根幹を揺るがす疑惑
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日曜日の午後、普段なら島民は貴重な余暇の時間を過ごす。
酒を飲んだり読書をしたり、好きな風景画を描いたり、編み物をしたり。歌う者もいるし、踊る者もいる。
ただ、この日は護衛の話を聞きつけ、多くの島民が集会所に集まっていた。
ケヴィンと同じフェイン王国出身の者も、ゴーゼ国出身の者もいる。旧連合国軍人だったギャロン帝国出身の女もまた、似たような伝説を知っていた。
起きて来たトリスも加わり、人形伝説についての話が始まった。
「ゴーゼの言い伝えだと、よく出来た人形が流れ着いただけって感じにも聞こえるけど」
「たとえ随分と昔の話としても、我々だって馬鹿じゃない。人間か人形か区別はつくし、良くできた死後1週間程度の水死体なんか、誰が大量に作るんだろうな」
「……」
「クラクスヴィークの話は、本当に死体だったんですか? 人形じゃなくて?」
「死体って語り継がれてるけど、他の場所の話を聞いてると、人形じゃなかったとは言い切れない」
イングスやニーマンを見て、一目で人形だと見抜ける者はまずいない。
神の技術が昔と今でどれだけ違うかは分からないが、ほんの数十年程度では変わらない。それはニーマンとイングスの出来栄えに差がない事でも証明できている。
「ね、ねえ、あのさ。外部の私が言うのもおかしいけど、こういう印象良くない話、観光業で生きていきたいなら止めとかない?」
「言いたい事は分かる。でも、これは島長やイングスにとって、凄く重要な話なんだ」
「解明してどうすんの? 昔起きた事で、もう終わった事でしょ?」
「あなたは知らないと思うけど、神様って、私達が思う程尊敬できる相手じゃないらしいの。動物を集めて戦わせて魔獣にしたり」
「でも、人形や死体が湾に流れ着いたのは関係ないじゃん。……あ、いや、関係あるのか。だって、人間と見分け付かない人形なんか、当時どころか今の人間も作れるわけない」
「うん。神様が何らかの理由で捨てた以外、原因ないんだよ」
神が人形を大量に投棄した。そう聞いて皆が押し黙る。その人形達は、今目の前にいる命なき人形達のように、人間と変わらない暮らしが出来たかもしれないのだ。
「貴様ら、神の事が良く分かっておらぬの。あの愚か者は理由なんかなく行動するのだよ。イングスを捨てた理由は、やっぱり女型に作ればよかったというだけ」
「ああ、俺の時もそんな感じでしたよ。慰み物が指示に従うだけではつまらない……」
「い、いい! そういうのは、いいから!」
イングスとニーマンが捨てられた理由を聞き、皆が神への失望で沈んだ気持ちになってしまった。
とんでもないクズだと言い出す者も出る始末。
「試しに作ってみたが、気分が乗らなくなった。そんな理由で捨てておったのだろうよ。吾輩は神の眷属にさせられつつも、共にくっつき回っていたわけではないから全ては知らぬ」
「問題は、20年前にケヴィンの身内が人形に殺されたって話」
その人形もまた、人間の技術では到底作れないものだった。
イングスやニーマンと同じく、神以外に作れるものはいない。
つまり、フェイン王国は数百年前の伝説と、35年前のニーマン、そして20年前の事件。3度も神の実験場に使われた事になる。
「ニーマン君って、この世界に誕生してからの年月で言えば、ニーマンさんと呼ぶべきなんだろうけど」
「35年前には既にフェイン王国に流れ着いていたんだよね」
「そうですね。俺があまりにも指示以外の事をやろうとしなかった反動で、自由意思を持たせたのでしょう」
「だけど、善悪の区別や道徳心なんてものを与えなかったから……」
神はこの数百年、人形の試作品を作り続けていたのだろう。そして、最新作がイングスという事になる。
どちらも神が満足する出来栄えではなかったようだが、どんな人形を作りたかったのか。
「神に従順で、臨機応変に動ける存在を手に入れたかった、っち事なんよね」
「えっと、どうしてそう思ったのですか」
「人間は思い通りにならない。生き物は死ぬし、世代が変われば当初の目的も継承があやふやになってしまう。だから思い通りになる存在が欲しくて人形を作ったのに……」
「あのクズでは人のように察する、思いやりで行動するなどは教えられぬから、いつまで経っても傀儡のまま、という事だな」
「そう。あのね、それであたしふと思ったんやけどさ」
ソフィアがイングスとニーマンに注目を向けさせる。
「今の2人って、神の理想の人形に近づいとるよね」
「確かに……命令しなくても動く人形だけど素直で」
「神が今のイングスとニーマンを見たら、羨ましがるかもしれない。いや、実はそもそもそれが目的でわざと人間に育てさせた可能性も、ないかな」
「神が戻って来て、イングスとニーマンを奪っていくって事か」
何ともない顔で座る2体に対し、島民は今更返せと言われても返さないと言い、絶対に神が呼んでもついて行くなと念押しする。
神がこの2体をどんなふうに扱うか、想像できてしまうからだ。
「吾輩も、神の手のひらで踊る存在に過ぎぬと」
「分かんない。だけど、島長のやりたい事は、多分神のやりたい事とは違うよね」
「そうですね。オルキさんは神への崇拝をやめさせようとしています。神は自身の存在意義をどう捉えているか分かりませんが、神の理想を妨害されるのは良く思わないでしょう」
「……神の真意は分からぬが、吾輩はゆっくりと世界を征服していられぬようだな」
「国際会議で国として認められたら、そこからもっと何か動かないと。神への忠誠度が高い国は、ちょっとやそっとじゃ考えを変えません。それこそ邪教徒扱いされて戦争になるかも」
「あ、あの~」
「どうしました?」
「その、えっと……考えすぎかもしれないんですけど」
恐る恐る手を上げたのは、元ギャロン兵士の女だった。ギャロンにも似たような伝説があると話した者だ。
「その、人形じゃないんですけど……ギャロンが機械兵の開発に取り組んでいたのはご存知、ですか?」
「レノン軍は把握していた。戦争が始まる少し前の話だったはず」
「ギャロンがクーデターで軍事政権になった頃っすね、世界史で習ったっす」
「その時のコンセプト、それに非難が集まって、それが戦争のきっかけの1つとも言われているのもご存知ですよね」
「あー、私分かる! 人間に限りなく近い見た目にするか、猫や犬みたいに愛着ある見た目にすれば、相手が躊躇うって話! そういう精巧な人形が一時期金持ちの間で流行った時期あったらしくてさ」
「トリスさん、見た事あるんですか」
「あるわ。でも20年近く前の流行だし、イングスやニーマンに比べたら鼻で笑われるような出来栄えよ」
トリスはまだ持っている人は殆どいないだろうと言いながら、不気味だったと腕をさする。
「そう。兵器を生き物に寄せる事に批判が集まって。さすがにまずいと思った軍部が大統領令を発動させて、沈静化を図りました。当時軍事政権だった今の連合軍側は支持しましたが」
「抗議して取引打ち切った対岸のセントヴィーラ・レメディオを集中爆撃したんだよな。セントヴィーラ島は跡形もなく消えて、セントヴィーラ・レメディオは国家自体が文字通り消滅した」
「セントヴィーラ・レメディオは、ギャロンの秘密を知ってしまったと言われていますね。と言っても私はギャロン国民で、当時はまだ2歳でしたから、疑いもせずギャロンの立場を支持し続けてきたわけですが……」
「生まれる国は選べないから。それぞれにそれぞれの正義がある事は分かってる。それで?」
「……父は科学者で、母は物理学者でした。2人は機械兵が開発された研究所にいたんですけど、不思議がっていたんです」
機械兵の開発に携わった者で、今も生きている者は少ない。滅多に聞く事が出来ない話に、元連合軍だった者達も興味津々だ。
「開発した機械兵と、実際に出来上がったとして大統領の横に並んだ機械兵、完成度がどう考えても別物だって」




