路上ライブと
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Maker'sはバンドと言っても3人でやっているバンドで、ボーカルとギターの”アカリ”――恐らく芸名――とベースとドラムの青年2人、そして足りない音を補うパソコンだけの一般的で小さいものだ。しかしその曲の完成度は非常に高く、ほとんどがプロ顔負けのオリジナル曲を演奏するからそれも凄い。前に一度だけCDが売られたことがあったが、その裏表紙によるとオリジナル曲は全て作詞作曲をアカリがやっているというのだから信じられない。唄の技術とギターの腕もさることながら、所謂天才というやつとしか思えなかった。
歌のジャンルは主に譚詩曲、つまりバラードが多い。他のジャンルを歌うこともあるが、アカリの曲では珍しい。
そしてそれは静かに始まった。徐にアカリの唄声が辺りに響き渡る。
瞬間、全身が粟立った。
清涼で綺麗な声。否、綺麗では言葉が足りないくらいの、銀鈴のような美しい声で彩られる透明感を纏った心を洗われる唄声だ。他にどう形容したら良いのか分からない、そんな美しくも儚い声だった。
その唄声によって辺りの喧騒が一瞬止む。近くを歩いていただけのヒト達さえ立ち止まってその唄に耳を澄ませた。ハヤトたちと同じようにネットの告知を見てここに足を運んだ人も静かに耳を傾けている。
空気が変わる、とはこのようなことを言うのかもしれない。同じ場所にいるはずなのに、世界の景色が変わったような気さえした。
Maker'sは態々ここに見に来る価値があるほど良いのに、なぜか売れてない。CDも用意ができないのかほとんど売られていない。それ故に知名度も低かった。
本当にもったいない。
もっと評価されてもいいはずなのに。
続いて楽器の演奏が始まる。アカリの唄声を盛り上げ、飾り上げる。それは豊かな自然を彩る花々のように。それは澄んだ夜空を飾り上げる星々の河のように。それは物語の姫がドレスと宝石で飾り立てられるように。
正しく調和と言うべき演奏がそこにはあった。
ただ不満なことは、ここがライブ会場でも何でもなく騒がしい喧騒に包まれた横浜駅であるということだ。気温も高くて蝉の大合唱だけはどうしようもない。直ぐ近くでは電車やバスが停車発進する雑音が多過ぎる。つまり、雑音が多い。
しかしそんな不満さえも吹き飛ばす、輝くばかりの演奏が続いていった。
暫くして最初の演奏が終わり、小さな喝采と拍手がその場に響く。それに対し、アカリは丁寧に頭を下げた。
「やっぱすげぇよ。ほんと、すげぇよ!」
「あんた、すげぇしか言えないの?語彙力なさすぎ」
「いいじゃねえか!ほんとにすげぇんだから」
健二が絶賛しているが、それはハヤトも同じだった。本当に美しく、染み渡るような唄に何も言えない。言葉を紡げない。その声は言葉で飾れるようなものとは程遠いものだったのだ。
曲自体もとても素敵だった。大切な人を想い、届かないけれどそれでも歌う。そんな感じのどこか切なく、悲しげな歌詞だった。しかし同時に大切で温かな感情に満たされるものでもあった。
それがまた心を打ち、ハヤトも悲しくも嬉しく感じてしまった。唄を聞いて歌詞のような気持ちになるなんてアカリの唄以外に聴いたことがない。あれ以上聞いていたら涙の一つもあったかもしれない。
そしてふとエレナはMaker'sの曲は初めてだったように思われた。ここに来たのもハヤトに着いてきただけだったようだったし。だから彼女が今の曲と唄をどう思ったのか知りたくて、ハヤトは訊いてみることにした。
「エレナはどう思った?」
しかしハヤトはエレナを見て違和感を覚えた。それが何かと言うとエレナは感動したとかそういう感情を抱いているのではなくて驚き、少し動揺しているように目を見開いていたのだ。
「エレナ?」
「え?あ、ごめん。えっと、凄かったね。声が綺麗でびっくりしたよ」
「?」
取り繕ったような笑みで答えるエレナにハヤトは首を傾げた。少し期待していた反応とは違ったのだ。あまり気に入らなかったのだろうか?でもそれにしては妙に難しい顔をしている。
まるでパズルで頭を捻らせているような感じで。
もう少し踏み込んでみようかなとも思ったが、次の曲が始まってしまった。気になってはいたが、ライブの後でも聞けると思い、今はライブを楽しむことに決めた。
そんな彼らの頭上の空には雲が静かに広がり、辺りから少しずつ陽光が減っていったのだった。
†
路上ライブも終わり、ライブ現場に集まった観衆も三々五々と散っていった頃、ハヤトたちは余韻を楽しむかのように未だにその場を離れずにいた。というのもここを離れるのが名残惜しくて仕方なかったのである。それほどに素晴らしかった。
それに途中でアカリがキーボードを弾き始めた時なんて彼女のハイスペックさに驚愕してしまった。本当にマルチな天才だ。
ほんと、どうなってるんだか。
そして美枝が最初にうっとりと頬を緩めながら声を漏らした。誰が見ても幸せそうである。
「はあ〜っ、今日も良かったぁ。ほんと、素敵……」
光悦としたように頬に手を当てる彼女に健二も賛同するようにうんうんと頷いて答える。
「ああ、もう俺はここで死んでも後悔はないぞ」
健二も幸せそうにそんな言葉を零す。それにハヤトたちは苦笑してしまった。
まあ、気持ちが分からないわけではない。
「大袈裟だなぁ」
でも、確かにライブが終わった今でも十分な満足感と幸福感がここにある。ずっと心の中であの唄声が響いているようで心が温かい。でも、もっと聴いていたいという感情もあって寂寥感が増してくる。今の自分の心は一概には言えない状況であった。ただ心地好いことだけは変わらない。
本当にCDの一枚でも売ってくれないだろうか?
毎日でも聴いていたい。
「う〜ん……」
小さな唸り声が聞こえて隣を見やると何故かエレナが難しそうな顔をしていた。そしてこれから何をするか迷っているようにそわそわとしている。
一体どうしたのだろう?
「どうかしたか?」
「やっぱり、あれは……いや、でも……」
「聞こえてるか?」
「ふぇ!?あ、ごめん」
何やらブツブツ呟いていたようだが、ハヤトの声が聞こえないほどに考えていたらしい。そんなに気になることでもあるのだろうか?それを見てしまうとエレナが何を考えているのか気になって仕方がない。
「何かあったのか?」
ハヤトの言葉にエレナは躊躇うような、少し自信なさげに答えた。
「たぶんなんだけど……私、誰か知ってる。あのボーカルのヒト」
「アカリか?あの人がどうかしたのか?」
思い返せば彼女の唄を聴いてからずっとエレナはこんな感じだ。ライブは楽しんでいたようだが、それでも気になると言った感じに複雑そうな表情をしていた。
しかしエレナがアカリを知っていたからと言ってそんなに悩んでしまうようなことでもあるのだろうか?
エレナは自分の考えを確かめるようにゆっくりと語った。
「もしかしたら、あのボーカル……エリー姉さんかも」
「え………………………………ええぇぇっ!?」
全く考えてもみなかったエレナの言葉にハヤトは思わず大きな声を上げてしまった。周りの群衆が振り返り、近くにいた美枝と健二も肩を跳ねさせる。本当に迷惑だと冷静な自分が判断しているが、それでも叫ばずにいられなかった。そして2人は非難じみた口調でハヤトに訊ねた。
「どうしたの突然。心臓に悪いよ……」
「どうしたんだよ、一体……」
美枝と健二は微睡みを楽しんでいるところを叩き起こされたような不機嫌な顔をしていた。それもそのはずだ。彼らにとって至高とも言える唄の後のハヤトの突然の叫びである。気を害するのは仕方ない。しかしハヤトはあまりの事実に、それを確認するためにエレナにもう一度訊ねた。
「ほ、本当なのか?」
それにエレナは頷く。
「あの声はエリー姉さんのものだと思う。歌い方も同じだったし」
エリー。それはエヴェリンの愛称。つまりエヴェリンがMaker'sのボーカルのアカリと同一人物だというのか。彼女と最初に出逢ったのは印象が強くて忘れられない。あのクルーズ船に乗り込んだ時に返り血を浴びた姿で現れたのが最初だったのだから。忘れられるはずがない。寧ろそんな彼女がこんな人気のある場所でライブの演奏をしていた。それが信じられなかった。
勢い良く振り返り、Maker'sのボーカルを見やる。黒鳶色のセミロングの髪をした普通の女性に見える。しかしよくよく見てみればメイクなどで印象がガラリと変わっているが、まだ記憶に新しいエヴェリンの面影があった。いや、そこにいたのは彼女自身だった。
まさかの事実――。
本日も本小説をお読み下さりありがとうございます!
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