第80話:魂
「ぐっ……うぅぅ……!」
繋がれた鎖からレヴィの魔力が吸い出されていく。
強引に行われるその作業は激痛を伴うのだが、レヴィは必死に声を押し殺し、決して弱みを見せまいとしていた。
「凄いわぁ……普通どんなに強い魔族でも泣き叫ぶくらいなんだけど……最高よあなた」
それを理解したうえで、レヴィが苦しむ様に恍惚の表情を浮かべる彼女の名はラインティ。
その役割は主に粛清。
戦闘能力はあまり高くないが、彼女は自身の特殊な魔術や魔具の開発により、魔王から高い評価を受けていた。
実のところ、レヴィの様に魔王に従わない魔族は僅かながらに存在する。
そんな者達を〝再教育〟するのが彼女の役目であった。
「それにしても凄い魔力量……本当なら数時間で終わるんだけど、ほとんど1日掛かっちゃうなんてね。苦しかったでしょう? もうすぐ終わりますからねぇ」
「下衆……が……!」
「ウソ……まだ喋れるの……?」
「当たり前だラインティ。其奴を他の有象無象と比べるなど……無知の極みぞ」
ラインティの背後で玉座に座り、その様子を見ていた魔王の言葉に彼女は思わず身を震わせた。
「も、申し訳ありませんゼノ様……」
本来再教育は彼女専用の部屋で行われる。
しかし、魔王は今回謁見の間でそれを行う様に指示を出した。
それは別にレヴィが苦しむ様を見たいからではない。
「で、慢心抜きで答えよ。後どれ程だ?」
「は、はいっ! この様子ですと……全てが完了するまで後2日は……」
「よかろう」
魔王が謁見の間で行う様に指示を出した理由。
それは、万が一にも助からないとレヴィに知らしめる為だった。
術の掛かりをよくするには、彼女の精神を削るのが一番効率がいい。
魔王は苦しむレヴィに対し、それを思い知らせる様に語り掛ける。
「レベッカよ。今聞いた通り……後2日で貴様の記憶は消えてなくなる。イストからどう頑張ってもここまで2日では辿り着けまい。それ以前に……ここにいることにさえ気付けないだろうがな」
魔王はレヴィの残した魔石の存在はもちろん、ロードがどの様な能力を持つかまでは把握していない。
もちろん強いという報告は聞いているが、トライデントの存在やケルト王が持つ地図などについては知る由もなかった。
だが、レヴィはロードの力を知っている。
だからこそ心が折れずに耐えていられたのだ。
しかし……。
「仮に貴様の元ご主人様がここに辿り着いたとしよう。だがそこまでだ……余は何があってもここを動かぬ。貴様が完全な魔族となるまでな」
そう、レヴィを助けるにはこの魔王を倒さねばならない。
歴代最強と謳われるこの魔王は、SSSランクでも敵わない程の強さを持っている。
レヴィはそれを肌で感じとっていたが故に、ロードに来て欲しいと願う反面、ロードに来て欲しくないとも思っていた。
「貴様も分かっておるのだろう。貴様の信じる者に……余は倒せぬと」
それがレヴィの心を追い詰めていた。
確かにロードは強い。
しかし、まず魔王と戦う為にも多くの魔族と魔物を相手にせねばならなかった。
よしんばそれを突破し、ここに辿り着いたとしても魔王がいる。
それをはっきりと告げられたレヴィの心は今ギリギリのところにあった。
「別に余は構わんがな。貴様の目の前で其奴を殺せば……」
「やめ……ろっ! やめて……!」
「フハハ……聞きたくもないか? まぁ、貴様が協力すると言っても再教育はやめんよ。また逃げ出されでもしたら面倒だ。まぁなんにせよ後2日……精々耐えてみるがよい」
レヴィはどうすればいいのか分からなくなりかけていた。
彼女の心が折れてしまえばロードは間に合わないだろう。
かといって必死に耐えたとしても、魔王にロードが殺されてしまう可能性は高い。
しかしそれでも……それでも尚彼女は強く思った。
ロードとの日々を忘れたくない。
まだ……彼に好きだとも告げていない。
もう一度だけでも……彼に会いたい。
ロードとの日々は、何よりもかけがえのない時だったから。
「はぁっ……はぁっ……わ、私を……ロード様を舐めるな……!」
「……ほう」
「お、お前には分かるまいっ! 過ごした日々の尊さなど! 人を想う心など! 誰かを救いたいという強い信念など! 私は負けない……私は忘れない! 魂が……それを許さないっ!」
レヴィは折れかけた心を再び繋ぎ止めた。
ロードは必ず来る。
ならば、それに応えなければならない。
自分がロードを信じなければ……彼を愛する資格はないと。
「面白い……! 見せてくれ! 感じさせてくれ! 教えてくれ! この余に……脆弱な時を過ごしたその想いとやらを! フハハハハハハッ! いいぞ……これはいいッ! 余も共に待とうではないか! 余の魂が……それを求めておるわ!」
魔王は嗤う。
それでもレヴィはただただ信じることに決めた。
自分の想いを、彼に伝える為に。
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「主どの着いたぞ。今海面に上がる」
「ああ、分かった」
まだ薄暗い中辿り着いたインヘルムは、話に聞いた通り猛吹雪によって覆われていた。
海岸線は見える限り崖の様になっており、どこから上陸していいのか全く分からない。
「どうやって上がれば……低い場所でも100メートルはありそうだぞ」
「問題ない」
そう言った彼女が槍を振りかざすと、俺達を包む水のドームを海流が下から突き上げる。
その勢いのまま崖の上まで運ばれ、遂に俺達はインヘルムの地に立った。
トライデントのおかげで難なく上陸することが出来た俺達だったが、彼女が水のドームを解くと一気に寒さが押し寄せる。
「うぉぉぉぉぉ……! あ、あ、あ、ありがとうトライデントっ!」
「ふふ……寒そうだのう。ではな主どの……武運を祈る」
トライデントを手帳に戻し、俺はすぐさまレーヴァテインを呼び出す。
彼女の炎のおかげで多少マシにはなったが、それでもこの猛吹雪……とてもじゃないが耐えられそうにない。
「こ、これはたまらん……! ティ、ティアどうだ!?」
「へ、へ、へ、陛下……お、お、お、お待ちをっ!」
ティアはガタガタ震えながら魔力を練り上げようとしている。
しかし、あまりの寒さになかなか上手くいかない様だ。
「情けねぇなぁ……俺は全然寒くないぜ?」
震える俺達を余所に、ズィードさんは平然と吹雪の中を進んでいく。
まるで一切寒さを感じていないようだ。
こ、これも彼の魔法の力なのか……?
「な、なんでズィードさんは平気なんですかっ!?」
「なんでだろうなぁ? 不思議だなぁ小娘ぇ……はははっ」
「ぐぬぬ……!」
「ズィードは魔法を使っているのだ……1人だけずるい奴め……!」
「よ、よーし……私だって! うー……ぬりゃぁ!!」
ティアが魔力を練り上げ手を大きく広げた。
すると、吹雪が俺達の身体を避ける様に後方へと流れていく。
さすがは自然魔法……吹雪も彼女にとっては操る対象に過ぎないということか。
「おお、風すらも俺達を避けている……見事だティア」
「お任せください陛下! これで永遠の猛吹雪だろうが私達の邪魔は出来ません!」
風がなければ体感温度はグッと上がる。
それに加えてレーヴァテインの炎のおかげでようやく身体の震えが収まってきた。
ふぅ……やっと落ち着けそうだ。
「へぇ……やるじゃねぇか。で、ロード……今度はお前の番って訳だな?」
「ええ、任せて下さい。来てくれプリトウェン」
手帳から銀色に輝く盾が姿を現す。
大きさは1メートル程度、内側には綺麗な女性の絵が彫られている。
新しく仲間になった武具達は、レヴィによって既に鑑定を終えていた。
俺はレヴィが書いてくれたメモを取り出す。
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プリトウェン 聖盾
神が創り出した魔法の盾。
かつて大英雄アーサーがエクスカリバーとともに使用した。
盾としても優秀なのだが、特筆すべきはその能力にあった。
魔力を込めることにより、この盾は魔法の船としても使うことが出来る。
陸地ですら平然と突き進むこの盾船は、アーサーの危機を何度も救う一手となった。
武具ランク:【SSS】
能力ランク:【SS】
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メモにはびっしりと武具達の説明が書かれている。
一つひとつ丁寧に書かれたその文字を見るだけで少し胸が苦しくなった。
それと同時により強く想う。
「今行くからな……レヴィ」
俺が出来ることを……成すべきことを為そう。
そうして俺は、プリトウェンに生命を与えた。




