プロローグ 誕生 〜最初の少女〜
第二部の始まりです。
ヒトはモノを理解できない。
モノもヒトを理解できない。
故に、彼らは互いに手を取り合うことが出来ないし、モノとヒトは交われない。
ただ、共にあるだけ。
『ソフィアの記録簿』より
――十八年前。
その日は台風も過ぎ、晴れやかな青空が広がる快晴だった。台風が運んできた南海の蒸し暑い風が強く吹き、横浜の街には暴風警報が未だに発令されたままになっている。おかげで街中には飛ばされて来た様々なごみや誰かの傘だったものが散乱し、処々の店の窓が割れていた。観測史上最大の瞬間風速が確認されただけに世の中は台風に伴う災害処理に追われていた。
しかし浜崎代表はそんな世の中の騒ぎを余所に仕事という名の趣味に飽き暮れていた。外のことに興味がないのではない。先程から窓ガラスが強風でガタガタ揺れて煩いので気晴らしにクラッシックを流していて、それで触発されて最初は全国の様子に興味を持ってはいた。しかしニュースの中の過剰に騒ぐ人々に呆れて、それらのニュースを見るのに疲れてテレビを切ってしまったのだ。
まあ、浜崎代表の感覚がおかしいだけなのである。
そして今はCONEDsの自分の部屋でパソコンの画面と睨み合いをしている。時折プログラムを修正するためにキーボードを操作するが、その手も一時間ほどして漸く止まった。
「これで、良いかな?」
『そんな心配になるようなこと言わないで下さい』
「ああ、ごめん」
スピーカーから少女の声が聞こえてくる。それに浜崎代表は集中しているせいか空返事に近い返事を返した。
「たぶんこれで良いと思うから始めようか」
『はぁ……。大丈夫ですよね?流産は絶対嫌ですよ?まだ生まれてもいないんですから』
「流産って……。変な例えだな」
『実際そうでしょう?』
まあ、ここに魂の要素が全て揃ってはいる。あとは最後の要素を統合するだけである。これで誕生間近に死んだら確かに流産のようなものになるだろう。しかし人間とは根本的に生まれ方が異なるのだから言葉の定義からすると絶対おかしい。
しかしそれを指摘したら今は忙しいのに問答合戦が起きそうだ。だからスルーしておく。
「じゃあ、始めようか」
『はい。死なないことを祈って』
「縁起でもないことを……」
そんなことを言われると不安で仕方なくなる。だからもう一度ざっくりとプログラムをチェックする。一応細かく見ていくがどこも問題がなさそうだ。
そして浜崎代表はゆっくりと実行ボタンをクリックした。
それと共にパソコンが、不具合がないかを診断していく。しかしやはり問題なかったようだ。
そうして少女は誕生した。
「え……?あ……、あぁ……?」
声が聞こえたので、浜崎代表は立ち上がって後ろに設置されている診察台に向かって歩を進める。そこには透き通った海を彷彿させる美しい天色の髪を持った美少女が横たわっていた。ちょっと髪を癖毛にしたのは単なる気まぐれだったりする。しかしそれが緩いウェーブみたいになって可愛らしくなった。肌も降ったばかりの初雪が創り出す銀世界のように白く、女性なら皆憧れる色合いを選んだ。しかし今時は日焼けに敏感すぎる気がする。それほど白い。
検査衣姿の彼女は時折腕をピクピクと動かしたり、全身の筋肉に力を入れようとするがどうも上手く制御出来ないようだ。
ついでに瞼の開け方も分からないようで、未だに閉じられたままである。
『こ、これは……っ!思ったより、その……世間的に言えば、ヤバイです!』
「そりゃあ、初めて全身からよくわからない信号が送られて来たらそうなるな」
『ダメです!何も、考えられないっ!!た、助けて下さい!!ああぁぁっ!!?』
流石にスピーカーから聞こえる悲鳴じみた声を聞いて本能的に歪められた顔を見てしまうと可哀想になってしまった。だから全ての感覚を切断するために浜崎代表はキーボードをポチポチと押した。これ以上は彼女の精神に悪影響を及ぼしてしまう。
なぜスピーカーからしか言葉が聞こえないかと言うと彼女はまだ口の動かし方がまだ分からないからだ。呻き声は聞こえるが言葉になっていない。これから人間の子供がやるディープラーニングを経て身体の制御を覚えていくしかない。そうすれば身体の使い方が分かってくるだろう。
『失敗ですね。こんな身体使い物になりません』
感覚が切断し終わると少女は安心したように息を吐いて、冷静にそんな感想を呟いた。
どこか疲れたような雰囲気を感じるのは気のせいではないだろう。
「いや、赤ん坊が大人の身体の感覚を知ったらショック死すると思うぞ?人間は意識を持つ前から身体の感覚を知っているから大抵の身体の感覚は無視することが出来るんだ。無視するための機構はお前にもあるし」
『要練習、ですか?』
「ああ、そうだな。でも――」
少し間を置いて浜崎代表は優しげな、そして心の底から嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「誕生おめでとう」
しかし返ってきたのは困惑した、よく分からないといった返答だった。
『なぜ祝うのですか?どちらかと言うと父さんの誉れでしょうに』
「普通は誕生を祝うものなんだよ」
『そうなんですか』
そう呟いた少女は一つ提案を出した。
『先程感覚を切断した方法。私にも使えるように出来ませんか?』
「ん?まあ、出来なくはない、かな?」
感覚を切断すると言っても信号の相互の行き来を一方向にしているだけでそれほど難しいわけではない。ただ、彼女はまだ身体の制御が出来ないのだ。パソコンを弄るなんて出来ないし、さてどうしたものか。
「なら、〈感覚切断〉、〈感覚接続〉の二つの言葉で出来るようにしよう。何を切断するかは予め決めておいて、音声認識すればそれが出来るようにな」
『思考するのもやっとだったのに、ですか?』
「一応喋れてたろ?」
彼女はまともに思考が出来ないと言っていたが、浜崎代表は問題ないと判断した。彼女の能力からしてすぐに身体を掌握するだろうと踏んでいるためだ。
対して少女は少し不安そうに何やらブツブツ呟いていたが、何かに納得したのか諦めたのか最後は了承した。
「じゃあ、早く最低限のことは出来るようにして外の世界を見に行こうか」
『ふふっ。それは確かに楽しみです。車椅子を押してくれるなら、顔と声の練習くらいで良いですかね?』
「まあ、瞼を開けられて耳の調子が良ければ散歩くらい行けるだろう」
『じゃあ、三日でマスターします』
三日というのも長い気がしたが、浜崎代表は何も言わなかった。彼女が初めて自分で目標を立てて、それを為そうとしているのだ。口を挟むのは無粋というものだろう。
「じゃあ、車椅子を用意するか」
『頑張ります』
そうして浜崎代表は自分の娘を現世に向かい入れ、三日後にどこに連れて行ってやろうか、と頭の中で候補を絞るのだった。それと身体が不自由な人を車椅子に乗せる方法を復習しようかとも思った。
こうして世界初の人工実存が秘密裏に誕生した。
世界初の発明がもたらす結果はディストピアか、それとも――。
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