆と正反対の事実だった。隣にいた男が驚愕の表情で固まるのも構わずに続ける。
「おれはガーミッド。ノウェイコーストで生まいだが、ジョエルで育っではんで、徴兵でこさ来だんず」
「お、おい」
「お茶っこも飯っこもたげはんで、へずねじゃ。どろぼもやらねばまいね。国さ戻ってもどもなね。この島さ……」
「やめでげじゃ!」
「さしね! ほんとさ言わば、この人達はおべでらんだば!」
仲間割れをする2人。イングスの通訳が聞こえた後、オルキはガーミッドだけに問いかけた。
「この島には略奪に寄ったという理解で良いな」
「んだ。……まんずめやぐしたじゃ」
光に照らされた金色の髪と、言われると確かに他の者より褐色の肌。生まれがジョエル連邦ではないというのが本当なのか、身分証を出させようとした時、足音と共に声がした。
「島長、そいつの言う事が正解だ」
声の主はケヴィンだった。続いてフューサーとソフィアもランプを手にやって来る。
「来たか」
「軍旗を掲げず入港するのは国際法違反、参戦を宣言していない国や民間船から略奪するのもそうだ。戦争中であっても許されないと分かっているよな」
「……んだす」
「その軍服が本当に自分のものなら、襟裏の刺繍を見せろ。身分証も確認する」
フューサーに言われ、ガーミッドは素直に上着を脱ぎ、襟の裏を見せた。身分証も確かにジョエル連邦のもので、国籍だけはノウェイコーストとなっていた。
「詳しく聞こうではないか」
そう言って姿を現したオルキに、ガーミッドが目を見開く。
「え、え?」
「魔獣を見るのは初めてか」
「ん、んだ」
目の前にいるのは猫だ。猫が喋る事は、世界のどこを探しても当たり前ではない。
「島長、ちょっとゆっくり聞いてやろうよ。その人、食道から胃にかけて荒れとる。胃液がよく逆流しとるんやろ」
「へっ、なすて分がっだ」
「あら、魔女を見るのは初めて?」
喋る猫に、相手の病を言い当てる魔女。ガーミッド達の頭は大混乱だ。立てばフューサーよりも背が高く、体格も良いというのに、まるでこの中で一番子供のよう。
「ハーブがあるからあげる。島長」
「ふむ。ケヴィン、フューサー、イングスと共に軍艦に乗り込んで待っていてくれぬか」
「はいよー。イングスは……」
イングスの名を呼べば、縄を取りに戻っていたイングスがまた小屋の扉をスコーンと開ける。
「僕だよ」
「そりゃよかった。島長、残りの3人は」
「案ずるでない。無辜の民へ危害を加える愚か者に、吾輩が情けをかけるはずなかろう」
「あー、そこはあんまり心配してない。行こう」
イングス達は港へと歩いていく。ランプの灯りを暫く見つめていた時、カチャリと何かが音を立てた。
「武器はかぐまるもんだべ」
男の1人が折りたたみ式ナイフを左手に持ち、ソフィアへと刃先を向けた。イングスに取り上げられなかった武器がまだあったようだ。
「や、やめろじゃ、えへせでまる」
「おめばがでねな、裏切り者め」
ガーミッドが慌てて制止するも、追い詰められた男は刃を収めない。
「ふっ、さすねぐすなよ。もうおすめねするが、帰りてんだきゃ」
「……」




