衝撃
暫くして慌ただしくエヴェリンが車内に運び込まれてきた。もう既に変則的な位置に針を刺して点滴を行って全身麻酔を維持しているため科学魔法が暴走することはない。コンコルディアのメンバーの中に元医療関係者がいたらしく点滴の処置を彼がやってくれたようだった。
だがまだ安心できない。そもそもここは敵地であるし、非合法な組織であるコンコルディアも流石に警察を敵にするのはよろしくなかった。時間が経てばそのどちらかがここにやってくることだろう。ゆっくりなどしていられない状況なのである。
それにエヴェリンが意識を取り戻す前に然るべき治療をしなければならないため、このまま横浜に帰投する。彼女が死にそうな状況なのを打開するためには急いで治療を始めなければならなかった。麻酔薬も無限にあるわけではない。効果が切れれば再び暴走するのは疑いようがない。
話を聞いている限りコンコルディアの目的も達成されたようだ。実際倉庫は壊滅的で、エヴェリンたちA班を回収した後、ついでに残った爆弾で爆破処理も行われている。だからここに最早彼らの目的は存在せず、留まる理由もなかった。
「ひどい……」
目の前に横たわるエヴェリンを見て、ハヤトは思わずそう呟いていた。
エヴェリンの身体は最早原型を留めないほどに破壊されてしまっている。ほとんどの箇所が輝きを失くしたマナリウムの青黒い結晶と、血を含んだ赤黒い結晶で覆われているのだ。しかも体内と体外から無数の刃物に切り裂かれ、ボロボロになって、身体奥深くまで複雑に食い込んでいる。結晶がないのはかろうじて顔半分と胴体の一部の服が見えている箇所くらいしかない。もしエヴェリンが人間なら死んでいてもおかしくなかっただろう。
「まだ生きてるよ」
「ああ、それは分かってる」
エヴェリンの隣にはベッドサイドモニターが設置してあって、弱々しくも確かに心臓が動いていることが分かる。それでも脳が生きていなければ少しも安心できなかった。人間で言えば脳死のように脳に酸素やエネルギーが運ばれなければそれを形成するマナリウムは機能を停止する。それはエヴェリンの死と同義だ。
「うわっ。もうこれ末期じゃん」
「ハルカ姉さんっ!」
不謹慎なことを言うハルカにエレナが目くじらを立てた。ハヤトもハルカの発言はどうかと思う。
しかしハルカは気にせずにエヴェリンに近寄っていった。
「ハルカ。何をする?」
ヴィルがハルカの前に立ち、少々警戒気味に、そして脅迫気味に立ち塞がる。彼にとってハルカとはまだ知り合ったばかりで何も知らない。確かにエヴェリン救出には貢献したが、ここに来る時にエヴェリンを殺すというような発言もしているためにそんな簡単に信用は置けない。こんな世界に生きていればリーダーの家族であっても警戒するのは当たり前であった。
「大丈夫。ちょっと診るだけだから」
対してハルカは自然な身体の動きでヴィルを躱してエヴェリンの前に立った。ハルカはエヴェリンの頬に指を添わせる。寂しそうな瞳で。
「エリー。本当に、無茶で無謀で……優しい子」
ハルカは次にエヴェリンの残った手を握った。
パキッ。
「あ……」
「ハルカっ!?」
「ハルカ姉さんっ!?」
ハルカがやらかしたことにハヤトとエレナは咄嗟に叫んでいた。なぜならなんとハルカの掴んだエヴェリンの腕が簡単に折れて肘から下が取れてしまったのだから。ただ、ほとんどが結晶に喰われてしまったためか、まるでガラスが砕けるように折れていた。血も流れない。
「あらら、腕はもうだめみたいだね」
「ハルカ。それ以上は――」
「わぁかってるって!。そんな顔しないでよ。怖いじゃん!」
ヴィルに睨まれたハルカは飄々とそう言ってエヴェリンから離れる。その時、ちょうど車の運転席からカヤの声が掛かった。
「全員収容した。撤退の準備も完了した。帰るぞ」
「分かった。全隊に通達。これより撤退する」
『了解』
コンコルディアのメンバーたちは各々の車両に乗り込んで散っていく。集団行動などすれば簡単に注目を集めてしまうからそれぞれの車が違う未道を通って帰るのである。そうしてハヤトたちが乗った車も走り出そうとして――。
「おわっ!?」
「きゃっ!?」
ハヤトとエレナがバランスを崩して、床に二人して倒れた。ヴィルとハルカは咄嗟にエヴェリンとA班の重傷者の身体を支える。
何が起きたのかと言えば出発した直後に急ブレーキが掛かったのだ。
「どうした、カヤ!?」
「ヒトだ」
「ヒト?」
ヴィルが前席に歩を進める。そして車の前方を見て、舌打ちをした。
「誰だ、あれは?」
ハヤトたちもヴィルの後をついて行ってフロントガラスの外を見た。そしてそこにいたヒトを認めてハヤトは目を見開いた。
車を通さないように道の真ん中に立ち、こちらを見つめている、石竹色――ピンクのような色――の腰まである乱れた髪を一切結ばずに垂らし、半色の瞳をした少女。口元を隠す指先の爪はキラキラ輝く銀星が散りばめられ、煌めいていた。彼女はデニムパンツに半袖のドルマンスリーブを着ていて、その肩のリボン結びが映えている。雰囲気も大人っぽく、しかしその目はなぜだか非情に冷たく見えた。
ここまでくれば流石のハヤトだって、彼女が何者かを理解できる。少なくとも彼女は人間ではない。
「あれってもしかして――」
「違う」
言葉を重ねるようにエレナがハヤトの言葉を否定した。その声の低さに驚いて彼女を見やる。そしてハヤトはエレナの表情を見て、さらに吃驚してしまった。声が出なかった。
そこにいるのは確かにエレナだ。しかしその目だけはいつもと違う。
敵意。
憎しみ。
そんな感情を孕んだ瞳だったのだ。もしかしたら殺意まであるかもしれない。
こんなエレナは初めて見た。いつも優しくて、他人のことを思いやることが美点である彼女がここまで負の感情を抱いている。それが信じられなかった。
『出てきなさいな。話も出来ないなんてあんまりですわ。あ、起きてるヒトは全員ね』
唐突に声が響く。車内の空気全体を震わせるように、その声の方向も分からない。それでもあそこにいる少女が呼び掛けてきたことはここにいる誰にもが理解していた。
「どうする?」
カヤがヴィルに問う。
「きっと今のは魔法だ。ということはこの車内のマナリウムを奴は操れる。今は言うことを聞いておこう」
車内のマナリウムを使えばカヤやヴィルは簡単に無力化されるだろう。ハヤトたちも科学魔法が使えるからマナリウムを制御できるが、必ず意識には死角が存在する。もし誰も意識していない場所から攻撃を受ければどうなるかなど想像に難くない。
「そうか。分かった」
「だが、隙があれば――」
「分かってるさ。その時は俺が殺る」
そして横たわるエヴェリンと回収されたA班の面々以外の全員が外に出る。その直前強い眼差しでカヤはハヤトたちを見た。それは睨むとは異なる、覚悟のようなものだ。
それを見てなんとなく彼が言いたいことが分かった。恐らくカヤは警戒を怠るなと伝えたいのだろう。死ぬかもしれないと暗に言っているようにも思われた。
エレナとハルカはすぐにそれを察する。しかしハヤトには警戒するにしてもその理由が分からず、困惑することしか出来ない。
だって、あの少女はきっと――。
「ん?あらあら。もしかしてあなたはハヤトかしら?」
外に出て、少女と目が合ったところで彼女がそんなことを言った。やはり自分のことを知っているらしい。
「そう、ですけど。あなたは、やっぱり――」
「やはり記憶はないようですわね?薄々そうは思っていましたけど。そうね……。同じ父を持つのですからあなたの思う通り姉弟ですわ」
「違うっ!」
エレナが声を張り上げた。まるでその事実を全否定するかのように。そんなことはありえないと言いたげに。受け入れがたいと拒絶するように。彼女はその少女に敵意を丸出しに続けた。
「あんたは家族なんかじゃないっ!」
それを言われた少女は、しかしなぜか楽しそうだった。
「ふふっ。ははははっ。あははははっ!」
顔に掛かった髪を払って少女は続ける。
「まあ、分からないでもないわ。だってあの時私が――」
「黙れ!それ以上言うなっ!!」
エレナが叫ぶ。少女の言葉を続けさせないために。そんな風にハヤトは思うと同時に疑問を抱いた。いや、状況を全く理解できていなかった。何が二人の間にあったのか、全く記憶にない。思い出せない。
そしてそれは カヤとヴィルも同じだったが、ハルカだけはどこか納得した面持ちだった。
「あんたは許さない!もう二度と私の目の前に現れるなっ!」
エレナの言葉に、しかし少女は嗤った。そして。
「ああ!なぜお父様もその表情を、その言葉を発しなかったのか。あなたの方がよっぽど殺しがいがあるというものですわ。もしそんな表情だったのなら後腐れもなく殺せたでしょうに」
「殺しがい………………まさか……っ!」
ここにいる全員が事実を悟った。それを聞いて、ハヤトは自分の心拍が上がっていくのが感じとった。身体が熱い。呼吸も荒くなって、歯を食いしばっていた。
そしてその少女は嘲笑うように、ふざけて遊ぶようにハヤトに対して鷹揚にお辞儀をした。
「ハヤト。自己紹介が遅れましわ。私はあなたの姉、フィオナ。私達のお父様を殺した張本人ですわ」
「「「っ!」」」
自分の中で何かが切れた。認めたくない事実を告げられてしまった。
まさかの展開――。
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