この世界は
※注意:残酷な描写があります。
作戦が始まる少し前。
ハヤトたちはここまで来た車の中で待機させられていた。そしてハヤトたちを監視、もしくは護衛という名目でヴィルという大柄な男が傍にいる。彼はハヤトたちにとある映像を見せていた。それはエヴェリンのコンタクトレンズ型の端末から送られてくるリアルタイム映像だ。文字通り彼女の目を通しての。しっかり可視光に加工された赤外線カメラになっているため、映っているものがよく見える。
また、瞬きの間の映像はコンコルディアの自作らしい人工知能が補正してくれるため目を閉じても途切れること無く映り続けている。
「こちら作戦指揮車。A班、B班、C班は潜入せよ。D班、E班、F班も支援に入れ」
そう通信が入れば視界が動いた。エヴェリンたちが行動を開始したのだ。
それをハヤトとエレナは少しも目を逸らすことなく見続けていた。これからエヴェリンが何をしているのかを見ることができる。その最前線を。ハヤトたちが知らなかった世界がこの映像に映る。
きっとそこにエヴェリンが闘う理由があるはずだ。
それを、知りたい。
それから暫くして何かをエヴェリンたちは倉庫の合成樹脂で造られているような箱に設置し始めた。見た目は粘土のようで、物にくっつければものの一瞬で付着されている。
「あれはなんですか?」
エレナがそう問う。それにヴィルが手元で作業をしながらも解説してくれた。
「それは、まあ、簡単に言えば爆弾だな。それでここの物資全てを焼く。木箱の中身は火薬の原料だったりするから結構派手に吹き飛ぶかもな」
派手に吹き飛ぶ。まさにそれは外国で続いているテロに近しい何かだ。そんなことをこれから本当にやるんだと思うと何故か共犯しているような後ろめたさをハヤトは覚えてしまう。なぜならこれからそれが起きようとしていることを知っているにも関わらず、傍観者の立場を押し通さなければならない。確信犯の何者でもなかった。
「なんでここを襲撃するんですか?」
まだ進展のない映像を見つつ、応えてくれるかは分からないまでもハヤトはずっと疑問になっていたことを尋ねてみる。すると意外とあっさりヴィルは答えてくれた。
「ここはハッキリ言ってしまえば日本ではないんだ。大陸諸国が買収した土地の一つで、ある意味で治外法権の区域になっている。つまり日本ではやってはいけないことも、バレなければまかり通るんだ。逆に日本が介入しすぎると外交問題になるかもしれん」
「え?でもここは日本ですよね?」
「あまり良くない例だが、大使館と同じだ。ああいう外国の土地になっているところが全国至る所にある。そしてそこにあるのは日本では違法にならない危険な物資だ」
その言葉にハヤトは戦慄した。彼の言葉が正しいのだとすればあの場所に警察はおろか防衛出動でもしない限り国防軍も入れないということだ。そしてその環境で、例えば麻薬、銃火器などの原料が持ち込まれて、あるいはテロの準備を着々と進めているとしたら?そんな場所が全国にあるのだとすればどうか。さらには、もしそれが日本の経済や軍事の中枢近くにあったら――。
つまり、外国の意志一つでこの国は大変なことになるかもしれない。まるで手足に爆弾を付けられているみたいだ。
実際この近くにある新潟西港は日本の経済を支える国際的な港である。
だが、ハヤトだって父から聞いたことがある。日本は政府が改革を進めて欧米諸国と同じかそれ以上の厳しい法体制を築き上げることによって静的侵略を阻止しているらしい。だから今では静的侵略自体が世の中では死語の扱いになっている。
まあ、死語ではないからコンコルディアが存在しているのかもしれないが。
「それらを爆破するんですか?」
エレナが問えば、ヴィルはそうだ、と答えた。
「じゃあ、エリーたちはこの国を守っているわけだ?」
話だけを聞いていたハルカがそう言うと、しかしヴィルは頭を振った。
「俺達にとってこの国がどうなろうと関係ない。俺達の目的はそんなものではない」
ヴィルは語った。彼らの目的はコンコルディアを結成した時から一貫して、自分たちの大切なヒトたちを守ることにある、と。誰にも救われず、まるでチェスの駒のようにただ社会に消費される存在だった彼らが力を求めて集結した。だから自分たちの大切な者たちを害するものを排除するために、例えば今回のようなことをしている。
「今はこの国の維持が俺達の大切な人たちを守ることに繋がる。だから今はこういうことをしているんだ。日本のためじゃない。それに、もし日本という国が俺達の敵になるようなら……この国は終わらせる」
ヴィルのその言葉にはどこか強い芯のようなものがあった。覚悟とでも言うのだろうか。なにがあろうと自らの意志を貫く何かがある気がした。思わず彼の言葉をそのまま受け止めてしまうくらいに。
でも。
やっぱり共感できない。
その時、とうとう状況が動いた。
「C班。接敵!劣勢のため、F班は支援のために脱出路を確保せよ」
『了解!』
「A班、B班はそのまま……待て、敵はA班、B班にも向かっている!戦闘準備!接敵まで残り10秒!」
そして始まったその戦闘はとても短い間の戦闘だった。それでも激しい銃声音が響き、火線が宙を交差する。何かが壊れる音や、弾ける音、誰かの苦悶の声……。それらが画面の向こう側に入り交じる。そしてエヴェリンの呼吸が少し荒くなるのも聞こえた。そしてエヴェリンの視界にはバタバタと頽れる人の数々が映り、小さな断末魔の後にはピクリとも動かない。
目の前でヒトが死んでいた。
ハヤトたちの日常からは程遠いその光景に、唖然としつつもなぜか目が離せなかった。逸したいのに、逸らせない。まるで金縛りにでもあったかのように。そして記憶にその光景が刻みつけられる。
やめてくれ。
これはゲームなどではない。本当に殺し合っていて本当に人が死んだのだ。それが事実であるにも関わらず、あまりにも簡単に人が死んでいくその光景が信じられなかった。それ故にこれが現実でない証拠を探してしまった。もちろんそんなものなどありはしないが。
見たくない。
日本という国はとても平和な場所だとずっと思っていた。しかし自分が知らないだけで、全国至る所でこんな戦闘が起きていたのである。まともなマスコミがほとんど無いのもそのせいかもしれないが、周りに被害がないがために銃声のような音がしたということしか噂にならないのだ。下手したら爆竹か何かだと《アサヒ》のような人工知能に情報操作されているのかもしれない。
その事実が何よりも一番恐ろしかった。知らないだけで、実は身近でこんなことが起きているのだから。
なんで、こんな……っ!
暫くしてまだ生きていた敵方の一人が誰かを襲い、それをあっさりとエヴェリンが撃ち抜いた。頭から血飛沫が溢れ、流石にそれにはハヤトたちも目を逸した。もう人が死ぬのは見たくなかった。見ていて気分が悪い。気づけば手が震えていた。
こんなこと、あって良いはずがない!
しかしどんなに否定してもこれは現実だった。もう既に誰かの命が奪われてしまったのだ。
それが悲しくて、非常に辛い……。だけど、だからといって何かが変わるはずもなく、画面の向こうは血で濡れていた。
「どうしても……人を殺さないといけないのか?」
気づけばそんな言葉が口から洩れていた。自分のことでもないのに、誰か知っている人の死でもないのに、目の前で見せられた人の死をどうしても無視できなかった。
「もっと平和的に解決できないのかっ!?あんなっ、あんなことをしなくてもっ!どうにかできないのか!?なんで殺し合わないといけないんだよっ!」
やはりハヤトには人を殺すことに激しい抵抗感があった。この世界であんなあっさり、まるで相手のことを思いやらないで殺すことを受け入れたくなかったのだ。
だっておかしい!
みんな人を傷つけることはだめだって言っているのにっ!
それが常識だと思っていたのに。
意思疎通するための言葉を持っているのに。
繋ぐための手とか言っていたのに。
どうしてそんな冷徹に人を傷つけて、殺せるんだ!?
しかし返ってきたヴィルの言葉はどこまでも冷徹なものだった。
「それは、この世界を動かす人間が世界ではなく自分たちのために動かしているからだ。そしてそいつらは殺しても新しい奴が現れる。そしてそれは歴史が証明した」
「ッ……!」
その返しに、ハヤトは衝撃を受けた。なぜなら彼の言葉が意味するそれはハヤト個人ではどうしようもないこの世界の悪意だったからだ。その目には見えない大きな悪意に自分たちが翻弄されているのかと思うと憤りを覚えざる得ない。
勝手に自分たちの人生が左右されることが許せない。
悔しいっ!
「ハヤト」
ハッとなって顔を上げる。
無意識に握りしめていた手をエレナが優しく取って、そっと包み込む。そこでやっとハヤトは自分の感情が爆発しかけていたことに気づいた。エレナの顔を見れば物凄く心配そうな目でハヤトの目を覗き込んでいる。そして彼女も泣きそうな瞳をしていた。
思わずハヤトは自分を恥じた。きっとエレナも自分と同じく悲しくて怖いのだろう。だけど、そんな感情に流されずにハヤトのことを労ってくれた。それをすべきは自分の方だったのに、出来なかったことがハヤトにとってとても恥ずかしかったのである。
一度、大きく息を吸って、吐いた。
「ごめん。もう大丈夫だから」
「本当に?」
「ああ。大丈夫だ。ありがとう。……エレナも大丈夫か?」
「うん。たぶん……」
しかしハヤトは自分の言葉とは裏腹にエレナの手を握り返していた。知ってしまった現実に、それでも信じられるものを求めるようにエレナの手を握り続けた。そしてエレナも同じ気持ちなのか、それに呼応するかのように彼女もハヤトの手をしっかり握り締める。
とても温かった。
「仲いいね」
ハルカが茶化すようにそんなことを言うが、今は気にならなかった。というより寧ろこのままずっと手を握っていたかった。不安を紛らわしていたかった。ここでは唯一の優しさのようにも思えてしまうから。
しかしその時、逼迫したヴィルの声が車内に響き渡った。
「また敵が現れた。ん?なんだ?スピードが尋常じゃない!数は1!A班に直進している!総員撤退!D、E、F班は全力で撤退の支援に回れ!」
何事かとディスプレイをハヤトたちは覗き込む。その直後にエヴェリンの視界に一つの人影が尋常な勢いと動きで現れた。そしてそれはエヴェリンたちの銃撃などものともせずに躱し、接近し、眼前に迫る。
そしてそのエヴェリンの視界に映った一瞬のそれを見た時、ハヤトたちは驚愕すると共に、底知れない本能的な恐怖を抱いた。僅かに見えたその顔はなんと、全てが光沢のある金属でできていて、目が爛々と怪しく光る無機物だったのである。赫い眼光はまるで血の赫のよう。その金属の顔はまるで髑髏のよう。ヒトの形をしているのに、ヒトとは全く違う存在。異質で、不気味で、思わず拒絶してしまう、会ってはならない存在。
命の危機を覚えざるを得ないそれを簡潔に言い表すのなら、
死神、だろう。
”恐怖”がすぐそこに――。
本日も本小説をお読み下さりありがとうございます。
勝手な裏設定ですが、A、B、C班は神奈川支部、D、E、F班は新潟支部の班だと思っています。班というのは軍隊で言うところの分隊の中にある細かい分け方だったかな?
感想、評価、質問、お待ちしております。ブックマークもぜひ。ではまた一週間後にお会いしましょう!またまた〜。




