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Futuristic Memory ――この世界に届けられた物語――  作者: 破月
里面的世界編 第四章 破壊神 〜She can never forgive them〜
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誰かのために

 初夏の暖かいそよ風が頬を撫でていく。さわさわと、そして優しく。少しくすぐったくて、思わず顔を何度か背けてしまった。風には雨上がり特有のアスファルトの匂いが混じり、運命の相手を求める激しいセミの歌声(ラブコール)が響いてくる。でも、暑いわけじゃない。今日は心地いい涼しさで空気が満たされている。


 目を開ける。最初に認識したのは”白”だった。そしてそれが天井の白であることを理解し、自分が横たわっていることに漸く気づく。そして身体から溢れてくる違和感。というのも、それは全然硬くなくて、とても柔らかくて、久しぶりに感じる温もりだった。あとは、少々感覚が足りないくらいか。


 それでも忘れかけていた感覚に、何故か感動してしまっている自分がいる。


 治って、る……?


「ん?気づきましたか?随分遊ばれたみたいですけど、もう大丈夫ですか?私の声、理解できてます?」


 視線を左に向ける。そうすればその声の主である癖毛の天色の髪をした少女がいた。彼女は今まで何をやっていたのか、術衣(スクラブスーツ)を身に纏っていて、なんかそこに血が付いている。


 それにちょっと自分の頭に身体とは違った猛烈な違和感が――。


 エヴェリンは全てを悟り、呆れて溜息を漏らした。


「…たけのこ医者は嫌い」


「だってマッドサイエンティストの娘ですから」


「…さらに質が悪い」


 ああ、本当にマッドなたけのこ医者なんて、最悪な組み合わせだ。

 よくわたし、生きてるな……。


 それでも今更何を言っても仕方ないと割り切り、エヴェリンは天井を見上げ、呟く。


「…ここは?」


「家ですよ。今の」


「…ふ〜ん」


 道理で見覚えのない場所だと思った。生活感のある部屋だったから病院でないことは分かっていた。けれどこんな形でまた帰省するとは。


「…どうやったの?」


 エヴェリンはソフィアに問いかける。どうやって科学魔法の暴走を抑えたのか。それを確かめたかったのだ。あれは簡単に解決できるようなものじゃなかったはず。


「それは私が、ですか?それともあの子達が、ですか?」


「…両方」


 その応えにソフィアは丁寧に教えてくれた。


「まずあの子達がやったのは睡眠薬を使ってマナリウムの活動を阻害したみたいです。まあ、私の推察ですが、最低限の量を確保してあなたの意識を絶つ手段に出たのでしょう。色々調べましたが、かなり大騒ぎになっていたようですよ?今もネットではあることないこと噂で大騒ぎです」


「…そう」


「私がやった方法は、ただ単にあなたの(コア)に接続された、身体を動かすこと以外のマナリウムの繋がりを切断し続けているだけです。まあ、睡眠薬の量をミスっていたみたいで、致死量の睡眠薬を解毒させてから〈感覚切断〉を応用した魔法を一晩中使い続けて、新しい魔法も作って……とても大変でしたよ。感謝してくださいね?」


「…当分安静……か……」


 ソフィアはマナリウムの繋がりを切断し続けていると言った。それはつまり今は人工知能(AI)に科学魔法を使わせて無理やりエヴェリンが科学魔法を使えない状況にしているということなのだろう。そして彼女はその魔法にバグが生まれないように一晩中調整してくれていたのだと思う。


 もし彼女の施術がなかったら睡眠薬が切れた途端に科学魔法が暴走状態になっていたことだろう。


 まあ、免許も資格も持たずに手術したのは批難したい。

 したいけど、それでも。

 ……ありがとう。

 そして、私を助けるために動いてくれた皆も、ありがとう。


「…治るの?」


「さあ?でも当分は普通に暮らせると思いますよ。それも科学魔法を使えないただの一般人として。それに大怪我したということで家で暮らせますし、やろうと思えばカタギに戻れます。どうですか?戻ってきませんか?」


 その言葉を聞いて、エヴェリンは無意識に目線を逸してしまった。

そして小さく答える。


「…それはない」


 ソフィアが肩を竦めたのが見てもいないのになぜかわかった。その答えを多分予想していただろうから。


「でしょうね。あなたは自分のことを蔑ろにするくらい優しいですから。私があなたを疑ったのが恥ずかしいくらいに」


 その言葉に思わずエヴェリンは閉口した。そしてとても胸が痛かった。


「…わたしは、優しくなんかない」


 そう。

 わたしは優しくなんかない。

 心のどこかでは人間を見下しているし、面倒だと人に押し付けたくなるし、嫌なことがあると無視して忘れようとするし…………多くの命を奪ってきた。

 虫に、動物に、植物に、人間に、機械に、全てに優しくできない。

 生きている目的も自分勝手で、誰かのためになんか生きていない。

 誰かのために生きる生き方が理想なのに、それすら程遠い惨めで怠惰なわたし。

 誰かを傷つけて、誰も救えてない。

 そんな自分が大嫌いだ。

 憎いとも思ってしまう。


「…どうしたら、誰かのためになれるのかな?」


 思わず問いかけていた。自分より合理的に考えられるソフィアだ。天才的な頭脳でずっと考えていたことの答えを教えてほしい。もう疲れてしまったのだ。答えの見つからない自問自答を繰り返す気力はもうない。だから縋ってしまう。


「…どんなに誰かのためにやっていても結局は自分のため。誰かのためにやっているつもりでも、どんなに他人に賞賛されても、それはそうなることが嬉しいわたしのため。…どうやったら誰かのためだけに生きられるのかな?」


 しかし返ってきたのはため息だった。


「はぁ……。面倒臭い生き方ですね。そんなこと、無理でしょう」


 ハッキリきっぱり切り捨てられた。それがちょっと腹立たしくて思わずソフィアを睨んでしまう。それでもソフィアは続けた。


「いいですか?人間、いえ、ヒトの魂というのは自身の置かれた環境から情報を受け取ってその事象について差別し、自身がプラスに思うことを実行するシステムと言っても過言ではありません。自分への被害を回避することもそこには含まれます。それが基本の形です。だからどうしても主観的な目線になり、自分自身のためになるんです。どんなに理想を抱こうが関係ありません。もしそれでも他人のために尽くしたいなら、あなたはあなたの魂を弄って他人になるしかありませんよ。そして他人として幸せな人生を送れば良いんです」


「…本末転倒」


「理想は理想でしかないんです」


 エヴェリンとしてはソフィアの言葉を否定したかった。だけど、ソフィアの言葉は恐らく父の考えだ。それっぽいことを言っていた気がする。父は世界で初めて魂を創り出すことに成功した研究者の一員である。ならば、その言葉に否定する要素はないはず。そしてエヴェリン自身が存在していることこそが、ソフィアの言葉を証明しているようなものだった。


「…はぁ」


「ほんと、優しい子ですね」


 優しい笑みを浮かべるソフィアとは対象的に、エヴェリンの顔は悲哀に満ちた表情だった。

エヴェリンは首を動かして天井を眺める。目線の先にあるそれは太陽の反射光を浴びて、本当に眩しいほどに白い。赤く染まった自分の手とは全く違う。


「…どうすれば……」


 不意にソフィアの溜息が聞こえた。まるで呆れたといった風に。


 それもそうか。

 普通はこんなことをしなくてもいいのだから。

 しないと危なかったけれど、一般人が首を突っ込む必要は本来なかったから。

 ただ、抗いたかっただけで。

 ただ、探したかっただけで。

 ただ、未来に幸せが欲しかっただけで。


「そう言えば」


 ふとソフィアは思い出したように呟いた。


「たまに路上ライブしていたみたいですけど、なんでですか?」


「…それは――」


 歌を唄うようになったのは数年も前からの話だ。元々エヴェリンは趣味でひっそり路上ライブをしていることが多かった。家族の中でも知っていたのは父くらい。流石に家族皆に知られるのは恥ずかしかったし。

でも、父がエヴェリンの歌を聞いてとても喜んでいたのが嬉しくて、いつしか自分も唄うことが好きになっていた。人見知りを克服するのと並行して人前で唄っていた。当時としては唄うことがとても楽しかったのである。


 けれど、あのことがきっかけでコンコルディアを創設することを決意した。それは最初こそ探しビトを見つけるためのものだったが、段々と規模が大きくなるに連れて所属する者たちの大切なヒトたちを守る組織に変わっていった。それに連れて唄う機会も無くなっていった。


 そんな時にコンコルディア最初期のメンバーであるカヤやサヤ、ヴィルの提案で息抜きにでも歌を、と勧められた。初めこそ却下したエヴェリンであったが、粘り強い提案に負けて彼女はたまに路上ライブをすることにし、”Maker's”を作り、今に至る。


 そんな流れをソフィアに語った。


「なるほど、そういうことでしたか」


「…でも、なんであそこまで勧められたのかは分からない」


「それ、本気で言ってます?」


 口調からしてまた呆れられるものだと思った。しかしソフィアの顔を見て、実際はとても悲しそうな顔をしていることに驚いた。あまり見ない彼女のその顔に思わずエヴェリンは目を見開いてしまうくらいに。それくらいエヴェリンは驚いている。


「…どうしたの?」


「いえ、別に。あと、勧められた理由は後であなたの部下にでも問い質してみて下さい。多分、自分自身のことが見えてくるはずですから」


「…?」


 彼女の言い回しに疑問符を浮かべざるを得なかったエヴェリンだったが、ふとそんなソフィアと彼女の周囲を見やってあることに気づいた。


「…そういえば手術帽(メディカルキャップ)は?」


「え?……あー………………忘れました」


 ……。


 これには流石に閉口してしまった。


「…だからたけのこ医者は……」


 もしかしたらもう一度手術する必要があるかもしれない。色んな異物が頭の中に残されているかもと考えるだけで悍ましくて堪らない。もはやこの気づいたら手術されていたという状況からしてもソフィアはマッドサイエンティストの卵と言える気がする。誰の同意も得ずに彼女はやったのだから。


 ソフィアの将来が不安だ。

 こんなんで社会の中で生きていけるのだろうか?

 ソフィア自身が気づかぬ内に何らかの犯罪を犯していしまいそうで不安が募ってくる。

 たぶん、《アサヒ》がどうにかしてくれるとは思うけど……。

 あ、もうクラッキングしてたか。


「…警察に捕まらないでよ?」


「バレなければいいんです」


 これはダメなようだ。

 捕まる未来が見える。


 不意にドアがノックされた。


「じゃあ、お邪魔虫は退散しましょうかね」


 ソフィアはそのノックが合図だったかのように立ち上がった。術衣(スクラブスーツ)に付着した血をかつてエヴェリンが払ったように剥ぎ取り、それをティッシュに染み込ませてそのまま部屋を後にしようとする。その直前でソフィアは肩越しに振り返り。


「後で来ますので、それまでに結論は出しといて下さい」


「…?」


 そう言ってソフィアはその部屋を後にした。彼女の言葉が何を意図したものか分からなかったが、次の瞬間その考えは吹き飛んでいた。なぜなら彼女と入れ替わるように部屋に入ってくる人が問題だったのである。


「ッ!…カヤ!なぜっ!」


 そこにいたのはカヤだった。

 少女は命を取り留め、力を失い――。


 本日も本小説をお読みくださりありがとうございます!


 用語について解説。たけのこ医者というのはやぶ医者より更にヤバイ医者のことです。それこそ、やぶ医者さえまともな技術も知識もないのに、それすらもないのですから酷いものです。実際ソフィアも手術するなんて初めてでしょうし、知識も付け焼き刃でやっている可能性もありますよね。まあ、でも科学魔法という技術を持っていてエヴェリンが人間ではないのでなんとかなったのかもしれません。下手すると手術というより機械の整備の感覚でやってしまったのかも。でも、人工実存は人間とほとんど遜色ないのですよ?そんなこと天才でも難しいような?いやあ、本当にマッドサイエンティストです。それでも上手くいって良かった。


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