帰宅
ソフィアのそれは身内に対するような口調ではなかった。どちらかと言うと不審者が訪ねてきてそれに対応している感じ。いや、ソフィアの警戒度はそれ以上かもしれなかった。
そして沈黙が降りた。エヴェリンが直ぐに答えないのが悪い気がするが、とても気まずい空気が流れる。それにモニター越しの彼女も何を考えているのか分からない。
「別に入れても良いんじゃない?なんかエリーを追い出してるお姉ちゃんの方が悪者に見えるよ?」
「話くらい良いんじゃない?」
ハルカとエレナがそう言うがソフィアは渋い顔をしたまま答えない。確かにエヴェリンが何をやっているのかをハヤトは知らないが、相当に危険なヒトを傷つける世界にいることだけは感覚的には理解できる。だからこそソフィアは彼女を警戒しているのだろう。
でもずっとこのままというのもなんかエヴェリンに悪い気がしてならない。曲がりなりにも家族なのだ。家に入れることもなく追い返すことはないのではないか?
「僕も話くらい良いと思うけど?」
それでもソフィアは厳しい面持ちだった。
「そもそも目的を言わないのですよ?入れる理由がないじゃないですか」
それもそうだが、どうしてもその態度が自分の妹に対して向けられるものではないように思われる。少しエヴェリンが可哀想だ。
その時漸く、ずっと閉ざしていた口をエヴェリンは開いた。
「…ハヤトとエレナに話がある。入れてほしい」
「……」
彼女の言葉を吟味するように少しの間だけソフィアは口を噤んでいたが、途端に溜息を一つ吐いた。
「これじゃあ、埒が明きませんね。話だけなら良いでしょう」
そう言うとソフィアはリビングのテーブル席に座り、背もたれに寄りかかって足と腕を組んだ。その態度からも心の奥では納得していないことがありありと読み取れる。実際とても不服そうな顔だった。
それを横目に見つつハヤトとエレナは玄関にエヴェリンを迎えに行った。そして玄関の扉を開くとエヴェリンと目が合った。
「…ただいま」
「お、おかえり」
どうしたものか。どんな風に彼女と接すれば良いのか分からない。しかしエヴェリンは靴を脱ぐとそそくさとリビングに向かって歩き始めた。
「だれ?」
不意に声が上から掛かり、そこを見ると階段の手すりから身を乗り出した花楓がいた。そして不思議そうにエヴェリンを見下ろしている。
それにエヴェリンは答えた。
「…エヴェリン。あなたの姉」
「お姉ちゃん!?」
花楓は驚いたように駆け下りてきてエヴェリンの前に立つととても楽しそうに捲し立てた。
「ほんとにお姉ちゃん!?わぁっ、また家族が増えるんだね!え、どうしよう!また楽しくなるね!あ、お姉ちゃんも魔法使えるの?私も最近使いこなしてきたんだよ!凄いでしょ?そういえばお姉ちゃんはなんでトレンチコート着てるの?あっ!そうか!魔法で夏でも寒くなる呪いとかそんなの掛けられてたりしてるんでしょ!大変だね」
「…ぇ、あ……え……?」
何だその呪いは。たぶん花楓の勝手な妄想だろうけど本当にあったら地味に恐い。実際の気温と体感気温が著しく違うなんて下手したら雪山で半袖とか炎天下の下で炬燵に入りたい衝動にかられて死んでしまう。もしかしたら本人が気づかない内に熱中症になっていてそのまま倒れるとかありそうで、正しく呪いだ。
まあ、流石にそんなことではないと思うが。
エヴェリンも訳の分からない呪いの話を出されて困惑しているのが背中越しに伺える。実際彼女は目を白黒させていた。
「まあ、今は良いか。そうだ。今日は私が昼ご飯当番なんだけど、何がいい?」
「……」
エヴェリンは返答に困ったように固まっていた。彼女からしてもやはり花楓のマシンガントークは困りものだったのだろう。しかしそれでも彼女は花楓の質問に答えようとした。
「…え、えっと――」
「じゃあ、ラーメンにしよう!暑いけど、寒いお姉ちゃんなら良いよね?キムチとか辛子も入れようかなぁ。タバスコもたっぷり!」
「…あぁ……」
結局、花楓はエヴェリンの答えを聞くことなく、台所に駆けて行ってしまった。それにエヴェリンの手が僅かに宙を彷徨う。
流石にハヤトからしても花楓の行動は理解できない。ヒトに聞いておいて答えを聞かずにさっさと行ってしまうなんて。
どんだけ新たな家族に逢って興奮してるんだか。
あと、今日の昼ご飯が激辛にならないかとても心配でならない。
「ま、中に入ろう?」
そうしてハヤトたちはリビングに入り、皆ソファーに腰掛けた。
途中ソフィアとエヴェリンの目が合い、二人の間で火花が散った気がしたが気にしないことにした。台所から花楓の楽しそうな鼻歌が聞こえ、ハルカが退屈そうになぜか部屋の隅で片手だけの逆立ちなんかしている。そんなところでエヴェリンの話が始まるのは違和感しかなかった。
「…話は簡単」
そして彼女は唐突に話し始めた。
一体何の話だろうか?
「…私を見つけても二度と話しかけないで」
開口一番に紡がれた言葉にハヤトとエレナは眉を顰めた。そんなことを言うのもそうだし、態々そんなことを言いに来た理由も分からなかったのだ。
一応家族だと言うのに、本当になぜそんな悲しいことを言うのか。理解ができない。
「それは、どういう……?」
ハヤトたちがその言葉の意図を捉えきれないでいるとエヴェリンは淡々と言葉を続けた。
「…聴くだけならいい。だけどあんなことをされるとはっきり言って迷惑。命だって危ない」
「「んん?」」
本当に理解が追いつかず、ハヤトとエレナは頭の上に疑問符を浮かべる。どうして話しかけたくらいで命が危ういのか分からない。危険なことなんてあの場所にはなかったはずだ。
というかやはりさっきのMaker'sのアカリはエヴェリンだったようだ。でないと”話しかける”なの意味が通じなくなるし、恐らくハヤトが声を掛けたことを彼女は言っているのだろう。
「なら、なぜ来たんですか?」
不意にソフィアが高圧的にエヴェリンに訊ねた。しかしエヴェリンもまた睨み返してそれに答える。
「…お父さんから《アサヒ》に命令された内容が『エヴェリンに関する全ての情報を誰にも教えるな』だったから、来るしかなかった。他にも頼めない」
「ああ、なるほど」
ソフィアはその答えで納得したようだった。しかしハヤトとエレナは再び疑問符を浮かべた。ここに来る理由が情報を誰にも教えないという《アサヒ》に対しての命令だという。その間の論理をハヤトとエレナは直ぐに推理出来なかったのだ。
「え?どういうことだ?」
ハヤトが尋ねればソフィアは丁寧に教えてくれる。
「エリーは《アサヒ》に伝達役をやらせたかったんですよ。ですがそれも情報ですから伝達役になり得ない。恐らくですが、他に任せられるヒトもいなかったんでしょうね。だから自分で態々来る必要があった、といったところでしょうか」
「…正解。もう少し言えば妨害さえしてくる」
エヴェリンも肯定した。つまりソフィアの言葉を纏めると、エヴェリンに関する情報に彼女自身がネット上で呟いた言葉も含まれるのだろう。だからネットを通じての連絡は全て知られてはならない情報と判断されて《アサヒ》が情報漏洩阻止という名の下に妨害するのだ。しかしこれには恐らく例外があり、直接会話することに関しては適用されないのだろう。そしてエヴェリンはやって来た。
そして再びソフィアがまた疑問を呈する。
「科学魔法使えば来る必要もなかったのではないですか?」
「…そんなの警戒を助長させるだけ」
そう言うとエヴェリンは不意に立ち上がった。
「…じゃあ、そういうことで。もう帰らないし、二度と会うことはないと思う。これからは他人も同然ということで」
立ち去ろうとするエヴェリンを思わずハヤトは呼び止めていた。
「ちょっと待て」
「…なに?」
「意味が分からない。ちゃんと説明してくれ」
「そうだよ。エリー姉さん、なんでそんなこと言うの?」
こんなのおかしい。帰らないとか、二度と会わないとか、なぜそんな悲しくて寂しいことを言うんだ。
こっちは何も知らないのにっ!
簡単に納得できやしない!
それはエレナも同じなのかとても悲しそうにエヴェリンに訴えていた。しかし彼女はやはり淡々と答えた。
「…知らないほうが身のため」
そのまま立ち去ろうとする彼女の腕をハヤトは咄嗟に掴んでいた。
「待てって――っ!」
彼女の腕を掴んで、しかしハヤトは猛烈な違和感を覚えた。なぜなら彼女の腕から硬い感触が伝わってきたからだ。機械的とも違うまるで綺麗に割れてしまったガラスのような刺々しい何かの。もしくは尖った岩のように角張った感触が彼女の袖越しに感じられる。それがハヤトの中で変な不安を募りらせ、思考が奪われてしまった。
なんだ、これ……?
「どうしたの?」
隣でエレナが心配そうに、そして不思議そうにハヤトに問うた。でもこれをどう伝えたら良いのか、表現したら良いのか分からない。言葉にしづらい何かがそこにあったのだ。そして少しの間、誰の言葉も発せられず、最初に口を開いたのはエヴェリンだった。
「…何もないなら、離して」
エヴェリンはハヤトがしっかり握っていたにも関わらず、いとも簡単にその手を振り解いた。しかし振り解いたその一瞬、彼女の袖口から彼女の腕が僅かに見えた。それが見えたハヤトとエレナは絶句した。
「その腕――っ」
「エリー姉さん――ッ」
二人の反応に対してエヴェリンの反応はとても薄かった。
「…関係ないこと」
エヴェリンの腕にあったもの。それは紛れもなくマナリウムだった。マナリウムが至るところで青黒く結晶化していて痛々しく彼女の腕に食い込んで切り裂いていた。まるで身体が結晶になっていくようなそんな錯覚さえ覚えてしまうほどに。
怪我と言うより病気のようだった。
そしてそのまま彼女は立ち去って行った。その背中がもう話しかけるなと語っているようで呼び止めようにも、彼女の纏う雰囲気がそれを許さない。
「え?お姉ちゃんどこ行ったの?」
エヴェリンが出ていって暫くした後、花楓が漸くそのことに気づいた。
「帰りましたよ」
ソフィアが瞳の上に細かく創られた魔法陣を浮かべながらそう教える。
花楓はそれを聞いて心底残念そうな暗い顔になった。
「そんなぁ……!せっかく激辛ラーメン作ったのに……」
「激辛……」
花楓の料理が物凄く心配になってしまった。別に彼女の料理は不味くはない。寧ろ父や母から教え込まれてとても美味しい。けれど彼女が激辛と言うと本当に激辛で一口につき水一口が必須なほど辛いのである。
しかし今はエヴェリンのことが頭から離れなかった。
分からない。
どう接すればよかったのだろう。
どうやったらもっと話を聞くことが出来たのだろう。
こんな有耶無耶のまま別れるなんて、なんか嫌だ。
最低でも理由を教えてほしい。
「問題なく帰ったようですね。ひとまずは大丈夫でしょうか」
ソフィアはそう言って魔法陣を消した。
「ソフィアお姉ちゃん。それなんの魔法?」
花楓が興味深そうにソフィアに訊ねた。なんか最近花楓は魔法の練習ばかりしていて最初からハヤトたちより上手く扱っていたのに、今ではさらに差を付けられている。
妹に自分より上手く何かをされるのはどうにも複雑だ。兄としては妹を引っ張って教えたいところなのに、逆に教えられる立場になっているのだから。
僕も頑張らないと。
「これは遠くに眼を作ってその視覚情報を脳に送る魔法です。原理は動物の眼と同じですが、結構面倒臭いですよ?」
「おお!それなら覗き見放題じゃん!ソースコード見せてよ!」
「ご飯のあとでね」
「はーいっ!みんなご飯だよ!」
ラーメンを盛り付けるために花楓は台所に駆け込み、ハルカもやっと飯かと言わんばかりにテーブル席に座った。そしてハヤトとエレナも釣られてテーブル席の方に歩き出す。
「浮かない顔ですね」
「そりゃあ、そうだろ」
少し不機嫌そうにソフィアに返してハヤトは椅子に座った。
「どうにかしてエリー姉さんと連絡取れないかな?」
エレナがそう呟く。確かに連絡の一つでも繋がればまだ話し合う余地はあるかもしれない。しかし現状連絡手段がないことはエレナのその言葉が物語っていた。
「やっぱり《アサヒ》は教えてくれないんだよな?」
『ノーコメントです』
「だよな」
やっぱり《アサヒ》は教えてくれないらしい。こういうところは本当に融通が聞かなくて困りものだ。
まあ、それが人工知能ではあるけど。
「いい方法がありますよ」
ソフィアがまた推理を楽しむように言い、薄く笑みを浮かべた。
「本当か?」
「ええ。非常に簡単なことです」
そして彼女は言った。
「車なんかどうでしょう?」
「「車?」」
ハヤトとエレナが疑問を覚えたところで花楓がラーメンを持ってきた。なので今は食事を楽しむことにした。折角作ってくれたのに、別の話を続けていたら作った側が可哀想だ。
因みにそのラーメンは真っ赤で、全員冷房の中、汗を流して完食したのだった。特に辛いのが苦手だったらしいハルカはまさに火を吹くような形相で涙目だった。
それを花楓は嬉し涙と捉えてさらにおかわりを勧めてハルカが本当に泣き出しそうになっていたのは別の話。
やはり分からない少女の目的――。
本日も本小説をお読み下さりありがとうございます。
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