呉牛喘月
オカルトは面白いけど、現実問題まだありえないですよね?
それは不思議な気配で背後から感じたものだった。しかも風がそれなりに吹いているから、その音で掻き消されてある程度離れた所の音は拾えない。後ろから光が瞬いたわけでも、何かの感触があったわけでもない。
つまり、五感で感じたわけではなかった。
なのに何かがあると確信が持ててしまう。まるで第六感の、そう、いつか感じた感情を伝えるその感覚。エヴェリンに連れられ裏世界の一部を見せられたあの時、エレナの感情が酷く感じ取れた。その原理は今でも分かっていない。ソフィアにも尋ねてみたが、分からないと言われてしまった。
あの時のあの感覚が、気配という形で届いたのだ。なぜかあの時より曖昧な感じではあったが。
バッと振り返ってハヤトとエレナは目を見開いた。なんと道の先、灯台の向こう側に誰かが歩いている。止まる気配もなくそのまま海の方に向かって歩き続けていたのだ。その姿が鮮明に見えている。
「あれ、やばくないか?」
「うん。止めなくちゃ」
その先は崖だ。落ちてしまったら一巻の終わり。しかもこんな暗がりでは岸に上がることもできないし、そもそも落ちた先に岩礁があったらひとたまりもない。海に落ちても波に打ち付けられて見るも無残なことになってしまうことだろう。つまり、あの先には死の未来しかない。
だからハヤトとエレナは駆け出した。伝わってくる感情が曖昧だが尋常じゃない。なぜかは分からないが、恐怖と絶望と決意だけが感じられるのだ。それが異質で、その行動と感情から自殺しようとしているとしか思えなかった。
そしてハヤトたちがそのヒトを追い掛けて、灯台を通り過ぎようとした時だった。とうとうそのヒトが崖から一歩踏み出てしまったのだった。
「待ってっ!」
「やめろっ!」
しかしそのままそのヒトは崖の向こうに消えていった。それでも走り続けたハヤトたちだったが、複雑に侵食された石灰岩に足を取られてエレナが転んでしまって、ハヤトも足を止めた。
「大丈夫か?」
「大丈夫。それより――」
そこでその言葉を遮るようにソフィアの言葉が聞こえてきた。
『今のおかしいですね』
何か思い耽るようにソフィアが呟いた。
「なにが?」
彼女の疑問が分からず、ハヤトとエレナは目を見合わせた。何かおかしいことがあっただろうか?
自殺自体が非日常的でおかしなことではあるが、彼女が言っていることは何か別のことのように思われた。
『確認なんですが、今自殺した人、懐中電灯か何かを持っていましたか?』
「え?えっと……持って、なかった?」
「ああ。そう言えば……持ってなかったな」
記憶を思い返してもあの人の手には何もなかった。身体のどこかにも懐中電灯はなかったはずだ。もしあったならこんな凹凸の激しいところを歩いた時に、地面に照らされた光が大きく揺れているはず。だから持っていなかったと確信を持って言える。
それがどうかしたのだろうか?
『なら、どうしてあなた達はそのヒトが見えたんですか?』
それを聞いて最初はキョトンとしていたハヤトとエレナだった。しかし徐々にその意味を理解して戦慄した。ここが明るかったら互いの顔が真っ青になるところを見れたかもしれない。
だって、おかしいのだ。灯台の周りは土が均されて舗装された一本の道以外はほとんど荒れ地で、電灯の一つも存在していない。つまり、ここには暗闇しかなかったのである。ライトがなければ一寸先も見えない。それにライトがあっても転びそうなほどゴツゴツした地面が広がっているのにも関わらず、あのヒトは真っ直ぐ歩いていた。灯台の光なんてすぐ下の地上では意味を為さない。非常灯はあっても、ほんの少し歩けば隅を零したような闇ばかり。
そしてこんな中で崖の向こう側に消えてゆく人影を認識できた理由。その答えをハヤトとエレナは咄嗟に閃いた。しかしそれはあまりにも非現実的過ぎる。それでもそれ以外、今は思い浮かばなかった。
「じ、じゃあ、さっきのって――」
「まさか――」
そこで今度は声がした。それを聞いて、恐る恐るハヤトたちが振り向くと、視線の先には確かに誰かがいるような気がした。暗くて判別がしづらいが、マナリウムの光で照らして、その人が釣りをしているのだとやっと理解できる。
しかし驚くべきことに彼はハヤトたちのすぐ側の岸壁に近い場所にいたのである。今まで気づきもしなかった。これくらいの距離ならもう少し早く気づいてもおかしくはなかっただろうに。
「あ、あの――っ」
声を掛けようとしてすぐさまエレナに止められた。エレナは左右に首を振ってハヤトの上着を不安そうに掴む。何か怯えているようで、でもその時のハヤトには理由が分からなかった。
そしてハヤトの声はそのヒトに届いてしまったようだった。
「ん?おお、若いお二人さん。珍しいね。デートかい?」
それに咄嗟にハヤトたちは首を左右に振った。それを認めて不思議そうな表情をしたその男性はまた口を開く。
「まあ、いいよ。言わなくても。それにしても全然釣れなくてね。どうしたものかな……」
そして彼は海の方を向いてしまった。どうやら釣りをしていたようで傍らにはからのバケツが置かれている。彼の言う通り魚は一匹もいなかった。
ハヤトはそのままふと彼の足元を見やって、凍りついた。
彼の足が、なかったのである。もう一度言おう。何度でも言う。足がなかった。
もっと正確に言えば足元が透けていた。
エレナが言いたかったことはこのことだったのだろう。だから声をかけようとしたハヤトを止めたのだ。
「か、帰ろう?」
「そそそそうしよぅ……」
2人は踵を返し、ゆっくりと歩を進ませた。彼に気づかれないように、慎重な足取りで。しかしいつしかそれは忍び足ではなく速歩きになって、気づいた時には兎に角必死で疾走していた。足元を気をつけながらできる限り速く。
「ソフィアッ!これもお前の仕業かっ!?」
咄嗟に批難するように訴えるハヤトだったが、ソフィアの声は困惑を含んだ動揺だった。
『なんで私が反省もなしにまたやらなきゃいけないんですか!?やるわけ無いでしょう!?』
「じゃあ、あれって――っ!?」
しかしそうしている間も岩の物陰だったり、茂みの中に何か得体のしれないモノがいて、こちらを伺っている目線があるような気がしてもう頭が回らなかった。いや、違う。この場から最も早く逃げるために頭をフル回転させていた。
実際、処々に光る目が見えてしまっている。
異形の陰が見えてしまった。
せせら笑う何かを聞いてしまった。
生暖かい何かに触れてしまった。
嫌な異臭を嗅いでしまった。
最早冷静な思考ができるはずがなく、2人は錯乱しつつも全力で奔った。
「うわぁぁああああああ――っ!!」
「いやぁぁああああああ――っ!!」
そして恐怖が心を満たして気づいたら大きな声が腹の底から出ていた。後ろを振り返ることなく、一秒でも早くこの場所から離れたかった!
ただただ一目散に――。
そうしてアスファルトで舗装された道のところまで行けば電柱がしっかりとあって電灯の光の下にどうにかこうにか辿り着くことが出来た。そこで膝に手を突いて、激しくなった脈を整えつつ、荒くなった息を落ち着かせようと試みる。
それでもやはり恐怖で激しくなった動悸は収まってくれない。
やっぱり光があるかないかだけで安心感が違った。
ここに来れただけで心のそこから安堵していた。
切り抜けたと、なぜか思えた。
「だ、大丈夫か?エレナ?」
「だ、大丈夫。ハヤトも大丈夫?」
「あ、ああ」
その時。
「わっ!」
「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ――――っっ!!??」」
至近で大きな声がして2人は抱き合って絶叫した。互いに助けを求めるようなそれは全くと言っていい程ロマンチックではない。本当に必死な形相だった。もう終わりだとどちらも本気で思ってしまった。それくらい怖かった。
そしてその大きな声を出して驚かせようとしたであろう張本人はその予想外すぎる反応を見て、逆に驚かされていた。
「び、びっくりしたぁ。そこまで驚くん?」
「「それはこっちのセリフだぁぁああああっ!!」」
そこにいたのはミリアだった。それを認めてハヤトとエレナは恐慌状態から一転、とてつもない怒りを覚えて叫んでいた。
「お前か!?お前がやったのかぁっ!?」
「信じらんない!!ミリア姉さんのバカ、アホ、ナスぅっ!!」
根拠はない。兎に角得体のしれない何かというものを払拭したくてミリアが犯人だと思い込もうとしてしまった。本当にそれくらい怖かったのだから。
しかし突然何かの犯人に仕立て上げられても困惑するもので、ミリアは訝しげに首を傾げた。
「はあ?何の話?」
その反応で悟ってしまう。あれはミリアがやったのではないのだと。
そしてミリアは半分涙目のまま怒りを顕にするハヤトとエレナを見て、首を捻り続けるしかなかった。
「2人って、そんなに怖いの苦手だっけ?」
それを聞いて今さっきあったことをハヤトたちは捲し立てた。
「で、出たんだよ!本物がっ!」
「本当だ!嘘じゃない!この目で見たんだ!」
それはもう必死に訴えた。自分たちの見たものが信じられずに、兎に角誰かに聞いてほしいという気持ちが高ぶっていたからだ。まあ、恐怖を紛らわせたかったのもその理由の一つなのだが。
しかしそれだけでは伝わらなかったようで、ミリアはさらに訝しげに眉を寄せる。
「なにを?」
「「幽霊っ!!」」
その時のミリアの表情をを表すと、頭大丈夫?みたいな感じだった。本気で心配しているような目で、抱きしめ合うハヤトたちの背中を擦ってくれる。理解してくれないことにもどかしさを覚えつつ、それでも流石に幽霊なんてすぐには信じられないことは分かっていた。本当に幽霊というものがいるのなら、一度は見て自分なりの確信を保たないと誰だって信じられないだろう。
不意にソフィアの声が響いた。
『嘘でも冗談でもないですよ。確かに幽霊らしきヒトはいました』
「え?」
その言葉にミリアは凍りついて、微妙な笑みを浮かべる。
「うそ、だよね?」
それにハヤトとエレナは全力で頭を振る。それを認めてミリアの頬に冷や汗が浮かんだ。
そんな彼らの間を甘温かい風が吹き抜けていくのだった。
本物が出たぁ――!?
本日も本小説をお読み下さりありがとうございます。
気づいているヒトはいるかもしれませんが、あれは一般的な幽霊とは違うと思われます。だって、これは空想科学であって、物理法則無視のファンタジーではないからです。本小説で唯一物理的に可能かどうかを無視しているのは科学魔法だけ(個人的には細かく調整すれば可能だと思っています)です。考えられる可能性は科学魔法ですが、特に誰かがわざとやっている気配は皆無でした。魔法陣も見当たりません。本当に科学魔法なのかどうか疑わしいですが、それ以外にできそうなものが今の所出てきていませんね。もしかしたら誰か嘘を吐いているかもしれないし、さらに第三者が誰にも悟られること無くいたずらをしていたなんてことも有り得そうです。まあ、これから説明があるのではないかと思われます。前にも話したかもしれませんが、あそこは心霊スポットであるらしいですから、そこから考えると――?
この場所をモデルにした場所は沖縄にあるのですが、噂では自殺者がとても多く、その例がさまよっているなんて噂があります。そしてその場所で釣りをしていたヒトがその自殺者の例に海に引きずり込まれて無くなったとかなんとか。つまり最初に見えていたヒトは自殺者で、釣りをしていたヒトは被害者でしょうか?まあ、死んだということに気づいていないようでしたが。あ、標準語なのはしっかり理由があります。
呉牛喘月とは、勘違いして無駄に怯えること。また、考えすぎたせいで無駄な苦労をすること。という意味です。なんか、呉という中国の地方にいる牛はとても暑い南の地域に住んでいて月を見ても太陽と勘違いするくらい苦しそうに呼吸する様からできた言葉なんだとか。つまり太陽だと思っていたものは錯乱しすぎて実際は月だったという話です。
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