エピローグ 夢の続き 〜願い〜
プロローグの続きになります。短いです。今回で未来の魔法編は終わりです。
ハヤトが乗る――母が運転している――車を見送ったのは、彼と約束して直ぐのことだった。最後はあっさりしたものだった。ほとんど交わす言葉もなく、惜しむように繋いだ手を離しただけ。なぜならここで駄々をこねても、何かしらの言葉を掛け合っても虚しくなることだけは二人は幼いながらも容易に理解できてしまっていたからだ。そんな物を引きずっていては前を向いて生きるなんて出来はしない。
加えて、掛ける言葉も見つから無かった。最後と思うほど頭が働かなかったから。
ただ悲しみだけが心を満たして、相手のことだけを求めて、それでもそれが敵わないと葛藤して。
互いの体温を伝え合うことしか出来なかった。それだけで十分だった。
それにハヤトには全てを忘れなければならない理由があるのだ。記憶に残るような印象的な出来事を出来る限り失くさないといけない。本当なら彼との約束もやってはいけなかったのだ。もしかしたらその約束のせいで全てが水泡に帰するのかもしれない。ハヤトの命も危ういかもしれない。
きっとその時はエレナも生きる理由を失くしてしまうだろう。
それでもエレナは願ってしまった。その願いを約束という形でハヤトに託したのである。全てを忘れても心の奥底でそれだけが残るようにと願って。
肌寒い風が吹く。さわさわと草木が囁くように擦れて、それをバックサウンドにした夏虫たちの合唱がずっと続いている。ほとんど明かりがないその場所にいるとまるで夢の中にいるような、ここが現実ではないような錯覚に襲われる。ふわふわと自分と世界の輪郭を見失って、このまま夜の闇に溶けていってしまいそうだ。
いっそのこと本当にこのまま解けてしまってこの理不尽な世界から逃避したい。
どれくらいそうやって立ち尽くしていただろうか。少し肌寒くなってきた頃、不意に後ろから声が掛った。
「そろそろ帰ろうか。風邪引くぞ」
「あ、うん」
「そう言えば風は引かなかったか?」
自問自答している父に言われ、エレナは彼の隣を歩いた。車は母が運転して持っていってしまったからここから近場の宿に徒歩で向かわなければならない。少し遠いが、今はこの人工の明かりがほとんど無い道を歩いていたかった。
少しだけ静かな時の中にいたかった。
「今日はよく澄んでるな」
父が夜空を見上げながらそんなことを呟いた。エレナも釣られて空を見上げる。そこにはやはり美しい綺羅星と天の川。そして月白色の満月が優しい光を地上に送り届けている。父の言う通り空気が澄んでいるからか、それともここが都会ではないからか今までに見たこともない壮麗な世界が頭上に広がっていた。
しかし今のエレナにはそれがあまりにも遠い世界に思えて、届かない自らの願いの形にも思えてしまった。欲しいのに手に入らない。ずっと見ていたいのにそれが叶わない。そんな今だけの、そしてもう過ぎ去ってしまった至上の光景。次に見れるのが何年後なのかも分からない。不確かで、大切な、彼女の願い。
さっきまでの荘厳な夕焼けももう見ることが叶わない。二度とあれは見れないかもしれない。
気づけば涙がまた溢れていた。もうハヤトに逢えないかもしれないと思うと悲しくてもう気持ちを押さえていられなかったのだ。不安が、悲しみが、寂しさが心を満たしてどうしようもない気持ちで押し潰されそうだった。本当はずっと一緒にいたかったのに。
「大丈夫。また逢えるさ」
父の優しい手がエレナの肩に置かれる。それが暖かくて嬉しかった。その手をエレナも掴んで、寂しさを紛らわすように父に寄り添う。
それでも涙が止まらなかった。そしてついには父の服を掴んで泣きじゃくっていた。
それで父も足を止めて彼女を優しく抱き締めてあげる。
「お父さん……また、ハヤトに……逢えるよね……っ?」
「未来でお前たちは逢っているよ。心配ない」
「うん……。私っ、ハヤトだって……信じる」
「そうだな」
エレナに残された道はただ信じることだけだ。それが出来なかった時、エレナとハヤトに未来はない。それだけは絶対に忘れてはならないのである。他のことを全て忘れてしまってもそれだけは。
少女の涙は儚く光り、紅涙を絞る声が辺りを満たした。それを聞くものは彼女の父と辺りの自然しかない。夜空からは月光が照らし、彼女を優しく包み込む。安心させようとする父と月光がエレナが泣き止むまで寄り添っていた。
そうして、未来は紡がれた。
そして少女たちは出逢った――。
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