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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第3章:命を懸けなければ
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第85話:悪喰

 

「ど、どこまで……!」


 飛ばされ始めてから数秒、アミィは視界の端で小さくなっていくブラッドウェル城を見てそう呟いた。

 ティアの操る風に自由を奪われ、既に中心部からは遠く離れた位置にまで飛ばされている。


「あんたただじゃおかないからね! 絶対に……殺してやる!!」


 その幼い容姿からは想像もつかない程の膨大な魔力を放出するアミィに、ティアの心に恐怖という僅かな綻びが生まれた。

 無理もない。

 ティアが自分より強い敵と戦うのは、あの時のトライデント以来だった。

 それも憎悪に身を委ねていてよく覚えていないことであり、そういう意味では今回が初めてだと言える。

 しかも、自身より遥か格上。やがてはティアもその域に達するのかもしれないが、今のままではまず敵わない相手であることは本人も分かっていた。

 作戦が上手くいっているからこそ気を強く持っていたが、アミィの魔力を受けた今、改めて自身との力の差を感じてしまったのだ。

 アミィはその僅かに出来た綻びを見逃さない。


「がぁぁぁあっ!」


「ぐっ!?」


 僅かに弱まった風の牢獄を魔力で吹き飛ばしたが、空を飛ぶすべを持たないアミィはそのまま黒い町へと落下していく。

 ティアはもう少し中心から離れた位置で落とすつもりだったのだが、まさかアミィが自ら落ちるとは予想出来なかった。

 上空200メートルから落ちれば、いかに魔族といえど無事では済まない。


「だったら!」


 ティアは落下し続けるアミィの上空に移動すると、そのまま下へと暴風を放って彼女を加速させた。

 そのまま下に叩きつけて終わらせてやろうとしたのだが、ティアはアミィの表情を見て戦慄する。

 その表情は、まるで〝ありがとう〟とでも言わんばかりの笑顔であったから。


 そうして落下し続けたアミィは、けたたましい音とともに凄まじい速度で黒い建物に叩きつけられた。

 建物の倒壊による粉塵が上がる中、ティアは上空からその様子を見つめている。

 結果的に作戦通り上空から地面に叩きつけることには成功した。

 だが、どうしてもあの不敵な笑みがティアの頭から離れない。


「あんた怖いのぉ……?」


「えっ!?」


 ティアの心臓が跳ね上がる。

 突然背後から聞こえたその声に思わずティアが振り返った瞬間、骨が砕ける音をティアは自分の身体の中から聞いた。


「あ……ぐっ……!」


「たぁっぷりお仕置きしてあげるわよぉ……ただじゃ殺してあげないから!!」


 腹部を押さえて苦しむティアの髪を掴み、アミィはそのまま地面へと飛んでいく。

 アミィに飛行能力はなかった。だが、それは先程までの話。

 彼女の魔術は周りから〝悪喰あくじき〟と呼ばれ恐れられていた。

 本人はその呼び名を嫌ってはいたが、それ以外に表現する方法もないので仕方なく認めている。

 その力はその名の通り、普通は食べられないものを食べ、さらにその能力を一定時間使用できるというもの。

 今アミィはティアの風を〝喰った〟ことで、一時的に風を操る力を得たのだった。


「そぉら! 死なない程度に殺してあげる!」


「うああっ!」


「ぐっ!?」


 地面に叩きつけられる寸前、ティアは必死に風を操りアミィから逃れたが、勢いを殺しきれずにそのまま地面を転がっていく。

 既に積もり始めた雪のおかげで多少衝撃は抑えられたが、それでも彼女のダメージは深刻であった。

 やがてうつ伏せで地面に倒れたティアは、なんとか立ち上がろうと震える手で必死に身体を持ち上げる。


「ゴホッ……はぁ……はぁ……ふふ……」


 身体は傷だらけになり、口から溢れ出した血が白い雪を赤く染めていく。

 しかし、それでも彼女は笑った。

 その近くまで来ていたアミィは眉間に皺を寄せる。


「何笑ってんのよあんた……怖くて頭がいかれちゃった?」


「別に……なんで忘れていたんだろうって……そう思っただけ」


「……はぁ?」


 身体が傷だらけになることも、吐血も初めてではない。

 彼女にとってそれは大したことではなかった。

 無能と呼ばれたあの3年間に比べれば、この程度の痛みなどあってないようなもの。

 そもそもティアが一番怖いことは自分が死ぬことではなかった。

 作戦が上手くいっているという優位な立場がそれを忘れさせていたのかもしれない。

 〝死なないで済むかもしれない〟などというぬるい考えを持った自分が腹立たしかった。

 ティアは再び命を懸ける。

 でなければ彼に失礼だと強く思った。


「あんっ……たなんか別に怖くない……だって、私はもっと怖いものを……知っているから」


「……へぇ、舐められたもんね。っていうかあんたらなんなの? なんで装置のこと知ってんのよ!?」


「そんなのどうだっていい……ゲホッ……はぁっ……わ、私はそんなものの為にここに来た訳じゃないから。私の大切な人が……大切にしている人を助けに来ただけだから……!」


「なにそれ……まさか……!」


「あの人達が悲しむことを……しないで!!」


 既に辺りは激しい吹雪が吹き始めていた。

 視界は白い雪に閉ざされ、遠くにあったブラッドウェル城の姿は完全に見えなくなっている。

 侵入者の目的をようやく知ったアミィは、ティアを置いて城へ飛ぼうと魔力を練り上げた。

 だが、足が離れない。


「なっ!?」


「大丈夫よ……そんなに慌て…………なくても……もう……終わったから」


 アミィの足首が、いつの間にか雪に捕らわれ一切動かなくなっていた。

 その雪はあっという間に膝から太ももへと上っていく。


「このっ……!」


「あなた食べるんでしょ? はい……どうぞ」


 その言葉に、自分の足からティアに視線を移したアミィは驚愕する。

 彼女の周りに降る筈の吹雪が、全て彼女の手のひらに凝縮されていく。

 まるで吸い込まれるように、どんどんとそれが増えていくのが見える。

 そして、それを見た時にはもう遅かった。


「もがぁっ!?」


 既にアミィの口にその凝縮されたものが大量に放り込まれていた。

 小さな白い粒は彼女の口から喉を通り、胃袋へと到達した瞬間にその凝縮を解除される。


「ぐばぁっ! ちょっ……む……ゲボッ……や、やべでっ……!」


「たくさんあるから……残さず食べやがれぇぇぇええええええ!!」


「ぐばぁぁぁぁぁあっ!?」


 ティアは手にした吹雪を全てアミィに叩き込み、その身体をガチガチに固めていく。

 この程度で死にはしないだろうと分かってはいたが、今暫く動けなくなればそれでよかった。

 魔法を使う度に身体に激痛が走ったが、そんなことはもう関係ない。

 今ロード達の役に立っているかもしれないことが、彼女にとっては何よりも嬉しかったから。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ティアは大地に手を合わせ、雪で固めたアミィに土を被せていく。

 そうして黒い町の中に小さな山が現れた時、ティアは膝を突いてその場にうずくまった。


「ゲホッ……ううっ……も、戻らなきゃ……ここにいたらロードさんが脱出……してくれないもん」


 彼が自分を探してしまうことは分かっていた。

 きっと彼は自分を置いていけない。

 彼女は力を振り絞りなんとか立ち上がる。


「方角は……こっ……!?」


 彼女の周りに、いつの間にか大量の魔物がいた。

 アミィはそれを見越して町の中に落ちようとしていたのだろう。

 気付いた時にはもう遅く、完全に取り囲まれたティアの逃げ道は空しかない。

 だが、既に力は使い果たしていた。

 彼女の身体能力は並以下。アミィから受けた攻撃は、既に致命傷だと言っても過言ではなかった。


「ダメ……死んでもいいけど……ここじゃ死ねない……!」


 彼女は最後の力を振り絞り身構えた。

 彼が教えてくれた諦めない心。

 未来を想うその力を。


「掛かってこい……あんた達になんか……私は負けないから!!」


 それを合図に魔物が一気に押し寄せる。

 彼女が最後の力を振り絞ろうとした瞬間、魔物が見えない何かに吹き飛ばされていった。


「えっ……?」


 彼女を取り囲んでいた数十匹の魔物があっという間に駆逐されていく。

 その時張り詰めていた緊張の糸が切れ、彼女は意識を失い地面に崩れ落ちる。

 倒れる寸前、それを男が受け止めた。


「おぉっと! ふぃー……あー寒かった! つか寒っ! バーンの奴……こんど高いメシ奢らしてやるからなちきしょー! ズィードの魔力は……あっちか! 待ってろよー……ヒーローは遅れてやって来るのだ! ヒャッハー! あ、回復薬飲ませなきゃこの子死んじゃう……」


 ヴァルハラを縦断し、海を駆け、極寒の大地を走り抜いたその男。

 動けぬバーンの代わりに現れた彼はティアの命を救い、今再び走り出そうとしていた。


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30.3.25より、書籍第2巻が発売中です。 宜しくお願い致しますm(_ _)m
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