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Futuristic Memory ――この世界に届けられた物語――  作者: 破月
里面的世界編 第四章 破壊神 〜She can never forgive them〜
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プロトタイプ

 淡い青色の光が辺りを照らし出し破砕音が響き渡る中、エヴェリンは倒れたまま動けずにいた。先程の戦闘で無意識に筋力を通常の7割から10割にしたために全身の筋肉繊維が千切れて筋肉痛のように痛かったこともある。そして数多に傷つけられた傷の痛みもその要因だった。〈感覚切断〉の効果が気づいた時には無くなっていたのだ。新たに行うことも何故かできない。


 しかしそんなものはこの現状では些細なことでしかない。彼女が動けない最大の要因はこの身体を引き裂くように奔る青い結晶にある。それらは身体中を奔り、関節の可動域を限定してしまっていた。しかもさらに悪いことが起きていたのである。


 エヴェリンたち人工実存(AE)の身体の一部はマナリウムで出来ている。その血液の一部だったり、脳や脊髄などの神経系だったりと。さらには筋組織や骨、内臓の一部も構成している。それらは本来高度なプログラムの末に人間らしさを長期的に保たせるために使われているものだ。しかし今、身体中のそのマナリウムが〈破壊神(ヘカテイア)〉の魔法で荒れ狂い、本来の目的を離れてエヴェリンの思考を無秩序に具現化しようと動いている。その一部が結晶となってエヴェリンの身体をを蝕んでいた。彼女の身体を引き裂くように成長しながら。


 ああ、また守れなかった。

 私のせいで、私が弱かったからみんな死んでしまった。

 私のせいで……っ!


 痛みが奔る。〈感覚切断〉の機能すら維持できないほどに科学魔法が秩序を失っていた。彼女の自己嫌悪と自責の念が具現化され、身体を引き裂く結晶となって自分自身を傷つけていく。

それは確かに痛かった。しかしそれ以上に心が痛かった。


 涙が視界を歪め、”歪む”という概念からすら連想する物が具現化されて辺りの物体を歪めて行く。中にはその力に堪えきれず崩壊するものもあった。そして”壊れる”という概念から連想されるものがさらに辺りの物を細切れにし、或いは引き裂き、爆破、崩壊させていく。”細切れ”、”引き裂く”、”爆破”、”崩壊”さえも具現化していく。


 もはやその連鎖反応は止まりそうになかった。どんなに現実逃避しようが今起きていることを否定しようが、少しでも考えただけでそれが目の前に具現化し、現実逃避を不可能にさせるのだから。そして”現実逃避が不可能”ということも彼女の思考に影響を及ぼしていく。


 痛い、痛い……っ!

 苦しい……っ!


 ”痛み”という概念が具現化されて損傷していないはずの部位でさえ火で炙られるような激しい痛みを覚える。


 ”苦しい”という概念が具現化され、自分自身の精神と身体が深い海の底に取り残されたかのようなとてもつもない苦しみを覚える。


 しかしそれらは全て精神的なものから来るものに違いなく、本来なら身体的なものではなかったものだった。


 嗚呼(ああ)、こんなに苦しむなら、こんなに誰かを不幸にするなら、生まれてこなければよかった。

 ううん、違う。

 誰かを守れる存在になりたかった。

 誰も不幸にならない世界があってほしかった。

 でも、いつもわたしの感情が邪魔をして判断を鈍らせる。

 感情があるから色んな人を救えなかった。

 6年前のあの時も、お父さんが死んだあの日も、今、この時も……っ!

 この魔法だって、激情しなければ発動することもなかった。

 こんなに壊し続けることもなかった。

 全部、この心がいけないんだ!。


 心なんて、なければよかった。


 涙が溢れ続けて止まらない。胸が痛くて痛くて本当に苦しい。それがまた具現化されて、心臓と肺に結晶が刺さる。そしてその機能を低下させてくる。血が溢れるが、それすらも結晶となって、まるで捕食者が牙と爪を立てるようにエヴェリンの身体を切り裂いていく。これら全てがエヴェリンの自分自身の否定から来る心の具現化であった。


 後悔と、自らを嫌う思考が着実に身体を破壊し尽くそうとし、本当の死が目の前に迫っているのを理解しながらエヴェリンは思う。


 ごめんなさい、と。



            †



 外では雨が降り出していた。まだ時雨(しぐれ)のような霧雨だったが、それでもそれを認めてしまうと心がどんよりしたものになってしまう。早く止んでほしい。晴れたところを歩きたい。それはヒトに共通した感覚に他ならない。誰だって嫌なことからは解放されたいものなのだ。


 そしてそれはきっとハヤトたちも同じ。こんな非日常から少しでも早く解放されたいと願っているに違いない。だが、現状この(うら)世界はまだ彼らを解放しようとはしなかった。事実、ヴィルが操作していた虫型ドローンからの映像を見たハヤトたちはあまりのことに最初は言葉が出なかったのである。


 映像には荒れ果てた倉庫内の景色と、青い結晶に全身を蝕まれたエヴェリンの姿があったのだから。


 しかし最初に我に返ったのはハヤトだった。そしてすぐさま端末を取り出して怒鳴る。


「《アサヒ》!どうにか出来ないのか!?なんとかしてくれっ!!」


 必至に願うようにハヤトは叫ぶも、しかし返ってきた返答はどこまでも冷徹な言葉だった。


『現状ではどうすることも出来ません。私が抑えることも出来ますが、横浜と新潟は離れすぎています。制御が不可能です。コンピュータとマナリウムを接続するための装置があれば別ですが恐らくコンコルディアは所有してすらいないでしょう。エヴェリンさんを助ける手段を私は持ち合わせていません』


 《アサヒ》が科学魔法を扱えれる範囲――マナリウムを遅延(ラグ)なしに繋げられる距離――にいれば、圧倒的な演算能力で一つ一つのマナリウムの制御を可能にし、無理やりエヴェリンからマナリウム自体を引き離して接続を切ることができる。つまり科学魔法を使えなくするのと同義だ。しかし横浜から新潟までマナリウムで接続して細かく制御することはハッキリ言って不可能であり、ネットの回線を使ってもコンピュータとマナリウムを接続できなければ意味がない。しかし現状そんな器具がここにあるわけもなかった。


 要するに、《アサヒ》には何も出来ないのである。


「く……っ!……他に、他には何かないのか……っ!」


 このままではエヴェリンが死んでしまう!制限なしに思考の全てを具現化すれば絶対自分のことも考えてしまうために自己破壊は避けられない。下手すれば魂全体の改変が起きて彼女自身が変質してしまう可能性だってある。なんとしても止めないと行けないのだ。


 じゃないと、また大切な家族を失ってしまう。


「私が行く。マナリウムの制御はだいたいできるし」


 そう言ったのはハルカだ。確かに彼女は科学魔法をしっかり扱える。しかも人工実存(AE)の、父が創り出した身体だ。どんなに傷ついてもある程度なら再生できる。

しかし《アサヒ》は冷静に反論する。


『不可能です。ハルカさんは管理者権限を持っていませんから、行っても死ぬだけです。あれに対抗するにはあれと同等の権限か、それ以上の力が必要です。仮にあそこでエヴェリンさんに認識された場合、そのヒトは彼女の先入観とその時の思考によってその形を保てず人体は破壊されてしまいます。耐えられたとしても次に影響が出るのは精神です。良くて発狂というところでしょうか。つまり現状CONEDsの『管理者』か私しかエヴェリンさんを止められません』


「そんな……っ!」


『管理者権限の【プロトタイプ】のデータは少ないですが、動物実験では最長で30分ほどで形を保てずに死んでいます。短いと5分で跡形もなく消し飛びました』


 目の前が真っ暗になったような気がした。全ての可能性が閉じられたのだ。『管理者』だってすぐにここには来れないだろうし、来たとしてもその間にエヴェリンは確実に死ぬ。

どんなにあがいても止める方法がないのだ。


「くそっ!」


 ハヤトは歯を食い縛る。そして沸々と自らの内側に怒りが湧いてくるのが感じられた。それは理不尽に対する怒りだ。いや、もはや怒りを通り越して憎悪だった。どうしようもない、この世界を支配する、個人ではどうにも出来ない災厄に対する。いや、この世界が家族を奪っていくという果てしない理不尽に対する憎悪。


 簡単にヒトの人生を狂わせて、そしてそれが当たり前かのようにやってきて、何事もなかったかのように過ぎ去っていく。それが許せなくて仕方ない!


 この怒りのままに理不尽を滅してしまいたいっ!


【憎い?この世界が憎い?】


 声が響いた気がした。だけど、ただそういう想いが自分の中に浮かんできたようで、驚くこともない。どこか心地好い銀鈴の、聞いたこともないその声。なのに懐かしい。

心にすんなりと染み渡ってしまう。


【消したい?全て、消してしまいたい?】


「僕は――」


「ハヤト?」


 エレナが隣で呼びかけるが、なぜか心に響くその声がそれをかき消す。


【言いなさい。――】


「ハヤトッ!」


 不意に肩を掴まれて目の前にエレナの顔が来る。


「大丈夫!?しっかりして!」


 エレナの瞳は不安と心配で満たされていた。その揺れ動く、それでも美しい青銀にハヤトはようやく我に返る。


「……ぇ……あ……エレナ?なに?」


「とても怖い顔してた。本当に大丈夫?」


「ああ。たぶん大丈――」


 声が響く。


【言いなさい】


 また響く。


【言いなさい】


 まるで水に塩が溶け込むようにハヤトの魂に感覚的な情報が入ってくる。まるで責め立てるように。説得するように。懇願するように。しかもそれをハヤトは簡単に受け入れてしまう。簡単に拒絶できない。

何をさせようとしているのか、それがどんな結果を生むのか、全てが感覚的に理解できる。

そのことにまた意識が持って行かれた。


【さあ、早く】


 だけど、ギリギリのところで意識を保つ。首を振ってその声を振り払った。


 冷静にならないと!

 こんなことをしてはいけない。

 この声の言う通りになんかしちゃだめだ!

 絶対後悔する。


 もしエレナがハヤトの意識を戻してくれなかったら危なかった。一度あの声が聞こえてしまうと全てが見えなくなってしまう。そして自身の激情をぶつけようと荒れ狂うのだ。


 できるだけハヤトはそれを無視して考えた。エヴェリンを救う方法を。


 形あるものは全てエヴェリンに近づいただけで壊れてしまう。だから例えエヴェリンの許に辿り着けたとしても彼女の意識をどうにかしないと何も変わらない。夢すら見れないほどに意識でも失わないとあれは止まらない。しかしそれはエヴェリンの死を意味する。ならば、まずあのマナリウムをどうにかしないと!


 そこまで考えて、ハヤトは声を上げた。


「あっ!」


 突然の大きな声に皆驚くが、ハヤトはその自分の考えを吟味するように思案し続けた。


 できるか?

 いや、リスクがありすぎるけど、まだ可能性がある。

 やるしかない。


 虚空を見つめ、自分の考えを確かめる。天啓を受けたとはまさにこんなことを言うのだろう。それほど衝撃的なものを思いついた。だが、失敗すればエヴェリンの命をすぐにでも刈り取ってしまう受け入れがたい選択肢。それでも助かる可能性がある。

神はあまり信じてないが、神頼みを思わずしてしまった。


 そして閃いたそれは――。


 マナリウムは白井さん曰く神経細胞を模して造られたものだ。

 なら基本的に神経細胞と変わらないはず。

 もしそれが事実なら、あるいは――。


「たぶん。上手く行くかもしれない」


「ハヤト?」


 ハヤトはもう一つのモニターに目をやる。そこにはエヴェリンの部下たちのバイタルサインがしっかりと規則的に波形を連ねている。まだ死んでいないのだ。破壊され続けているはずの場所でまだ生きている。それに虫型ドローンも未だに壊されずに映像を映し続けている。


 なぜ?

 ……。

 ああ、そうか。


 次の瞬間、確信を持って言葉が洩れた。


 これなら――。


 端末を取り出して、《アサヒ》に声を掛けた。


「《アサヒ》。確認したいことがあるんだ」


『何でしょう?』


 思いついたそれをハヤトは問いかけとして《アサヒ》に投げかけた。それを聞いて周りの空気が変わる。悪い方向にではなく、明るい方向に。


 光が見えた気がしたのだ。


 そして《アサヒ》は答えた。


『CONEDsに似たようなデータが散見されました。ハヤトさんの考えは筋が通ります。作戦として成立するかもしれません』


 やった……。


 これで、上手く行く。


「一つ、お願いがあるんです」


 皆が注目する中、ハヤトはヴィルにあることを頼み込んだ。少し無茶な要求だったけれど今はこれ以上の最善手はないのだ。

だけど、これでエヴェリンを助けられる。


「分かっている」


 ヴィルはすぐに連絡を入れて準備を始める。


「狙撃はカヤしかいないか」


「僕もやります。いえ、やらせて下さい!」


「ハヤト?」


 エレナは困惑し、ヴィルは黙った。しかしすぐにヴィルは口を開く。


「できるのか?」


「姉に指導してもらいました!やらせて下さい!」


 エヴェリンは家族だ。家族のために自分のできることをやるのは当たり前だと思っている。だから、ハヤトは志願する。


 希望が見えたことによって魂に響いた言葉は聞こえなくなった。

 どうなる――?


 本日も本小説をお読みくださりありがとうございます。


 《アサヒ》が科学魔法を扱える範囲についてですが、少し分かり難かったように思われます。計算してみたのですが、仮にマナリウムが神経の伝達速度の早い部類の120m/sだとすると、横浜から新潟まで繋ぐことができても司令を飛ばしてから受け取るまで76分から78分のラグが生じてしまうのです。こんな状況では細かく制御するなど不可能です。要するに実質不可能なのです。まあ、状況を確認する程度ならいいでしょうが、なにかできるわけではないです。しかし《アサヒ》はマナリウムも操作できて、ネットにもアクセスできるということはコンピュータとマナリウムを接続でいる何らかの特殊な接続装置があるはずです。それがあればネット越しにラグがほとんど発生せずに操作できるかもしれませんね。まあ、ないらしいですが。本文中では《アサヒ》がラグなしでマナリウムを繋げられる距離が科学魔法を扱える範囲と書きましたが、これは正確ではないです。人間ならば0.04秒未満のラグなら注意しなければ認知できないと思います。0.003秒未満なら本当に認知できないかもしれません。しかし《アサヒ》は超高度な人工知能であるので、時間感覚が桁違いで、ほんの数cmのラグも無視できない可能性がありますね。


 では、今日はここまで。ブックマークもぜひ。評価、感想、質問、お待ちしております。またまた〜。

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