誘拐
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『エレナが……っ!エレナが攫われたの……っ!』
「は?」
気づけば立ち上がっており、ハヤトの尋常でない態度にクラス中が瞠目する。
しかしやはりハヤトにはそれを気にする余裕は皆無だった。
『さっきまで一緒にいたんだけどっ、変な車に、連れてかれちゃったのっ。私、どうしたら……っ』
「母さん、落ち着け!警察には連絡したのかっ!?」
『まだ、だけど……。けど、そんなことしたら……エレナの人生が終わっちゃうっ』
「は?どういうことだよ?」
母が何を心配しているのか少しも理解できない。
警察に頼ったらエレナの人生が終わる?
なぜ?
何か、知られてはいけないことをエレナがしでかしてしまったのだろうか?
けど、悪いことをするようなヒトじゃないのは十分に知っている。
自分たちを助けてくれたヒトが何かするはずがない。
『ハヤトっ。真っ先に電話かけちゃってごめんっ!お母さん、いろいろ頼ってみるから、あなたはちゃんと学校にいるのよっ!?』
「え?でも……」
『じゃあ、またあとでねっ』
そう言って母は一方的に電話を切ってしまった。静寂が教室の中を包み込む。
ハヤトは俯き、拳を更に握りしめた。歯を食いしばって誤って舌を噛んでしまい、口の中が血の味がする。
「……なんなんだよっ」
「ハヤト?」
美枝がハヤトに声を掛けるも、ハヤトには全く届かない。どうしたら良いのか分からず、美枝と健二は顔を見合わせた。
「なんなんだよっ!」
ハヤトは駆け出した。また衝動的に身体が動いてしまったのだ。
背後からざわつく教室の喧騒が響き、置物が粉砕される音が木霊する。途中で突き飛ばしてしまった校長に内心謝りながらもハヤトは校舎から躍り出た。
今、体中が熱くてしょうがない。心の奥底から湧き上がる怒りが、エレナを失くす恐怖をも塗りつぶしていく。
「《アサヒ》ッ!!」
怒鳴りながら街中を疾走する。ただ自分から家族を奪っていくこの世界への怒りが地獄の業火のごとく荒れ狂う。しかし頭の中は酷く冷静だった。頭の機能を全てエレナを助けるために働かせる。そして今すぐに確認することは一つしかなかった。
『ハヤトさん。何を言っても無駄だと思いますが、引き返さないのですね?』
「当たり前だっ。何もしないなんてあり得ないっ!」
『なら、私もあなたの命令に従いましょう』
今ハヤトが向かっているのは横浜駅だ。ほとんどの場所は横浜駅を中心に電車で行ける。ならば、そこから多方面に向かうためにそこへ走るのが一番いい。≪アサヒ≫も同じ考えなのか、それとも全く違う考えなのかは分からないが、ハヤトが横浜駅に向かうことに特に何も言わなかった。
『エレナさんの位置情報が分かりました。エレナさん個人の端末は電源を切られたか、壊された可能性がありますが、問題ありません』
「どこに行けばいい?」
『相手は車です。途中でタクシーを捕まえるか、横浜駅の西口で乗って追いかけましょう』
「分かった」
この時間帯の交通状態は車の数が少ない。だから、最寄りのバス停から横浜駅まではほんの九分ほどで到着した。しかしハヤトにとってそれは長い長い九分間だった。
バスの中で動かないでいると何もしていないようでイライラしてくる。こうしている間にもどんどんエレナとの距離は遠くなっていくというのに。
だから横浜駅に着くと、すぐさま飛び出して、道路を横断して停車していたタクシーに張り付いた。
「開けてくれっ!急いでるんだっ!」
よく見たら無人の自動運転タクシーだった。確か横浜市で試験的に運用を開始して、一般人向けにも売り出した車両だったはず。
だから、ハヤトが必死に叫んでもそのドアは平時となんら変わることなく開いた。
『今は兎に角南下しましょう。私がタクシーを誘導します』
「分かった。頼む」
そうしてそのタクシーは規制ギリギリの速度で横浜の街を走っていくのだった。
†
その頃、とあるハイエースの中。エレナを誘拐した犯人四人が高速道路を目指して車を走らせていた。男三人に女一人。特に特徴もなく、全員平均的な顔立ちと、ありふれた服装に身を包んでいた。
運転していた男がふと後ろの席に話しかけた。
「”それ”はちゃんと眠っているのか?」
それに後席の女が答えた。
「問題ないよ。眠ってる」
「”これ”も眠るのか?」
”それ”、”これ”と呼ばれているが、そこにいるのは白銀の髪の少女、エレナである。今彼女は結束バンドで両手両足を縛られ、気休め程度に目隠しと猿ぐつわをされていた。本当に意識を失っているのか、本当に動かない。
「約束は何時だったか?」
「三時だ。それまでに取引場所に行けばいい」
「なら楽勝だな」
彼らが向かっている場所。それはある人物から指定された場所だ。兎に角そこに彼女を運べばたんまりと金が貰えるらしい。彼らはただ経済的に貧窮し、提示された大金に手を出さざるを得なかったのである。
一人はパチンコで全財産が飛び、ある者はAIの導入で仕事が簡略化されて失業してしまい、またある者は親のバカにならない医療費のためであり、四人目は全ての財産を恋人だと思っていた女性に奪われたという過去を抱えているのだ。
だから依頼人が誰かも知らないし、日本出身でもない人もいるし、そもそも互いのことなんて名前くらいしか知らない。それも本名なのかは定かではないが。
そんな彼らがなぜか声を掛けられ、犯罪に手を染めているのである。軽く催眠や洗脳を受けていたことは全員気づいていない。
もはや自分の意志とは関係なく、そうせざるを得ない状況だと思い込まされていた。
全ては上手くいっているように思われた。しかし急ブレーキが掛かったことで風向きが変わった。
「なんだ?どうした?」
「渋滞だ。チッ、ついてないぜ」
「これだと遅れるんじゃ……」
「おいっ!どうにかならんのかっ!?」
時間通りに着かなければ成功報酬は払われない。そのため金をどうにかして手に入れなければならない四人は焦りを覚えていた。犯罪行為をしていると自覚しているのも拍車に掛かっているのだろう。
中には苛ついて前の席を蹴りつける者もいた。
しかし彼らの気持ちを余所に渋滞はどんどん酷くなり、遂には少しも動かなくなってしまった。
†
再び場所は変わり、横浜の大通りを見下ろすビルの屋上にて。誰も訪れないその場所に二人の人影があった。屋上というのは誰も気にしない街の死角であり、そこより高いビルさえなければほとんど気にされない。人工衛星からは丸見えだが、こんなよくある中心部を覗き見てて、メモリーに保存して詳しく解析するほど国のコンピュータは余裕がないだろう。それもただの推測に過ぎないのではあるが。
そもそもそのビルは屋上を開放していない。しかしその二人は気にした様子は全くなかった。
「さぁ、始めましょうか」
「ん〜?なにするの?すんごく暑くて死にそうなんだけど……」
確かにその屋上は炎天下の下にあるせいか、全くヒートアイランド現象を考慮されていないせいか、かなり気温が高かった。その暑さの所為で床に落ちた汗が瞬時に蒸発してしまっている。
「我慢しなさい。それにあなたはそれを投げるだけで良いんですよ」
「それだけ?」
「それだけです」
ここで冷静な言葉と間の抜けた言葉の会話を聞いても誰も怪しまないだろう。少なくとも冷静に語る少女がカバンからとんでもないものを出すまでは。
「《アサヒ》。あいつらはどうしてますか?」
『意図的に起こした事故によって発生した渋滞に、ギリギリでしたが巻き込むことに成功しました。CIAの戦術AI 《メティス》も今頃混乱してるでしょうね』
「なら、問題ないですね。あとは誘導頼みますよ」
『了解しました』
《アサヒ》と少女の会話を聞いていたもう一人の少女はそれを聞いて不思議そうに首を傾げた。
「CIA ってスパイだっけ?なんでスパイが誘拐するの?」
そんな質問にカバンから取り出した部品を組み立てている少女が呆れたように答えた。
「そんなの誘拐した人から情報を盗むためですよ。まあ、最近じゃただの暗殺集団と化してますから、今回も誘拐とは思っていないかもしれませんね。そもそもあいつらは自分たちが何に巻き込まれているのかさえ分かっていないでしょうけど」
「ふ〜ん。映画よりかっこ悪いね」
「そりゃ、映画ですから。かっこよくないと誰も見ませんよ。……さて、これでいいでしょう」
そして組み上がったそれは狙撃銃だ。それを少女は構えてスコープ越しに目標を覗き見た。そして目標の地点を確認しながらスコープなどを修正していく。
「やっぱりまだ十回しか撃ってませんから600mは自信ないですね」
「え?お姉ちゃん、人を殺さないでよ?」
「そんなヘマはしませんよ」
狙撃銃を構える姉を見て、妹の少女はこの後の事を思って凄く不安になった。しかし彼女も手にした物を投げ込むために狙撃地点に向かうことにした。
ただ移動の仕方が普通じゃない。屋上を飛び移っていくという非常識な方法だったのだ。しかも軽々しく、まるでアスレチックで遊んでいるようだ。
こうしてハヤトの知らないところでこれからの舞台が準備されていくのだった。
エレナが攫われた理由は――?
今回自動運転タクシーの試験的な運用というものが出てきましたが、この時代でもまだ実用化していません。これにはしっかり理由があります。2020年時点でも時々自動運転の話は出てきますが、あれは実はまだまだ技術的に完成していません。というかこのままでは完成しません。その理由の1つめは法整備です。基本的に日本ではきっちり法律を作らないと何もやってはいけません。それに一番大事なのは責任問題です。事故を起こした時にその責任が自動車の製造者にあるのか、それともその自動車を使っていた人にあるのか、もしくは運転していた自動車にあるのかを国が結論づけていないのです。2つめの理由はそもそも試験が出来ないということです。自動運転には人工知能を扱うわけですが、彼らは膨大な体験を経てその環境に適した形に収まっていきます。しかしそもそも法整備していないので試験が出来ずにデータを集められないのです。そして3つめはその法整備をするのが文系で、技術を開発をするのが理系であるということです。基本的に彼らは協力関係にありません。別々の世界に生きているのです。よって、日本が本気に(ここでは分野の垣根を越えて国家一同励むこと)ならなければ実現しないということです。そして実現のためには空飛ぶ自動車を走らせているほどに自由なアメリカで試験をして、それを実用化し、日本の政治家たちを焦らせる必要があります。日本が焦る理由はアメリカが実用化すれば世界中の国が実用化に乗り出すからです。遅れを取らないように彼らは焦るのです。
まあ、ここまで考える自動運転自動車の開発者や社長はいないのかもしれません。日本の政治家も社長も世界に興味がなさすぎて世界からどんな目で見られているか知らないのですから。
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