今だけは
「ええっと……ハヤトにここに来てもらった理由。もう一つあるの……」
「?」
美枝が紡いだ言葉は歯切れが悪かった。それにわざわざここに来てもらった理由というのはどういうものだろうか?ハヤトは首を傾げて美枝を見つめた。そんな彼女は両手をきゅっと結んで、顔を俯かせている。だからその顔を伺うことが出来ない。
ただ何か言いたげなのはよく伝わってきた。だから彼女の言葉をハヤトは待つことにした。
もしハヤトが鈍感でなかったら美枝の言わんとすることを察することが出来たかもしれない。しかし彼はソフィアが盛大に溜息を吐いたほどそういった特定の分野に関しては致命的に鈍感に違いなかった。
暫くして美枝は突然自分の両の頬を叩いた。そしてそのまま曖昧な表情で笑った。
「ごめん。何でもない」
「え?何か話があったんじゃないのか?」
「いいの。ごめんね。わざわざこんなところまで来させちゃって」
釈然としない気持ちを抱えたハヤトは、それでも詮索するのはやめた。美枝が何か言いたかったのは事実だろう。でもそれを無理に聞き出すのは違う気がした。
なんとなくそう感じた。
「ねえ、ハヤトって好きな人いるの?」
「ふぇっ!?な……っ!え!??」
「いるんだ?」
美枝が意地悪そうに、逸したハヤトの顔を覗き込んでくる。それがとても恥ずかしくてハヤトは彼女から視線を逸した。
しかしハヤトには自分の気持がよくわからない。パッと思い浮かべた彼女は、違うと思った。だって、おかしい。おかしいはずなのだ。きっとこれは家族愛で、そういう世間で言うところの恋愛感情などではない。だからハヤトには好きな人はいない。そうハヤトは自分に言い聞かせた。そして胸が痛いことも無視した。
好きな人って、どういうものなんだろう?
「どうなの?」
ちょっとしつこい美枝にハヤトは少しイラッとくるものがあった。しかしそれは自分がどぎまぎしてしまったことを見られた恥ずかしさからくるもの。それを必死で誤魔化そうとして強気に出てしまったのである。
「そういうお前はどうなんだよ!好きなやついるのか?」
「いるよ」
あっさり美枝が認めてしまったことにハヤトは呆気に取られた。だってそういうものは普通恥ずかしくて友達ですら言うことも憚るようなものではないのか。恥じらいを見せず、寧ろ清々しいまでに思い人がいると宣言した美枝にハヤトは返す返事を見失ってしまった。
そして美枝が言葉を続ける。
「私、好きな人いるんだ。でもその人はきっと他に好きな人がいて、私の気持ちも気づいてない」
「きっと?そいつには好きな人がいるかわからないのか?いないならまだチャンスが――」
「チャンスはないよ。だって、私はその人のことをよく見てきた。彼が好きな人も。それを見て、ああ、私が入る余地はなさそうだなって思ったの」
「……」
美枝が清々しく好きな人のことを語る理由がわかった気がした。たぶん彼女は今の恋を諦めているのだ。いや、身を引いたと言った方が良いかもしれない。その美枝が好きな人とその人が好きな人が上手く行くように。そしてそれをハヤトに語ってくれたのは、誰かにその叶わない気持ちを共有して、整理したかったのかも。
ハヤトは推測は微妙にずれてはいたが、大体は正解していた。
「僕なら相談乗るからな。なんならいっそのことそいつをひっ捕まえて美枝のところまで連れてきてやるよ」
それを聞いて美枝は最初キョトンとした表情になって、次の瞬間には吹き出した。そしてお腹を抱えて笑った。目尻に涙まで浮かべて大笑いである。
「あははははははっ!はははははっ!」
どうして彼女が笑っているのか分からずハヤトは訝しげに眉をひそませたが、何か言う前に笑い終えた美枝が先に口を開いた。
「相談はありがとう。でも引っ捕まえるのはちょっと無理かな?」
「どうして?」
「だってハヤトは私の好きな人を知らないもの」
まあ、確かにそれはそうだ。顔も名前も知らないやつを突然連れてこいなんて誰ができるであろう。
「でも、本当にありがとう。ハヤトのその気持ちだけで嬉しいよ」
その時、突如破裂音が背後から聞こえた。驚いて二人がそちらに視線を向けると真っ暗な夜空に鮮やかな大輪が咲いていた。地上から流星のごとく立ち上る花火は一瞬見えなくなって少しして華を咲かせる。低く高く、打ち上がっては消え、様々な形の華々が散っていく。色も赫や蒼、翠とバリエーションに溢れ、中には虹色や三段階に弾けるものまであった。形状も花火とは信じられない正確さを以って描き出され、刹那の展覧会が催される。
「わあ、綺麗……」
「そうだな。海に行こう」
折角の花火だ。楽しまないと損というものだろう。ここにいるより打ち上げ場所が見える浜辺まで行った方がもっと綺麗に違いない。それに恐らくこの花火が海面に映って空だけでなく会場もその色で溢れていることだろう。だから二人は駆け足で浜辺に向かった。楽しむために。
それに、みんなもそこにいるはずだからもしかしたらすぐに合流できるかもしれない。
美枝はハヤトの後ろ姿を追うように駆けた。彼と並ぶことが少し恥ずかしくて、ちょっと顔が熱い。
花火の音が辺りを満たす。それが鼓膜だけでなく身体の内側にも響いてくる。ドンッと腹の底から響いてくるようなその力強い音に分かっていてもびっくりして心臓がドクンと跳ねてしまう。今だけは現実の嫌なことや悲しいこと全てがその美しさと力強さで掻き消されていくようで嬉しい。
でも、ずっとこんな時間が続かないことは分かっている。皆自分の人生を選び、違う道を選んでいく。あの色とりどりの形の違う花火のように、皆が選ぶ形も色も違うのだから。そうなればいつまでも一緒にいるなんてこの時代では早々ない。
それでも今は、今だけは、あの花火のように一瞬の時間だけでも幸せな時間を味わっていたかった。
この輝かしい思い出を永遠に刻み込むように。
†
少し時間を遡り、とある射的場にて。
そこでは屋台を巡っていた人たちが何やら興味深そうに覗き込んでいた。そして時折感嘆の声が溢れ、それがまた周りの人の注目を集めていた。と大袈裟に言っても実際は4,5人ほどである。
「すごいっ!さすがエリー姉さん!」
「…射的用のコルクがいいだけ」
今射的しているのはエヴェリンだ。今彼女の射撃は百発百中であった。しかし最初からそうだったわけではない。最初の1発は外していたのだが、ピストルの性能をすぐに把握して今に至るのである。もう既に景品が10個近く脇に積み上がっており、そのぬいぐるみなどが大きいために周りの視線を集めるには十分すぎた。
しかしこれはエヴェリンの言う通りピストルが良いからである。それにここの店主がいい人だからだ。世の中にはピストルから撃ち出されるコルクを欠けさせて真っ直ぐに飛ばないようにして、しかも絶対倒れない高級景品をわざと置く店主も世の中にはいるのである。これはただ単に多くの客を呼び寄せて金を儲けるためだけにやっていることであり、楽しさが伝わって来ない。
上記のような店にはリピート客はほとんどなく、未成年など銃を撃ちたい人だけが寄り付くのである。
それに比べればここは活気に満ちていた。実力のみで挑めるからだ。
そして一頻り撃ち終わるとエヴェリンは一息ついた。続けても良かったのだが、流石に店に迷惑だろうし、周りの視線が気になって仕方ない。
射的の店主も、しばしエヴェリンの射的を見ていた通行人も思わず拍手してしまった。身を乗り出しての射撃なんかせずに、百発百中に当てていく様は見ているだけでも楽しいものなのだ。
「姉ちゃんやいんねえ!あね、景品やさ」
ターコイズブルーのアロハシャツを来た店主が丁寧に景品を手渡す。
「…ありがと」
1回5発のコルクを貰えるのだが、2回分払っていたから手にした景品は9つだった。どれもこれも可愛らしいものでネコの類ばかりだった。おかげで店の棚にはネコが消えてしまっている。
まあ、どんどん補充されていくから問題ない。
問題――。
っ!
「…もう1回」
「え?でも花火もう始まるよ?」
「…あれだけは欲しい」
エリーの指差す先にあったのは大きな猫のぬいぐるみだ。しかもその毛の模様が水玉みたいで色もエヴェリンの飼っているタマそっくりである。彼女としてはタマへのお見上げのつもりだった。
「…1回」
「まいど!」
花火が近いからか射的場には並ぶ人もいなかったためエヴェリンは250円を支払ってピストルを構えた。しかし店主もエレナも流石に難しいだろうと思った。なぜならそのぬいぐるみは大きく触らなくても重量があることも分かって、一発ではどうしても倒れそうにないのだ。店主もそれは分かっているのか落ちないギリギリのところにぬいぐるみを置いている。それでもやっぱり難しそうだった。
周りの通行人の中にもエヴェリンがどのようにしてあれを落とすのかと期待を込めた眼差しを向けてる。先程の射的を見てしまえばそうなるのも当然であった。
ひと呼吸の後、エヴェリンが撃つ。
そしてコルクはぬいぐるみに当たり、そして――。
――倒れなかった。
大きく前後に揺れはしたが倒れもしなかったのである。
「「「ああっ」」」
残念そうに声を上げる人々。エレナも惜しいっ!と声を上げる。
エヴェリンも残念そうに眉をひそませてあれを落とす方法を考えてみる。しかしどうしても1発では無理そうだった。
そして続いて3発打ち込むも同じようにして揺らぐだけで落とせなかった。それでもエヴェリンは諦めない。絶対にほしいとこだわってしまった。のこり1発。
「待ちなさい。エリー」
不意に隣で声が聞こえてエヴェリンはそちらに顔を向ける。そこにはソフィアがいた。
「エリー。この角度で、この位置から撃ちなさい」
「……。!」
エヴェリンはソフィアの意図を数瞬の後に理解してピストルを構えた。言われた通り角度をつけて、下から狙うように。
そしてすぐさまエヴェリンが撃つ。
ポンッ。
するとどうだろうか。エヴェリンの狙っていたぬいぐるみは今までよりも大きく前後し、ついには棚から落ちたのだった。
「「「おおっ!」」」
これには店主も通行人も吃驚。どんなに撃っても落ちなかったぬいぐるみが落ちたのだ。できないと思われたことができたのである。少しばかりの感動を皆抱いていた。
「かりゆし(おめでとうの意)。まさかまくとぅ落とすんなっくぇーなあ!はははっ!」
店主は、これはやられたといった感じで豪快に笑いながらぬいぐるみを渡してくれる。エヴェリンもそれを受け取って軽くお辞儀をした。そして大事そうに抱きしめる。無表情なその顔が緩んでいるのが誰の目にも明らかだった。
ソフィアがアドヴァイスしたのは至極簡単な話だった。高校物理を学んでいれば理解できる程度の。
難しい話は割愛するとして、ただ一言で説明すれば力学のモーメントを応用したのである。
まあ、人形の形状や、空気抵抗などいろいろ考えなければならないが、そこは頭の良いソフィアが全部計算してくれたので後は撃つだけだったのである。
唐突に花火が打ち上がった。それによってみんなの視線が夜空に向く。
「ああ!もう始まっちゃったよ!早くいかないと!」
エレナがそう言って走り出してしまう。それをソフィアが追い掛けた。
「ハルカ。置いてきますよ」
「あっ!待ってーっ!」
近くの屋台でわたがしを買っていたハルカがそれを受け取ってソフィアの後を追っていく。周りの通行人も歓声を上げて海の方に向かって歩いていった。
それをエヴェリンは置いていかれる形で見ていた。まるで置いて捨てられる飼い猫のような眼差しを向けて。というのも彼女の足元には持ちきれないほどのぬいぐるみが置かれていて、動けないのである。
どれもこれもそれなりに大きいから一人では持ちきれない。
どうしよう……。
「姉ちゃん。紙袋ひーとぅ?」
「…もらいます。ありがとう」
困ったように立ち尽くしていたら店主が紙袋を渡してくれた。それにエヴェリンは頭を下げてお礼を言い、ぬいぐるみ達を丁寧に紙袋に詰めていく。いつしかそれは彼女の可愛らしいと思うぬいぐるみの宝箱ならぬ宝袋になっていた。
それを見て今度はもっと頬を緩ませて、彼女にしては非常に珍しい愛らしい笑顔を浮かべた。それだけこれらを手に入れたのが嬉しかったのだ。
本当に店主のおじさんが良い人でよかった。
これでみんなを追いかけられる。
そしてそれを手に持って歩こうとした時だった。
「浜崎エヴェリンさん」
不意に後から声が掛かった。その声を聞いて一瞬で真顔になったエヴェリンは振り返る。そこには三十路の細身細目の男性が立っていた。見る限りシラフで特にナンパとかそういうものではないようだ。それにそんなことをしそうな人間には到底見えない。
まあ、エヴェリンの名前を知っている時点でその可能性はなくなって、大体の見当がつくのだが。
「…誰?」
「こういうものです」
彼は名刺を懐から取り出してエヴェリンに差し出した。それを受け取ってエヴェリンは納得する。
「…なるほど」
名刺には金城湊と書かれている。建設会社の社長という肩書だったが、エヴェリンはこの名前をよく知っていた。
記憶が正しければ彼はコンコルディア沖縄支部の支部長だったはず。つい最近支部長が交代したと聞いていたが彼のことだろう。
「時間を取ってすみません。今はこれだけを渡したくて」
そう言って彼が取り出したのはポケットにも入りそうな茶封筒だった。
「では、私はこれで。何かあったらご連絡下さい」
そうして彼は人混みの向こうに歩いていき、溶け込むように姿を消した。その後ろ姿を見送り、エヴェリンは現実を思い出す。
「…そろそろ戻るべきかな」
流石に遊びすぎた。神奈川支部支部長代理はヴィルに任せているが、本当に戻らないとリーダーとしてふさわしくないだろう。無茶はしないが、力にならないわけにはいかない。できることをやらなければならない。
フィオナを見つけるという彼女の願いはまだ成就されていないのだから。
とりあえず受け取ったものをポーチに入れてエヴェリンは浜辺に向かって早足で駆ける。完全に逸れてしまったが浜辺に行けば皆を見つけられるだろうと思った。今だけは家族とのひと時を楽しもう。
しかし結局の所、花火を一番良く見れる場所だけに浜辺は人で埋め尽くされて、その暗がりもあってとうとう花火が終わるまで家族を見つけられなかったのであった。それでしょんぼりしてしまったのは秘密の話。
平和よ、永遠なれ――。
本日も本小説をお読み下さりありがとうございます。
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