界隈では有名人
目の前にいたのは伝統的な染め物に使われるような美しい菖蒲色の髪に、銀糸を精巧に織り込んで編み上げたような白銀の色彩、右側にサイドテールをしたとても優しげな雰囲気の少女だった。可愛らしい水色のビキニにパーカーを羽織って、モデル顔負けのスタイルと格好である。
なのになぜだろう。彼女の仕草の一つ一つがどこか艶かしくて、自然と意識がそちらに向いてしまう。手つき、二の腕、首の角度、胸、腰、目、口元……。
挙げればきりがないが、どれも目の前の人に見せつけるために計算されづくした体位だ。
思わず見つめ続けてしまう。目を奪われて離せなかった。
「ふ〜ん。思ってたよりかっこいいね」
「え?」
少女はハヤトの顔を覗き込むように顔を近づける。髪が皿に触れないように手で押えて、目と目がすぐそこまで迫った。その突然の事態にハヤトの心臓が勝手に大きく跳ねる。
少女はさらに顔を近づけてハヤトの耳元で囁いた。
「ねえ、ハヤトくんは楽しいことに興味ある?」
「え?え?」
「楽しいコトだよ?」
思考が停止した。そして身体が固まる。しかしそれを認識したことで、逆に冷静になった。だって、ここまで来たらバカでもない限り分かる。気づかないなんてありえない。
動揺する方がおかしいのではないか?
「姉さんですよね?僕の」
少女の動きが止まる。そしてそのまま元の位置に戻った。
「あ〜あ。ハヤトってつまんないっ。そこはさ、もっと動揺して、ワタワタするところじゃない?初なところ見たかったなぁ?」
そう言ってわざとらしく溜息を吐いた少女だったが、突如吹き出して笑い出した。ツボにでも嵌ったのかお腹を抱えて大笑いだ。
「あははははっ!あーっ、楽しいっ!いやぁ、ごめんね?からかいすぎたね?」
「まあ、うん。それで、僕の姉さんですよね?」
確認のために聞いてみる。すると少女はニッコリと笑みを浮かべて返した。もうそこに艶めかしい雰囲気は一切ない。ただ純粋に楽しそうな少女の姿がある。さっきのは演技だったらしい。
「そうだよ。あたしはミリア。姉弟の中で唯一マトモに自立してまぁすっ!あ、敬語はいらないよ?」
ミリアはなぜか横向きピースを眼の前で決めて、反対の目でウィンクする。
確かに可愛い。
うん。
でももう5人も美少女に出逢っていると開き直ると言うか、耐性と言えばいのか、そんなものが出来てしまった。ちょっとやそっとでは大きく動揺できない。そういうドギマギさせる方面では。それに一緒にそういう家族と暮らしてるのだから意識している方がおかしいだろう。毎日ドギマギしてたら心臓が持たない。
慣れって怖いな、とふと思った。
そんな感想を覚えつつ、ハヤトはふとミリアをどこかで見たことがある気がした。
もちろん他の姉たちも出逢った時は見覚えがあった気がしたが、どちらかと言うとミリアの場合はつい最近にも見た覚えがある気がしたのだ。それもすれ違ったとかじゃなくて、結構な頻度で見かけたような。
「んん?どこでだっけ?}
ハテナマークを思い浮かべるハヤトだった。しかしミリアは何か思い出したかのようにポンッと拳を自分の掌に叩きつける。本当になんでそんな古い仕草が残っているのだろうか?
それを知っているハヤトも大概なのだが、それに彼は気づいていない。
「そうだ!ハヤトにプレゼントがあるんだよ!これあげる」
「え?ありがと」
受け取った物を見て、ハヤトはなんとも言えない思いを抱いた。
「なあ、なんか恨みでもあるのか?」
「え?なんのこと?」
「だってこれ、アオミノウミウシだよな?」
「ん?それが?」
アオミノウミウシ。それは青い龍とも青い天使とも呼ばれる美しい見た目をした宝石のような生き物である。誰だって初めてその姿を認めればその美しさに魅了されるに違いない。日本でも小笠原諸島や沖縄を含む南西諸島などの暖かい海で見ることができる。もし見つけることができれば、ヒトビトはその小ささと美しさ故に触ってしまいたい衝動にかられるだろう。それほどに魅惑的な生き物なのだ。しかし絶対にそれはやってはいけない。
なぜなら彼らは肉食性で毒クラゲを食するのである。しかも毒など気にせずに食べ、その刺胞――いわゆる毒針――を自らの武器として取り込んでいるのである。攻撃されそうになった時に反撃手段として使うのだから本当に危ない。毒クラゲの針を刺されるのだから。
という薀蓄を知っているが故に、ハヤトはこのプレゼントに深い意味があるのではないかと勘ぐってしまった。知らずの内に服毒させるみたいな。
「普通に綺麗だからあげたんだけど、要らないなら返してもらおうかな?」
「ごめん。悪かった。ありがたく貰っておくよ」
「最初からそう言えばいいのっ!」
まあ、ただのストラップだ。気にしないことにしよう。見た目だけは本当に良い生物なのだから。
その時だった。
「え?え?え?えっ!?すみませんっ!ちょっと、良いですかっ!?」
声に振り向いて思わず目を疑った。突如としてそこに現れたのがなんと美枝だったのだ。彼女の姿を認めてハヤトは驚愕した。本当に驚きすぎて声も出ない。まさか横浜から1,400kmから1,500kmも離れたこんな場所で出逢うとは思わなかった。もう驚きすぎて言葉も出ない。
そしてなぜか美枝の眼にはハヤトが入ってなくて、その視線はハヤトの眼の前の人物に注がれていた。
「良いですよ?」
ミリアはニッコリ愛想よく笑って応答する。そして美枝は不思議なことに少々上気していた。
「浜崎ミリアさんですよねっ!?」
「はい」
「きゃーっ!やばいやばいヤバイっ!サインくださいっ!!」
興奮する美枝にハヤトは唖然とした表情を向けていた。だって、ここまで興奮した彼女をハヤトは見たことがない。それになぜミリアが美枝にそんな反応をされるのかハヤトには全く分からない。確かに女優顔負けに綺麗だとは思うのだけれど。
それでも彼女の反応からしてミリアは彼女の中では有名人らしいことは感覚的に理解しできた。
ハヤトはハンカチにサインしてもらっている美枝の袖を軽く引っ張った。
「ん?って、え?ハヤトッ!?」
美枝はハヤトのことをようやく認識し、それに驚いたのか飛び跳ねて後ずさりをしてしまった。友人がすぐ近くにいたことが予想外だったのだろう。
そして顔が少し紅潮しているのはミリアに会って興奮したことと、友人に気づかなかった恥ずかしさから来るものかもしれない。
実際のところ、もう一つ理由があったのだが。
対してハヤトは後ずさりされたことに少しショックを覚えつつ、それでも気丈にに振る舞いながら話しかけた。
「よ。久しぶり。まさかこんなところで会うなんてな」
「そ、そうだね。たまたま偶然同じ日に来るなんて奇遇だね?」
確かに予定を合わせてもないのに同じ日に来れたのは本当に奇跡的なことだろう。場所も同じで時間も同じなんてとんでもない偶然だ。いっそのこと誰かが仕掛けましたと言われた方が納得できる。
「なあ、ミリアって有名人なのか?」
気になっていたことを問うと、一瞬何言ってんのこの人みたいな目をされた。
そして溜息。
いや、そこまで呆れなくても……、
「ハヤトってほんとそういうの疎いよね?」
「そうか?」
「ほらっ!これだよこれっ!ハヤトも見たことあるよね!?」
美枝は自分の端末を取り出して、ファッション雑誌を取り扱ったアプリを起動させるとハヤトにその中身を見せつけてきた。勢い良く差し出されたそれを思わず受け取って、内容をよく見てみる。それはどうやら夏のファッション誌のようだった。女性向けのそれで、すらっとした体格の美人な女性たちが眩しく思えるほどに綺麗な服を着こなして写真に映っている。
全くこういうのは見ないから初めて見た。そして視線を這わせて、その中に見覚えのある女性を見つける。それらの写真では髪の色とか髪型を色々変えていたり、様々な雰囲気を醸し出しながらバリエティ溢れる映像美を生み出しているが、それはどう見てもハヤトが既に知っている少女だった。
吃驚して目の前の女の子と見比べてしまう。
「まさか、ミリアって有名人だったのか?」
そこで連鎖的にハヤトは思い出した。
そうだ。ミリアを最近見たことがあると思ったけれど、それは確かテレビのコマーシャルで見たことがある。何かの飲料水のそれだった気がするが、美人だと思ったのをよく憶えている。しかしミリアに関連した記憶はそれだけでなく、母が好きなドラマや映画でも見かけた気がする。その迫真の演技に知らず知らずの内に引き込まれたものだ。最近は主役の恋人役とかも演じていたような?
そしてそれが自分の姉で、今目の前にいると?髪と色彩の色が違ったから今まで気づけなかった。
いや、うちの家すごすぎだろ……。
父さんは人工実存を生み出した一人である変人研究者、ソフィアはなんだかやばいところにクラッキングを仕掛けるとんでも少女、エヴェリンは唄がとても上手くてそれでいてコンコルディアの創設者。
そしてミリアは有名な芸能人。
ハルカも身体能力が凄いし、花楓は科学魔法に関して天才的だし。
エレナと僕と母だけじゃなかろうか?
普通なのは。
「そうだよ!というかなんで呼び捨てなの?」
美枝はハヤトを睨む。彼女にとって憧れる人をよく知りもしなかったハヤトが呼び捨てにすることが不思議に見えたのだろう。失礼過ぎると思っているかもしれない。
まあ、美枝が、ミリアがハヤトの姉であるということを知るはずがないから当然の反応だ。
そしてサインを書き終わったミリアがその疑問に代わりに応える。
「だって、ハヤトはあたしの弟だよ。ほら、浜崎って名字が同じでしょ?」
それに美枝はキョトンとした顔になる。そして浜崎、浜崎……と何度か呟いて、目を大きく見開いた。
「ええっ!?うそっ!?」
「ほんと」
「はあっ!?ハヤトッ!なんでハヤトにはこんなに良いお姉さんがこんなにいるのっ!?アカリさんのときも思ったけど、おかしいでしょ!?」
「いや、僕に言われても……」
父がそういう風に創って、育てたのだから仕方ない。まあ、考えても見れば色々おかしいが、これが現実なのだから仕方ないだろう。
美枝はミリアからサインを受け取ると目を輝かせて頭を下げた。
「ありがとうございますっ!一生大事にしますっ!」
「あははっ。大袈裟だなぁ。そんなのいくらでも書いてあげるよ」
顔を上げた美枝の顔は心底嬉しそうな笑みであった。そしてそこであることを思い出したのか、あ、と声を漏らして。
「そう言えばハヤト。今夜どうするの?」
「今夜?」
そう呟いてやっと思い至る。
「花火大会っ。皆で見に行かない?」
花火大会へ――。
本日も本小説をお読みくださりありがとうございます。
アオミノウミウシって本当に綺麗です。一度画像検索してもいいのではないかと思えるくらいです。ぜひ検索してみてください。しかし文中にもあったように触るのはNGです。確かオーストラリアとかで事故があったとかも聞きますし。まあ、飼いたいなんて思うヒトもいるかもしれませんが、海水の管理は非常に難しいはずですので飼う前に勉強は必要そうですよね。
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