第79話:頼り
ズィード=シュヴァルべ。
世界に10人しかいないSSSランク冒険者の1人である。
普段は口が悪く何かと勘違いされやすい人柄なのだが、吐き出す言葉とは裏腹に、彼はその身を投げ打ってでも誰かを救い続けた。
その姿に心打たれた人々は自然と彼を尊敬し、またその飾らない彼の人柄に惹かれていく。
そうして民衆に愛される様になった彼は、いつしか愛を込めて〝無気力な英雄〟と呼ばれる様になったのであった。
実は他の9人に比べると、こなした依頼の数はそれ程多くはない。
彼本来のめんどくさがりな性格や、金銭や名誉に興味がないこともあるのだが、自分からあまり依頼を受けないのにはある理由があった。
彼が何かに導かれる様に様々な地へ足を運ぶと、行く先々で彼の力を必要とする事柄が必ず起きる。
彼はそれが自分の運命なのだと確信し、その運命に身を委ねて生きようと心に決め、依頼を受けずに各地を転々としていたのだった。
彼自身が他人に語ることは決してないが、いかにして誰かの為に戦えるかが彼にとっては重要なのである。
今回ケルト付近にいたのも全くの偶然であったのだが、バーンからの依頼を受けた彼はこの為だったのだと確信した。
故に彼は全力を尽くす。
照れ隠しに口では何を言おうとも。
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濃い茶色の髪の隙間から覗く眼光は鋭く、野次馬を睨みつけながら真っ直ぐこちらに向かってきた。
茶色い革のコートのような鎧を身につけており、武器などは一切持っていない。
そんなズィードさんが目の前に迫ると、やはり独特の雰囲気というか威圧感を覚える。
「ズィードさん初めまして。俺はロードといいます。今回は……ありがとうございます」
そう言って頭を下げたのだが、彼の口からため息が漏れる。
何かまずいことをしてしまったのだろうか……?
「別にお前の為じゃねぇ。バーンの野郎に言われてしょうがなく手伝ってやるだけだ。勘違いすんな」
「あ、えーっと……それでも……ありがとうございます」
「私はティアと申します! 本当に……本当にありがとうございます!」
「いやだから……人の話を聞かない奴らだな……!」
「ぬはは! ズィードよ……お前は変わらんなぁ」
「うるせぇな……ほっとけ」
ズィードさんはばつが悪そうに頭をかいている。
段々と彼がどういった人なのかが分かってきた。
「さぁ、揃ったことだし……海岸沿いに移動しよう」
「あ、ちょい待ち」
ズィードさんはそう言うと、見物人の1人を捕まえて衛兵を呼ぶように指示していた。
どうやら自分が倒した5人を放置するのが嫌だったらしい。
やっぱりいい人なんだな。
「わりぃ。行こうぜ」
「やっぱりいい人なんですね……ズィードさんって」
ニヤニヤ笑うティアだったが、その言葉にズィードさんの顔つきが変わる。
「おい小娘……次それを言いやがったら……」
「ひぃ! ごめんなさいごめんなさい!」
ダッシュで俺の後ろに隠れるティア。
うっ……俺ごと睨んでる……。
こわ……。
「その辺にしておけズィード。さ、行こう」
「もう帰るぞこの野郎……」
ケルト王がいてくれて本当によかった……。
優しい人なんだけど……素直じゃないんだな。
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辿り着いた海岸に灯りは無く、俺が持つレーヴァテインの炎だけが暗闇を照らしている。
砂浜には俺達以外誰もいないようで、寄せては返す波の音だけが聞こえていた。
この何もかも飲み込んでしまいそうな黒い海の先にインヘルムがある。
そして、そこにレヴィも……。
「通常船で行くなら最低でも2日は掛かる。ロード、どれくらいで行けそうだ?」
「イストで確認しておいたのですが、恐らく数時間あれば着けるだろうと言ってました」
「なんと……」
「船は波や風、海流などの影響を受けますが……彼女には関係ないそうなので」
「彼女?」
あ、そうか。
ズィードさんは知らないんだった。
「俺の魔法です。頼むよトライデント」
手帳から彼女を呼び出し、すぐさま生命を与える。
そうして現れた海の化身はどこか懐かしい様な顔で海を眺めた後、俺達の方に向き直って軽く会釈した。
「ほー……召喚魔法か?」
「いえ、生命魔法と言います。詳しいことは海の中で」
「生命魔法? 海の中……?」
トライデントはクスクス笑いながら口を開いた。
「一応挨拶しておこうか。妾はトライデント。ロードが操る海神の宝槍だ。よろしく」
「オーランドだ。よろしく頼む」
「ズィードだ。よく分からんがよろしく」
「あ、ティアです……その節はどうも……」
「おお、あの時の娘か。息災で何より。と、話は移動中にするとしよう。主どの……準備はよいのだな?」
「ああ、頼む。あ、場所は分かるのか?」
「妾を誰だと思うておる……海の神が創りし宝槍であるぞ? この世の海ならば全て知っておるわ。まぁ……最早海の神など名ばかりではあるがな……」
「え……それってどういう……」
トライデントはやはり寂しい顔をした後、ゆっくりと首を横に振った。
「忘れてくれ……主どのには関係の無い話であった。それに、今はそんなことを話している場合ではなかろう? さぁ、全員妾の近くに寄ってくれ。これより海の中を突き進むでな」
気になるが………確かに彼女の言う通りか。
俺達はトライデントに言われた通り、彼女を中心に身を寄せる。
それを確認した彼女が槍を軽く振ると、目の前の海から巨大な水柱が姿を現した。
「うおお……マジかよ……」
「あ、レーヴァテインをしまっとこう。水が嫌いだって言ってたもんな」
「なるほど……これが伝説の武器の力か……」
「私……よく生きてましたね……」
「ふふ……では参ろう」
トライデントの言葉を合図に、巨大な水柱が俺達を飲み込んだ。
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「なるほどな……」
ズィードさんにこれまでのことを一通り話し終えると、彼は静かにそう言った。
トライデントが操る海流に乗り、俺達は暗い海の中を突き進む。
だが、彼女の槍からは光が差し、俺達を包む水のドームを明るく照らしてくれていた。
「バーンから大体は聞いていたが……細かいところまで聞けてよかった。で、今回の件は無能とは別って訳だ」
「ええ、レヴィが攫われたのは……きっと魔族にとって彼女が必要になったからだと思います」
「だろうな。攫った奴が〝女王様〟って言うくらいだ。魔王に近い力を持ってると見ていいだろう。それを利用してぇってことなんだろうな」
恐らくズィードさんの言う通りだろう。色々考えたが、それ以外に理由が見つからなかった。
まぁ、単純に逃げ出したレヴィに罰を与えたかったのかもしれないが……。
「で、作戦はあんのか?」
「うむ……まずはこれを見よ」
そう言ってケルト王はインヘルムの地図を取り出す。
それを見たズィードさんは眉間に皺を寄せた。
「これはあの人の……」
ズィードさんはこの地図の作成者を知っているようだ。
かなり有名な人なのだろうか。
「そうだ。これは彼奴が魔族の不穏な動きを察知し、数年前に潜入した際に作成したもの……でだ、これを見れば分かるように、大陸の中心以外は常に吹雪いている。これを乗り越えた先……そこが真のインヘルム、魔族の国という訳だな。といっても広くはない。で、その中央にある城の中にレヴィがいると見ていいだろう」
「ふーん……中心部までの距離はどんくらいあるんだ?」
「インヘルムはヴァルハラに比べればかなり小さい大陸だ。だが吹雪の中にも魔物がおり、それらに気を配りながら極寒の大地を移動するとなると……数日は掛かると見るべきであろうな」
「何日も吹雪の中を歩くのか……面倒だな」
「移動手段は俺が。歩くより遥かに速いと思います」
あの人の力があればかなり速く移動出来る筈だ。
寒さを防げるかは分からないが、レーヴァテインの力も借りれば多少は凌げるだろう。
「レヴィが捕らえられている場所も仲間の力を借りれば分かると思います。救出は俺1人で……多分その方がバレないかと」
ソロモンなら大体の位置は分かるし転移も出来る。さらにハディスを被れば気配も消せるし単独で行動した方が都合がいい。
ただ、レヴィの周りに誰かがいると厄介ではある。
さすがに魔王はいないと思うが……。
「よし、移動と救出は任せるわ。で、問題はどうやって奴らの気を逸らすかってとこか」
「それなんだがな……1つ策を思いついた」
ケルト王の話に全員耳を傾ける。
なるほど……確かにそれなら上手くいくかもしれない。
レヴィを連れ出した後の追撃も振り切りやすくなるだろう。
「思えばこの地図を作った彼奴は、当時から不穏な動きを察知していたのだろう。だが、あんなことになってしまい、結局うやむやに……まぁ、とにかくこれならばケルトとしても……いや世界全体が助かるだろうし、俺が顔を出せば奴らは勘違いするやもしれん。レヴィを助けに来た訳ではなく、ケルトが魔族の陰謀を潰しに来たとな。これらを潰せば魔族は思うように動けなくなる……混乱に乗じてレヴィを救える可能性は高い」
「名案です陛下……というかこれしかない」
「同感だな。だが、恐らくここには主力級の魔物がうじゃうじゃいやがるぞ。上手くやらなきゃ囲まれて終わりだな。ちなみに脱出の方法は?」
「転移が出来る仲間がいます。レヴィを救出し次第、集合して脱出しましょう」
「よし……行けそうじゃねぇか。んじゃ派手に暴れてやるとするかね」
「私は皆さんのサポートを。これが壊れれば私にとっては有利になりますしね」
「みなさん……どうかよろしくお願いします」
「必ず上手くいく。我らなら出来るさ」
「めんどくせぇがやってやるよ」
「私も全力を出します。地形が変わっても問題ないですからね」
さらっと恐ろしいことを言ったな……。
でも、本当に3人とも頼りになる。
そして……本当にありがたい。
「ありがとうございます……」
「絶対に5人で帰りましょう! ロードさん!」




