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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第3章:命を懸けなければ
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第82話:選択

 

 ラインティが言った2日という期限が過ぎようとしていた頃、謁見の間には魔王ゼノとラインティ……そして、虚ろな表情で鎖に縛られるレヴィの姿があった。

 光を失ったその瞳は虚空を見つめ、最早魔王の言葉にも一切の反応を見せない。

 だらりと力なく首は垂れ、彼女から聞こえてくるのは微かな吐息のみ。

 レヴィの精神は今ギリギリの状態にあった。


 ラインティの魔術は記憶操作。

 対象の記憶を改ざんしてしまう恐ろしい能力なのだが、それ故にいくつか欠点もある。

 まず第1に、自身より強い魔力を持つ者には通用しないということ。

 ラインティの魔力は平均的な魔族のそれであり、通常ならばレヴィには通用しない。

 しかし、彼女は魔具を生み出すその知識でそれを補っていた。

 今レヴィを縛る鎖は、彼女が作り上げた魔力と体力を奪う力を持つ鎖。

 それによりレヴィは彼女の魔術に抗えないようにされていた。


 そして第2の欠点は、強い精神力を持つ者には術が掛かりにくいということ。

 更に強い記憶であればある程その改ざんは困難を極める。

 正直ラインティは焦っていた。

 レヴィに対し、術の掛かり具合が異常に悪いことに。

 魔王に対し告げた2日という時間は本当に慢心なく、むしろ余裕を持ってそう告げていた。

 だが、それでもレヴィはラインティの思惑をさらに超える精神力でそれに耐え続ける。

 虚ろな表情で最早呻き声の1つも上げないレヴィだったが、その内なる精神世界ではラインティの術に抗い続けていたのだった。


 当然魔王にはラインティの焦燥が伝わっている。

 だが、あえて何も言わない。

 それはラインティに対して呆れている訳ではなく、ただ単純にレヴィのことを認めているからだ。

 そう簡単に堕ちるのならば、最初からレヴィをあてになどしていない。

 魔王が欲するは自身に匹敵する力を持つ者。

 それ故に、むしろこの状況は彼にとって望ましいこととも言える。


 それにもう1つ、彼には楽しみなことがあった。

 2日前、レヴィの心を折ろうと語ったあの日から、彼はどこかでレヴィを助けに来る存在を待っていることに気付く。

 あの状況でも心折れることなく信じることが出来る存在とは、いったいどんな人間なのか興味が尽きなかったのだ。


 どれ程の強さを持つのか。

 どれ程の強い想いを持つのか。

 どれ程の強き魂を持つのか。


 それが気になって仕方がなかった。

 もちろんレヴィがそれより先に堕ちても構わないし、それはそれで堕ちたレヴィと共にその人間の前に姿を現してやろうかとも考えている。

 圧倒的力を持つが故の慢心。だが、ロードのそれとは違い彼にはそれを成し遂げる力がある。故にその言葉には強い説得力があった。

 それに彼は自分が慢心していることを理解している。

 理解したうえでそれを楽しんでいるのだ。

 あまりにも屈辱的で長過ぎた怠惰と没落の時間を過ごしてきた彼は、そういった刺激をどこかで求めていたのだろう。


 彼自身はこの世界最強の1人に数えられるほどの実力者である。

 しかし、いかに彼が強くとも人間との戦争には決して勝てないことを彼は理解していた。

 それだけ人間が神から与えられた魔法という力は強い。


 だが、ここ数十年でその潮目が大きく変わる。

 人間の力が徐々に落ちていき、魔族の力が上がっていくのを彼は感じていた。

 いつかヴァルハラという美しい大陸を魔族の物とし、長年の溜飲を下げることを目指して力を蓄えてきた魔族にとってはまたとない好機。

 故に最後のピースであるレヴィを欲したのだ。

 たとえ竜だろうが人間だろうが、果ては神が相手でも、それを打ち破ってみせると彼は本気で考えている。

 彼は今、長い時の中で最高に滾っていた。


「ああ……最早どちらでもよい……早く……早く……余は…………魂を震わせたいのだ……!」


 魔王の魔力が僅かに漏れ出す。

 それだけでラインティは自分の死を覚悟した。

 しかし、そんな彼女を救う様に……それは突然訪れる。

 兵士が謁見の間に突然現れ、ひどく慌てた様子で魔王の前に跪いた。


「ま、魔王様っ……!」


「……なんだ?」


 そのあまりの眼光とおぞましい声に、兵士は一瞬呼吸と思考が止まる。

 別に彼に対して怒っている訳ではない。

 昂ぶる感情を抑えていないだけだ。


「……はっ……あ……は、はいっ! し、侵入者が……!」


「フ……フハハ……フハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 狂った様に嗤う魔王にその場が凍り付く。

 伝えに来た魔族の兵士も、必死に術を掛け続けるラインティも、ただただ恐怖に支配されていた。

 そんな彼女たちをまるで意に返さず、魔王は虚ろなレヴィに語り掛ける。


「そら……お前の想い人が辿り着いたぞ。精々余を楽しませてくれ……ああ……早く来い! 余の魂を震わせてくれ!! フハハハハハハハハハ!」


 報せを聞いた魔王の目的はそこで変わり、ただそれのみを欲していた。

 目の前の愉悦に魔王すらも抗えない。

 崇高なる使命は、欲望の前にただただ無力であった。


「続けよ」


 瞬間魔王の身体から膨大な魔力が溢れ出す。

 別に誰を咎めている訳でもない。

 ただ単純に魔王が滾っているだけだ。

 しかし、兵士やラインティにとって、その魔力の高まりは恐怖以外の何物でもなかった。


「ケ……ケルトの……王が……そ、それと最高ランクのっ……冒険者ズィード……その2人が……」


 彼が必死に絞り出したその言葉に、魔王の魔力が僅かに揺らいだ。

 全く予想もしていなかった2人の名を告げられた魔王は、ここに来て少し冷静さを取り戻す。


「……行け」


 兵士は深々と頭を下げた後、部屋から逃げるように立ち去った。

 魔王と共に部屋へ残されたラインティは、未だ凶悪な魔力を滲ませる彼に怯えながらも必死に術をかけ続ける。

 しかし、レヴィの精神は未だ突破が難しく、あと一歩という所で強い記憶が破壊出来ないでいた。

 ラインティは早くしなければ殺されるという恐怖に駆られ、必死にそれを成し遂げようとしているのだが、最早魔王にとってそれは最優先事項ではない。


「何故ケルトの王がここに……しかもSSSランクを連れて……」


 魔王はそこでようやく我に返り、侵入者の狙いを探る。

 もちろん本線はレヴィの救出だが、魔王からすれば予想外である2人の存在がそれを不確かなものにさせていた。


「少数精鋭なのは理に適っている……だが……まさか我らの動きを察知したのか? いやしかし、タイミングが良過ぎる。やはりレベッカの奪還が目的としか思えぬが……しかし、わざわざケルトの王がその為に動くなどということがあり得るか? それに、それが目的ならばロードもここに来ている筈……奴が来るにしてはどう考えても早過ぎる。仮に転移魔法使いがいたにせよここまで飛べる訳もなし……やはりアレを壊すことが目的と見るべきか? だが、何故それをケルトの王が……しかもSSSランクを連れて……」


 誰に言うでもなく、魔王は1人語り続ける。

 これは彼の癖のようなもので、深く考える際に自然と声が漏れてしまうのだった。

 そうして魔王が言った〝アレ〟とは魔族にとってなくてはならぬ物の1つ。

 仮にそれを壊されてしまった場合、魔族のヴァルハラ侵攻は一気に実現困難となる程であった。

 インヘルムを覆う永遠の吹雪は、侵入者を阻む盾でもあると同時に進撃を妨げる足枷でもある。

 故に魔族はある装置を作り上げ、それを利用して大陸間を自由に移動出来る仕組みを完成させていた。


 つまり、早い話が空間転移装置である。

 魔王の膨大な魔力を巨大な魔石に込め、空間転移を得意とするハドラスの魔術を込めた別の魔石とリンクさせたのがその装置。

 数年前に完成したそれを使って魔物を続々と送り込み、ケルト侵略の地盤を作った後、一気にケルトを魔族の前線基地にするというのがヴァルハラ侵攻に於ける最初の一手だった。

 現段階では尖兵となり得る魔物を送り込んだのみ。

 本格的に行動するのはレヴィの力を得てからにするつもりであった。


 もし仮に空間転移装置が破壊されてしまえば、再び作るのにまた長い時を費やさねばならない。

 魔王の膨大な魔力を原動力とすることで上手く機能しているのだが、それは魔王の力に耐えられるだけの巨大で良質な魔石の力があってこそ。

 そんな魔石を探すだけで何十年何百年という時が無駄になる。

 攻めるならば人間の弱体化やいざこざが起きている今が最良の時であり、今破壊されることはなんとしても避けなければならなかった。


「王が自ら乗り込むなどということが……いや、奴ならやりかねんか。だが2人というのは少な過ぎる……必ず別働隊がいる筈だ」


 しかし、侵入者の目的がまだどちらとも判断がつかない。

 魔王は先程まで侵入者はそれすなわちロードであり、その目的はレヴィの奪還だと思っていた。

 しかし、ケルト王という存在がその思考の妨げとなる。

 仮に装置の破壊が目的で来ているのならば、四眷族では防ぎ切れないかもしれないと魔王は考えていた。

 姿を現した2人は強い。

 2人が陽動であることは明白であり、だとするならばそれと同等の力を持つ者がいる可能性は高い。

 いかに四眷族とはいえど、何かを守りながら戦うとなれば苦戦は必至だと考えられた。

 侵入者である彼らの目的は魔族に勝つことではなく装置の破壊。

 だとすれば、明らかに魔族側が不利な状況にあると言える。


「ちっ……」


 魔王は選択を迫られる。

 確実に守りたいのならばどちらかに魔王が行くしかない。

 すなわちレヴィ奪還を防ぐ為にここに残るか、空間転移装置を守る為に移動するかである。


「ハドラス!」


 どこからともなく現れたハドラスに、魔王はすぐさま命令を下した。


「四眷族全員で空間転移装置を守れ。侵入者2匹にはありったけの魔物をぶつけよ」


「はっ……!」


 短く返事を返したハドラスは音もなく消える。

 無論どちらも失う訳にはいかない。

 だが、やはり敵の狙いはレヴィの奪還であると判断したのだ。

 そして魔王は、必死に術をかけ続ける彼女の名を呼ぶ。


「ラインティ……」


「は、はいっ……!」


「貴様は早くレベッ……!?」


 瞬間、城が大きく揺れた。

 地震ではない。この城自体が攻撃されたのだ。

 魔王はその衝撃を自身の頭上から感じ、既に何が起きたのかを察する。


「やってくれるではないか……人間どもがァッ!!」


 魔王の怒号が響き渡る魔城に、数千年振りの雪が降り始めようとしていた。


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30.3.25より、書籍第2巻が発売中です。 宜しくお願い致しますm(_ _)m
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