イントロダクション
その時、エレナが疲労した面持ちでこちらにふらふらと歩いてきた。
「たまには良い運動でしょう?」
ソフィアが皮肉交じりにそんなことを言うと、エレナは少しだけムッと不機嫌そうに頬を膨らませた。
「ソフィア姉さんも手伝ってよ!ハルカ姉さんが何するかわかったもんじゃないんだからっ!」
「私はまた泣かせるかもしれませんし、ハヤトだってあなたと同じようなものでしょう?父さんのようなことはそう簡単には出来ませんよ」
「もうっ!」
ソフィアは仕方がないといった感じで肩を竦めるが、それが期待はずれだったのかエレナは更に機嫌悪くして頬を膨らませた。
ちょっと可愛いと思ったのは秘密である。
「じゃあ、ハヤト。手伝ってっ」
「え?」
「え?じゃないよ!このままだと下手したらハルカ姉さんが船に大穴開けちゃう!」
「はあ?」
そんな馬鹿な、とも思った。船の側面が数センチもない厚さとはいえ叩いたくらいでは穴なんて開くはずがないのだ。鉄を舐めてはいけない。最新鋭の駆逐艦だって場所によっては厚さ1cmしかないのである。しかしハルカは普通にソフィアから逃げるためだけにビルの間を跳び回るような脚力の持ち主だ。本気を出せばあるいは鉄の板も破壊してしまうかもしれない。しかも彼女はどこか性格が幼い。見た目とは裏腹に本当に思いもよらないことをする可能性も拭いきれない。
そう思うとハヤトもとてつもない不安に襲われるのだった。
「わ、わかった。ハルカを捕まえ――」
「待ちなさい」
ハヤトの言葉にソフィアが言葉を重ねて制した。そして続ける。
「そんなことに構ってはいられませんよ。船に穴が開こうが、桟橋が向こう一ヶ月使えなかろうが、ここらの船が着底しようが今は関係ありません」
「いや、まさかそこまでは流石に――」
「車を素の力でひっくり返したんだよ。ハルカ姉さん」
「は?」
エレナの発言に思わず目を丸くしてしまった。
車をひっくり返した?
マジで?
最近の車は軽量化されたとは言えそれでも1t弱の重さがあるはずだ。
それを素の力でひっくり返したと?
本来、人間でもリミッターを外せば300から500kgの重さを持ち上げられるのだ。だから頑張れば人間だって車をひっくり返すことはできる。しかしそれは理論値であり、実際にできる可能性は低い。だから本当に非現実的過ぎて信じられない。もし本当なら何でも一人で壊してしまいそうだ。
即ちソフィアが言ったことも現実味を帯びてくる。
ちょっと怖い。
因みに車をひっくり返すのにはその状態にもよるが、1tの車でも500kgの力があれば可能だ。そこらへんの理由は物理の話なので今は割愛する。
「とにかく私達はあれに乗り込みます。そのために――」
そこからソフィアは小声になってハヤトとエレナにしか聞こえないようにした。ついでとばかりに口元も手で隠して視覚的にも何を話しているのかを分からなくさせる。
それを見てハヤトとエレナも声が聞こえるように少し顔を近づけた。
「――少し派手なだけの花火を桟橋の先にセットします。大丈夫。派手なだけです」
「冗談じゃなかったのかよ」
ハヤトはソフィアの小声に釣られて声を潜めて指摘した。
「混乱させるのには必要なんですよ。ついでに《アサヒ》に頼んで船内に警報を鳴らしてもらいます。群衆がそちらに注目している隙に私が科学魔法であなた達を船内に放り込みます」
「でも場所がわからないよ?そこはどうするの?」
エレナが疑問を呈するとソフィアが自分のメガネ型端末を取り出した。
「これで見える景色に《アサヒ》が、《アサギリ》と機密を繋げているマナリウムの位置を表示してくれます。それを頼りに進んで下さい。たぶん方向と道順も教えてくれますよ」
「お前はどうするんだ?」
「私も行きますよ。じゃないといざという時、何の戦闘能力もないあなた達じゃあ死んでしまいますよ?」
「確かに」
機密を狙っているのは本当に迷惑などこかの国の諜報機関だという。なら、そんな彼らに遭遇しない可能性の方が少ないだろう。そんな世界に行きている彼らだ。戦闘術には長けているのが当然と考えていい。科学魔法が扱えるソフィアが必要になるかもしれない。
対処できるかは、分からないが。
「まあ、本当は二人にも科学魔法を憶えてもらって自分で出入りする方が効率的で集団行動もいらないんですけどね」
「ああ、ごめんね……」
それにエレナは苦笑いを浮かべていた。ハヤトはまだ科学魔法の存在をつい最近知ったばかりだが、エレナはずっと前から知っていたのだ。なのに1つだけしか使えないという、この状況ではあってはならない状態にソフィアに対してエレナは申し訳無さしか出なかったのである。たぶん科学魔法を知っている姉弟の中で唯一まともに使えていないのではなかろうか。
「なに内緒話してるの?ハルカも入れて!」
「もう終わりましたよ」
「ええ〜っ!?」
手すりの上での遊びが終わったらしいハルカがそこでやってきて、話し合いは終わったと聞いた途端につまんなそうに、そして駄々をこねるように不平を声と顔で精一杯表現していた。さらにはいじけたように唇を尖らせて。
「またハルカを仲間外れにする!」
「あなたがいないだけですよ」
「それを仲間外れっていうのっ!あ〜あ、もう良いもん。ハルカ先に行くもんっ!」
そう言ってそのままクルーズ船に向かって歩き出してしまった。あまりの唐突さにハヤトは少々頭が追いつかなかった。
「場所分かるんですか?」
後ろからソフィアが問う。しかし。
「知らないっ!」
ハルカは思いっきり臍を曲げていた。
「今行くと警察来ますよ?」
「知らないっ!」
「いじけないで言うこと聞きなさいっ」
「知らない知らない知らないっ!」
これにはハヤトだけでなくエレナとソフィアも困り果てた。こういう時どうしたら良いのか。どう宥めて説得するべきか具体案が思い浮かばない。子供だったら無理矢理にでも言うことを聞かせればいいが、ハルカの力からして絶対不可能だろう。下手すれば怪我するどころじゃない。
そして最初に動いたのはエレナだった。
「ハルカ姉さん。ごめんって。ちゃんと話すから戻ってきて?」
「やだ。それにお姉ちゃんがいけないんだもん!エレナは悪くない」
「ハルカ姉さんがそんなことしたら私も、ううん、家族皆困っちゃうよ」
「むぅ……」
そこでやっとハルカが歩みを止めて振り返った。しかしその唇は未だに不服そうに尖っている。
「お願いだから一人で行こうとしないで」
そのエレナの言葉にハルカはトボトボと戻ってきた。
「お姉ちゃんは嫌いだけど、皆のために冷静になる」
「ありがとう」
どうやらハルカが暴走して一人で突っ込むという事態は避けられたようだ。
それからエレナがハルカに何を話していたのかを説明し、これからのことの情報共有を済ませた。
そしてハルカはなるほどと頷き。
「つまり花火をドーンッて打ち上げて、あの船に跳び乗って機密を回収すれば良いんだね?簡単じゃん!」
ハルカが言うには簡単なことらしい。この広場とクルーズ船の一番低い甲板の高さはほぼ同じでもそれなりに遠い。大体20mあるだろうか?でも科学魔法を使えば届くかもしれない。そもそもハルカは素の力でビルの上を飛び回っていたのだから、ひょっとすれば彼女ならば近くまでは跳べるかもしれない。
そういう意味で簡単なのだと思うことにした。
「じゃあ、私は花火をセットしてきます。少し待っててくださいね」
ソフィアが歩き出すのをハヤトたちは見送り、来る時まで待機することになった。
†
『A班。こちら異常なし』
『B班も異常なし』
『C班。問題なし』
「…作戦開始まで待機。健闘を。送れ」
『『『了解』』』
それは誰にも知られずに交わされた無線越しの会話。
そしてこれからのイントロダクション。
作戦の序説のあとに――。
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