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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第3章:命を懸けなければ
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第87話:怠惰

 

「かぁッ!」


 溢れ出した魔物にグングニルが気を取られた瞬間、カルラの魔術が彼女を襲う。


「……っ!?」


 突然目の前の空気が爆ぜ、グングニルは体勢を崩して空中から落下していく。

 それに合わせるように飛び上がったカルラの拳がグングニルを捉えた瞬間炎が上がり、生じた爆風により白銀の少女は大地に叩きつけられた。


「届かないとでも思ったか! 侮り過ぎだ……な!?」


 見事爆炎の拳を叩き込こんだカルラであったが、すぐにその表情が曇る。

 凄まじい勢いで地面に叩きつけられた筈のグングニルは、涼しい顔で何事も無かったかのように立ち上がった。

 通常、カルラの攻撃を受けた者の身体はその爆炎で消し炭に変わる。

 だが、美しい白銀の肌には多少黒ずんだ汚れがついているのみで、それすらも彼女が手で払うと消えて無くなってしまった。


「なんなんだ……こいつは……」


 その時カルラは、彼女が名乗った名を思い出す。

 彼女は間違いなく自分を〝グングニル〟だと言った。

 グングニルと言えば嵐の神が振るったという伝説の槍であり、確かに彼女はその名に相応しい強さを持っている。

 カルラもハドラスからの報告で、召喚魔法を操るロードという強い冒険者の話は聞いていた。

 彼は〝ヘラクレス〟という棍棒と弓から巨人を生み出し、二つ名持ちのサイクロプスを瞬殺したという。

 そして、彼と行動を共にしていたのがレヴィであったことを思い出した。


「まさか……お前は!」


 その時ようやくカルラは気付いた。

 敵の狙いはレヴィの奪還。

 空間転移装置の破壊は、魔族を挑発し道を開ける為の囮に過ぎなかったのだと。

 カルラは目の前の敵を放り出し、魔王の元へ向かおうと足を運びかけた。

 だが、それが魔王に対する何よりの侮辱だと感じ、運びかけた足を強引に引きずり戻す。

 その逡巡が、彼女の命を刈り取った。


「あっ……?」


 トンッと、彼女は何かによって背中を押された気がした。

 カルラの正面ではグングニルが手をかざし、2人は吹雪の中で瞬きもせずに見つめあう。

 彼女の胸からは白銀の槍が生え、この日2つめの穴が身体に空いていた。

 グングニルが開いていた手をゆっくりと閉じていく。

 永遠にすら感じるその時の流れの中で、カルラは己がこの後どうなるのかを察する。

 グングニルの手が閉じた瞬間、白銀の槍に溜め込まれた暴風がカルラの体内から溢れ出し、彼女の身体を塵に変えた。

 槍を引き寄せ、それを掴んだ彼女はぽつりと呟く。


「ロード頑張れ」


 彼の元へはまだ行けない。

 その時、彼女は彼の合図を受け取った。


「みんなを……守る」


 ロードに託された約束を果たす為、グングニルは再び槍を振りかざした。



 ――――――――――――――――――――――



 カルラの命が爆ぜる少し前。

 100を軽く超える魔物に囲まれたズィードは、あまり使いたくはない奥の手を発動させようとしていた。

 ハドラスの狙いは分かっている。

 ならば、それを凌駕する力でねじ伏せてやる他ない。


「こいよ雑魚共。存在を消される覚悟があるならな」


 その言葉に触発されたかどうかは分からないが、ズィードを取り囲んでいた魔物達が彼目掛けて一斉に飛び掛かかった。

 ズィードにとっては物の数ではない。

 問題は魔物達が作り出すであろう影。

 影に乗じてハドラスが動くことは分かっていた。


 彼自身も理解していることだが、ズィードの無力化魔法は決して無敵の力ではない。

 視認しなければ発動出来ないし、勝手に発動する類の魔法でもなかった。

 対象を確認し、それに魔力をぶつけて無力化するという2つの手順を踏まなければならない。

 故に、不意打ちを始めとする予測不可能な攻撃にはどうしても反応が遅れてしまう。

 だが、彼の奥の手はその手順すら無力化する。

 もちろんリスクはあるが、この際そんなことも言っていられない。

 重要な何かを得る為には、こちらも重要な何かを犠牲にしなければならないことを彼はよく理解していた。


 そうして彼は力を解放する。

 〝怠惰の空間(アケディア)〟と彼が唯一名付けたその力は、まさに彼の二つ名を体現する力と言えるだろう。

 オーガの拳がうなりを上げてズィードに迫る。

 だが、それが彼の肌にすら触れずに止まってしまった。


「ギ、ギガッ!?」


 拳を打ち込んだオーガ自身にも理解できない。

 間違いなく本気で打ち込んだ筈の一撃が、彼に近付くにつれて力を失い無力と化していた。

 他の魔物達も次々に攻撃を仕掛けるが、その全てが彼に届く前に力を失ってしまう。

 そうして戸惑っている彼らに、ズィードの拳が容赦なく突き刺さる。


「ゲブッ!?」


 まるで紙を引きちぎるが如く、頑丈な肉体を持つ筈の魔物達があっという間に肉塊へと変わっていく。

 彼が発動した〝怠惰の空間(アケディア)〟は、範囲内にいる者に対し常に無力化魔法をかけた状態で戦うことが出来るというもの。

 彼に対する攻撃は勝手に無力化され、彼の攻撃は勝手に全てを無視して敵を貫く。

 これを発動している間、彼は無敵だと言っても過言では無かった。


「ちっ……ビビっちまったか? なら、引きずり出すまでだ……!」


 ズィードはそう言い放つと、自ら魔物の群れに飛び込んでいった。

 次々と一撃で葬られる魔物達の姿に、影の中から見ていたハドラスは焦りを募らせる。

 先程までは影の中にいれば安全であったことから、ズィードの能力は視界に入らなければ届かないとハドラスは看破していた。

 だが今の彼は背後からの攻撃も一切見ることなく、完全に全てを無力化している。


 仮にズィードの死角から攻撃したところで無力化され、そのまま返しの一撃で命を取られる可能性は高い。

 故にハドラスは彼から距離を取り、その場をやり過ごすことに決める。

 これだけの力ならばそれ程長く使用できない筈だと踏んだのだ。

 実際その読みは間違っていない。

 この無敵の能力には当然時間制限と、それを過ぎた際のリスクがあった。


 既に能力を発動してから数分が経ち、ズィードの顔に焦りが見え始める。

 未だハドラスは姿を現さず、魔物の死骸だけがただ増えていった。

 このままいけば全ての魔物を倒すことは出来る。

 だがそれと同時に、制限時間を過ぎたズィードは完全な無防備状態に陥ってしまう。

 そうなればハドラスに勝つことは出来ない。


 最後に残った魔物の頭蓋が砕け散る。

 こうして全ての魔物を叩き潰したズィードだったが、ハドラスは結局現れず、ただ時間だけが過ぎようとしていた。

 その時、少し離れた位置で戦っていたカルラの身体がはじけ飛ぶのを見たのと同時に、ズィードの膝がガクッと折れる。


「ク、クソっ……!」


 その瞬間をハドラスが見逃す筈も無い。

 瞬時に背後の影から姿を現し、ズィードの首に手を……。


「ごっ……!?」


「だから言ったろ……引きずり出すってよ」


 ズィードの肘が、ハドラスの折れた肋骨に突き刺さっていた。

 既に魔法の効力は消えていたがダメージが残る部位ならば関係ない。

 ハドラスを一瞬硬直させればそれで終わる。


「うっ……!」


 ズィードの髪をかすめた白銀の槍がハドラスの胸に突き刺さっていた。

 口から血を吹き出しながらハドラスは自身を貫いた槍に触れる。


「この……僕が……?」


「そう……てめぇの負けだ」


 そのままハドラスを空中へと攫った白銀の槍は竜巻へと姿を変え、荒れ狂う嵐の中でハドラスは露と消えた。

 背中越しにそれを見届けたズィードは、とことこと歩いて来るグングニルに礼を言う。


「ふぅ……助かったぜお嬢ちゃん」


 すると、彼女はふるふると首を横に降った。


「グングニル」


「ああ……ありがとよ、グングニル」


「うん」


「さて、俺は暫く使い物にならねぇし……つか寒っ!」


 魔法の効力が消えてしまい、無力化していた寒さがズィードに押し寄せていた。

 〝怠惰の空間(アケディア)〟は制限時間を過ぎると、ズィード本人だけが暫く無力化されてしまうという欠点がある。

 だがそもそもアルムロンド城を崩壊させたことに加え、ここまで魔法を使い続けてきた彼の魔力は尽きかけていた。

 するとグングニルは風の防壁を作り出し、ズィードを暖かく包み込む。


「……手間を掛けるな」


「気にしない」


 その時、グングニルの背後から影が伸びた。

 それが血だらけのハドラスだとズィードが気付いた時にはもう遅い。


「なっ……!」


「死ぶがっ!?」


 瞬間、凄まじい速さで駆け抜けた何かがハドラスを吹き飛ばし、彼は首を90度に曲げながら宙を舞う。

 そうして弾け飛んだハドラスは大地に何度も叩きつけられ、やがて雪に顔を埋めて今度こそ動かなくなった。

 疾風の如く現れたその男はそれを確認した後、ズィードに向かって激しく親指を突き立てる。


「ヒーロー……見参!」


「ザ……ザワン!?」


 ティアを背負った金色の鎧に身を包んだこの男こそ、ケルト王に〝うるさい〟と言わしめたSSランク冒険者のザワン。

 ティーターンにいた彼はバーンに頼まれ、その自慢の神速魔法でここまで必死に駆け抜けて来たのだった。


「お、おまっ……なんで!?」


「皆まで言うな。ヒーローはいつも……遅れてやってくる!」


「いや聞いてねぇよ……」


「それと何度も言っているが……俺はザ=ワン! 金色の光を放つ一番星! そう呼んでくれ」


「やだよ……」


「マジ走ったわー! 一生分走った! 何お前魔力ないの!? やばくね!?」


「会話にならねぇ……」


「あ、お腹空いた!」


「あー……てめぇを見たらなんかクッソ疲れた……」


「ありがとうヒーロー」


「おう! あ、そうそう……なんかさっき大量の魔物がいてさぁ……」


 その言葉にズィードが慌てて周りに目をやると、吹雪の中で何かがうごめいているのが見えた。

 まだ距離はあるようだったが既に囲まれているらしく、どこにも逃げ場が無いことが分かる。


「ちっ……連れて来やがって……」


「馬鹿な……あんなに速く走ったのに!」


「お前が走ったとこだけ雪が吹っ飛んでんだよ……!」


「あ! なーるほど!」


「まったく……相変わらずだのう。まぁ、そのおかげで合流出来たがな」


 いつの間にか現れたケルト王はそう言ってニヤリと笑う。

 脇腹からは大量の血が流れ、顔はひどく青白い。

 やはり受けたダメージは深刻だった。


「おー! おっさんも来てたのか! って怪我してるじゃねーか!? ほれ、血止めを使え!」


「おお、すまんなザワン。お前が何故ここにいるかは大体察しがつく。ティアを助けてくれたのだな」


「ヒーローだからな! さて、そんなことより……こうなったらやるしかあるまい!」


「ズィードよ、これを使え。俺は魔法でなんとかしよう」


 そう言って、ケルト王はズィードに自身のつるぎを渡す。


「剣は得意じゃねーんだが……ま、ありがとよ」


 その時、ブラッドウェル城から激しい爆発音が聞こえてくる。

 そう、既に彼らの戦いは始まっていた。


「こやつらにロードの邪魔をさせる訳にはいかんなぁ……!」


「おいグングニル。小娘……いや、ティアはお前に任せるわ」


「分かった」


「ヒーローは負けない……いついかなる時も!」


 吹雪はその勢いを増していき、魔都は氷雪に閉ざされようとしていた。

 しかし、彼の道だけは閉ざすまいと、ロードを信じて彼らは命を懸ける。


「で、ロードって誰?」


「……お前もう黙れ!」


「ぬはは! さぁ、もうひと暴れ……来るぞッ!」


 インヘルムの戦いは、最終局面を迎えようとしていた。


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30.3.25より、書籍第2巻が発売中です。 宜しくお願い致しますm(_ _)m
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