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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第3章:命を懸けなければ
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第91話:鳴動

 

「ロード様ぁっ!!!」


「なッ!?」


 レヴィの目に最早ゼノのことなど映っていなかった。

 彼女はただロードのことだけを想い必死で呼び掛ける。


「ロード様っ……! 嫌です……死んじゃ嫌ですっ……!! あなた様と生きたい……あなた様さえいれば……なにもいらないからあっ!!」


「だ、黙れッ!」


 ゼノの拳がレヴィの腹部に打ち込まれた。

 通常なら悶絶し、気を失ってもおかしくない威力。

 しかし、それでもレヴィは止まらない。


「ゲホッ……ロード様っ……ロード様ぁっ!!」


「こ……の……貴様は俺のッ……俺のものになっていればよいのだッ!」


 何発もの拳がレヴィに打ち込まれる。

 突如正気を取り戻したことも、自分を無視するような態度も、その全てが腹立たしかった。

 ゼノはロードを彼女の目の前で痛めつけることでその心を折るつもりだったが、結果としてそれは裏目に出る。

 ロードの姿を見たことで、微かに残っていたレヴィの記憶が逆に呼び起こされていた。

 いや、それだけではないのかもしれない。

 声が届かずとも、身体が触れ合わなくとも、互いに意識がなくとも、魂が彼らを結んでいたのだろう。

 魔術などでは防げぬ力がそこにはあった。


「うぅ…………ロード……様…………死なない……で……いかないで……あなた様は生きてっ……!」


「いいだろう……余を愚弄した罰として、今すぐ奴を殺してやる……! だがその前に、癪に障る貴様の口をふさいで……」


 音がした。

 それは鼓動。

 響き渡る魂の鳴動。

 その音にゼノは振り返る。

 その姿にレヴィの涙は止まらない。


「ロード……様っ……!」


 彼は立ち上がった。

 左腕を失い、骨は砕け、満身創痍のその身体で。

 しかし、彼の魂は未だかつてない程に滾っていた。


「レヴィ……今いくから」


 放たれた言葉にレヴィは戸惑う。

 逃げて欲しい。

 そんな状態で戦うなど無謀過ぎる。

 そんな彼女の気持ちは言葉にせずとも彼に伝わっていた。

 だから彼は笑って応える。


「そこで待っててくれ……必ずいく」


 それだけで、彼女の迷いは消えた。


「はいっ……!」


 ゼノには分からなかった。

 レヴィが魔術を破ったことも、あの身体で立ち上がったロードのことも、その何もかもが理解出来ない。

 それと同時に、まるで自分だけが蚊帳の外にいるような、そんな扱いを受けたゼノの怒りは頂点に達した。


「……ふざけるな」


 ロードに向けられたゼノの手のひらに魔力が集まっていく。

 膨大な魔力が練り上げられたその黒い球体は、ゼノが持つ技の中でもかなり上位に位置する。

 ゼノの魔力はまだ十分に残っており、受けた傷も左腕以外は完全に塞がっていた。


 ゼノはロードを見る。

 間違いなく満身創痍であり、立っていることが奇跡と言っても過言ではない。

 失った左腕からは血が滴り、口からもそれが溢れていた。

 何よりも彼の手帳はゼノの黒い魔力が握っている。

 今更立ったところで、ロードに出来ることなど何もないように思えた。


 だが、それでもゼノは強力な魔術を放とうとしている。

 それは、これ以上の奇跡など見たくもなかったからだった。

 この一撃でロードの息の根を完全に止め、レヴィに再び記憶操作をすればいいだけだと、そう決めたのだ。


「何も変わらない……貴様を殺してレベッカを我がものとするだけだッ! 無能な人間風情に今更何が出来る……!」


 ゼノの言う〝無能〟は、人間世界のそれとは意味合いが違う。

 言われ慣れていたその言葉を受け、ロードは強く拳を握り締める。


「俺は確かに無能だった。でもな……レヴィが変えてくれた。だから俺はここにいる……立っていられるッ!」


「だ、黙れッ! 貴様を見ているだけで虫唾が走る……今すぐ殺してやるッ!」


「俺は死なない……レヴィが待ってる」


「こ……このっ……! 余の前から消えろゴミめがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!


 ゼノが放った全てを塵へと変えるその黒い球体が、凄まじい勢いでロードへと迫る。

 着弾した瞬間城が激しく揺れ、天井からは瓦礫の雨が降り注ぐ。

 粉塵が視界を遮る中、ゼノは勝利を確信した。


「フハッ……フハハハハッ! や、やはり何も出来ぬではないかっ! 矮小な人間風情が図に乗りよって……身の程を知った時にはもう遅いわッ! フハハハハ……ハ……?」


 全てを飲み込むゼノの魔術。

 しかし、それをもってしても彼女の力は破れない。

 かつて神の雷さえ防ぎ切ったというその盾が……そこにはいたのだから。


「お久しぶりですねマスター。またお会い出来てよかった」


「俺もだアイギス。君がいてよかった」


「な……な……!?」


 その幼い顔には不釣り合いな鎧を身に纏い、白く美しい盾を構えた女神の絶対防御(アイギス)の前に、ゼノの魔術はロードに傷1つ付けられなかった。

 グングニルの生命魔法を解除した訳ではない。

 そもそも視認出来なければ生命魔法は解除出来ないし、グングニルが未だ外で戦っているのをロードは知っていた。

 つまり、ロードの生命魔法の力が増したのだ。

 死の淵で出会った、ある者の力によって。


「マスター……動けますか?」


 アイギスは口を盾で隠しながらロードにしか聞こえない声で問い掛ける。

 彼女も今の状況は概ね理解していた。


「いや、正直立っているのがやっとだ……魔力もほとんどない」


 力が増したとはいえ、状況は悪い。

 だが、彼にはまだ仲間がいる。


「でも、まだなんとかなる」


「そういうこった」


「あ、ソロモンさん!」


 強化されたのは対象に取れる数だけではない。

 今のロードは対象に触れずとも生命魔法をかけることが出来るようになっていた。

 さらに対象に取れる数は3つまでとなり、そのおかげでアイギスとソロモンを呼び出せていたのだ。

 そうして現れたソロモンの手が背中に触れると、ロードを襲っていた激痛が少しずつ和らいでいった。


「多少は回復するが左腕は俺じゃ無理だ。それと旦那……あの鎖は俺には切れねぇ。なんとかして手帳を取り返さねぇと……」


「痛みだけ消えればそれでいい。ソロモン、あとどれくらいいける?」


「正直限界が近い……かなり力を使ったからな。転移ならあと4回がいいとこだろうよ」


「よし、2人ともそのまま聞いてくれ。俺はこの後……」


 一方自身の魔術を防がれてしまったゼノは、ただ呆然とその様子を空中から見ていた。

 確実に殺す為に放った筈が、いきなり現れた女に魔術を防がれ、さらに現れた男はロードの傷を癒している。

 ここにきて彼はロードが召喚魔法使いだったことを思い出す。

 先程の戦いまでは覚えており一応警戒はしていた。

 しかし、ロードがそれを使わなかったので今に至るまで失念していたのだ。


「フハハ……魔王ともあろうものが……なんと無様な……」


 瞬間大気が揺れた。

 ゼノは本気を出すことにしたのだ。

 人間如きには使うまでもないと思っていたその力を。

 ロード達もそれを察知する。

 戦いは……これからが本番だった。


「なんちゅう魔力だ……マジでバケモンじゃねぇか」


「うぅ……マ、マスタぁ……」


 伝説の武具ですら威圧するその力。

 魔王ゼノの力は本物だった。

 だが、ロードは一切臆することなく前に出る。


「頼んだぞ2人とも……俺に力を貸してくれ」


 その決意に満ちた背中に2人の目付きが変わる。

 殺されかけて尚、その揺るがぬ覚悟に応えなければならないと2人も覚悟を決めた。

 前に出たロードに対し、ゼノは抑えきれぬ憎悪を口にする。


「貴様の塵1つ残さずこの世から消し去ってくれる……いや、貴様だけではない。人間全てを根絶やしにするのだ。レベッカを使ってな……!」


 そう言ってゼノはレヴィの髪を掴みニヤリと笑う。

 それでもロードに微笑みを向けるレヴィに、彼は残された右の拳を再び強く握り締めた。


「ゼノ……あんたは何故そこまで人間を憎む」


「何を今更……神の加護にすがる哀れな劣等種族の分際で、のうのうと自由に生きていることが許せぬからに決まっておるわ! ヴァルハラという美しい大地を我が物顔で占拠し、我ら魔族をこんな大陸に追いやった……何様のつもりだッ! 必ず根絶やしに……」


「違う。それは魔族全体の憎しみだろう。俺はあんた自身が憎む理由を聞いている。あんたは……人間に何をされたんだ?」


 ロードの言葉に、ゼノは言葉を詰まらせた。

 何故なら彼自身が人間に何かをされたことなどないのだから。

 故に、ロードの問いにすぐ答えることが出来なかった。


「……余は魔王。余の個人的な感情など必要ないッ! ヴァルハラ奪還は魔族の悲願なのだッ! 矮小な人間風情が偉そうに……」


「やっぱりな……あんたの言葉は空っぽだ」


「……なんだと?」


「あんたの言葉には魂がない。言わされているだけだ。魔王という器に……あんたは操られている」


 瞬間ゼノの手から黒い魔力が放たれた。


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30.3.25より、書籍第2巻が発売中です。 宜しくお願い致しますm(_ _)m
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