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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第3章:命を懸けなければ
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第88話:霹靂

 

 時はアルムロンド城が崩壊した頃にまで遡る。


 魔王ゼノは気付いていた。

 別に察知するような能力を持っている訳ではない。

 しかし、自分をおびやかし得る力を持ったそれが、レヴィを取り戻さんと近寄ってくるのを感じていた。


 既にゼノはラインティを謁見の間から下がらせている。

 ラインティごときの力ではゼノの邪魔になるだけであるし、彼女にはまだやるべきことが残されていた。

 レヴィの再教育はまだ完璧ではない。

 限界を超えているのは間違いなかったが、ロードに対するその想いがレヴィを支えていた。


 だからこそゼノはロードがここに来ることを望んだのだ。

 城の内部にいた兵士達を全員他の侵入者に向かわせ、ゼノは鎖に縛られるレヴィを背に彼を待つ。

 レヴィの魂をへし折るには、目の前でロードが死ぬ姿を見せる他ないと判断したのだ。

 静かにその場に佇んでいたゼノは、ふと背中越しにレヴィに語りかける。


「貴様の想い人は貴様のせいで死ぬ」


 その時微かに鎖が揺れた。

 ラインティが術をかけ続けずとも、既にレヴィの精神は消えかけている。

 最早外部からの声は今の彼女には届かない筈だった。

 しかし、彼女はゼノの言葉に間違いなく反応している。

 それはあまりにも脆弱なものであったが、今の彼女に出来る最大限の意思表示だった。


「フハハ……最早貴様に抗う術はない。そこで見ているがよい。そして忘れるのだ。貴様が過ごした人間との日々は失われ、そうして新たな殺戮の時を刻み出す。それが魔族に生まれた……貴様の運命さだめよ」


 再び鎖が揺れる。

 言葉は発さずとも、まるでそれを拒否するように。

 ゼノには理解出来なかった。

 悠久の時を生きる魔族にとって、レヴィがロードと過ごした日々など一瞬に過ぎない。


「何がそうさせるのか余には理解出来ぬ。愛だの恋だのという、まやかしの感情に縛られておるのか? だとすれば滑稽な話よ。我らと人間では生きる次元が違う。長年人間世界にいたのだから貴様も分かっているのだろう? 人間は貴様を残して死んでいく。貴様の想い人も、たった100年すら生きられずに死んでいくだろう。その後はどうするのだ? また新しいご主人様でもみつけるのか? 貴様と生きられるのは、同じ時を刻む我らのみ。分かっておるくせに……分からぬフリをするでないわ」


 鎖は揺れ続ける。

 レヴィもそれを考えてこなかった訳ではない。

 クラウンは時を操る力を持っていた為、レヴィと同じ時を生きられる存在であった。

 しかし、ロードは違う。

 確かに彼にも特異な力はあるが、寿命は他の人間となんら変わらないということはレヴィも分かっている。

 いずれレヴィより先にロードは死ぬだろう。

 しかしそれでも……それでもレヴィはロードと共にいたかった。

 レヴィがロードと過ごしたのはほんの2ヶ月に過ぎない。

 数千年を生きてきたレヴィにとって、それはまさに一瞬の出来事だったと言えるだろう。

 しかし、時の流れなど関係無かった。

 〝今をただ楽しめればいい〟という刹那的な感情ではなく、〝短い時だからこそ、全力で共に今を生きていきたい〟という、その全てを理解した上でロードを愛していたのだ。


 ゼノはレヴィがそういう感情に至っていることを察していた。

 普段は語りかけてもなんの反応も示さないにも拘らず、ロードに関する話にだけ彼女は何かしらの反応を見せる。

 それがとにかく腹立たしかった。

 彼自身、果たしてそういう感情があったのかは分からない。

 仮にあったとしても、それを決して表には出さないだろうが……。


「腑抜けが……何故分からぬ! 貴様と歩めるは魔族のみ! 人間などでは決してないッ!」


 そのイラつきに任せ、ゼノは振り向き様に黒い魔力の塊をレヴィに放った。

 それがレヴィの顔に命中して鎖を大きく揺らす。

 唇からは血が流れ出すが、やはり虚ろな表情で呻き声の1つも上げない。

 ゼノはギリッと歯を鳴らす。


「いいだろう……必ず殺してやる。貴様の目の前で、これ以上ない凄惨な殺し方をしてやろう。貴様がそれを望んだのだ! そして、貴様を使い人間共を必ず根絶やしにしてくれる! 心の中で後悔し続けるがいい……貴様が愛した人間を殺す度に……!」


 その時だった。

 謁見の間にあった荘厳な扉が打ち破られ、まさに霹靂へきれきの如く鳴り響いたその轟音と共に男が現れる。

 赤黒い鎧を纏ったその男は、魔王の目を見てはっきりと告げた。


「そんなことはさせない」


 ロードは一瞬だけレヴィを見た。

 虚ろな表情。

 力なく縛られた四肢。

 そして、自分が現れてもなんの反応も無いその姿に、レヴィが何かをされたことは瞬時に分かった。

 1秒にも満たないその時間、ロードはすぐにゼノを睨みつける。


「レヴィ待っててくれ。今度は……俺の番だから」


 ゼノには伝わらないその言葉は、レヴィには伝わっていた。

 虚ろな瞳から1つの雫が落ちる。

 今のレヴィには何も聞こえない筈だった。

 しかし、彼女の魂はロードによって僅かにその煌めき取り戻す。

 ゼノはそれに気付かない。

 魔術では決して辿り着けない……真の境地が彼と彼女の間にあることを。


「ほう……随分と薄情だな。見たのは一瞬、こ奴は貴様をずっと想っていたというのにな。フハハ……余の方が興を感じるか?」


 ゼノの挑発をロードは無視する。

 彼はここに来るまでの間に全てを考え尽くした。

 何が起きていても動じぬと、強い心でここに立っている。


 本当ならば今すぐレヴィを解放したい。

 全てを捨ててでも今すぐレヴィと話したい。

 この世の全てを敵に回しても今すぐレヴィと……。


 だが、それは目の前にいる強大な敵を打ち破らねば叶えられない。

 レヴィという光に触れるには、まずゼノという爆炎を消さなければならないのだ。

 でなければ炎に吸い寄せられる羽虫の如く、羽を焼かれて地に墜ちるだろう。


「フハハ……余と語る気はないか? まぁ、それは余としても同じこと。最早貴様を許すつもりはない。一応礼儀だ……殺す前に自己紹介をしておこう。我が名はゼノ=ブラッドウェル。魔を冠する者達の王である」


 瞬間膨大な黒い魔力がゼノから溢れ出す。

 まるで肌を突き刺すような鋭い圧力がロードを襲った。

 これまで一度も感じたことのないその強大な力に、表情は変えずともロードの手のひらに汗が滲む。

 自身の何倍の力を持っているのか全く見当もつかない程の実力差。

 しかし、それでもロードは屈しない。


「俺はロード=アーヴァイン。命を懸けて守るべき人を……返してもらいにきた」


 ロードも魔力を解放する。

 この旅で成長したとはいえ、彼の力ではゼノに遠く及ばない。

 だが、共に戦う者達が彼を支える。


「よい目だ。そしてよい魔力よ。人間にしておくのは惜しい」


 ゼノは腕を組んだまま、目を瞑って何度も頷く。

 ロードは動けなかった。

 確かに隙はあった。

 だが、ゼノの圧力がそれを許さなかったのだ。


「さて、では始めようか。ああ、そうだったそうだった。レベッカよ……よーく見ておくがよい。貴様の元ご主人様が動いている最後の機会であるぞ? その虚ろな瞳で脳内に焼き付けるといい……まぁ、どうせそれすらもすぐに忘れるのだがな……フハハハハハハハハハハハハ!」


 ブリューナクの切っ先がゼノの首筋に当たる寸前、ロードの顔面に魔力の塊が直撃した。


「がっ……!?」


 そのまま広い謁見の間の中央から端まで吹き飛ばされ、ロードは激しく壁に叩きつけられる。

 すぐさま立ち上がるロードに対し、ゼノは見下すように言い放つ。


「不意を突くなら殺気を消せ。それでは意味が無い」


 ロードはかつて闘技大会でレヴィが他の選手に言ったセリフを思い出す。

 あの時もレヴィと他の選手たちには大きな力の開きがあった。

 それ程の差があることはロードも分かっている。

 ゼノはそんなロードの心を見透かしたのか、笑みを浮かべて口を開く。


「ああ、そうだ。余の力を教えておいてやろう。余の魔術に形はない。今貴様の顔面を撃ち抜いた魔力の塊のように放出することも出来るし、このように……」


 ゼノの右手に、黒い魔力をそのまま形にしたようなつるぎが現れた。

 歪な形をしたそれは、禍々しい邪気を放ちながらまるで生き物のようにうねっている。

 ゼノの魔術はその見た目から〝黒魔術〟と呼ばれていた。

 というより、それ以外に呼び方がないのだ。

 決まった形も能力も効果も持たず、ゼノの思うがままに操ることが出来るその汎用性こそが最大の力だと言えるだろう。


「固定観念に囚われていると……すぐ死ぬぞ?」


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30.3.25より、書籍第2巻が発売中です。 宜しくお願い致しますm(_ _)m
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