第74話:緊張感
「ほ、本当なのティア!?」
「うん、間違いない……風がそう言ってる! ロードさんが帰ってきたんだ!」
やばいどうしよう……!
こんなに早く帰ってくるなんて思ってなかったから何も準備してない。
うぅ……どうしたら……とりあえず着替えなきゃ!
「ティア落ち着いて! 頭からパンツを被っている場合じゃないわよ!」
「はっ!? ど、ど、ど、どうしようお母さん! 私レヴィさんみたいに綺麗じゃないからっ……!」
「そんな弱気じゃレヴィさんに勝てないよ! 大丈夫……あなたはあなたのままでいいの!」
べ、別にロードさんを自分のものにしたいとかそんなんじゃなくていや何を考えてるんだ私はダメだダメダメ違う違う確かにロードさんとそんな仲になれたら嬉しいけどレヴィさんとも仲良くしたいしあーどうしようこんな気持ちじゃ会えないよ2人には沢山よくして貰ってるから恩返ししたいだけなんだでもロードさんは優しくて素敵だしそんな人の側にいれたらなってそんなことを考えているのは間違いないけど2人はお似合いだし諦めようかなとも思ったけどそれを考えるとすごく胸が苦しくなっていてもたってもいられなくなっちゃうだからってそんな自己中心的な考えで2人の間に入るのも嫌だし私はいったいどうしたらいいの!?
「……ィア……ティア!」
「はっ!?」
ま、また自分の世界に入ってしまった。
ロードさんと別れてイストに来てからというもの……彼のことを考えるといつもこうなってしまう。
いつの間にこんな妄想女に……恥ずかしい……。
「ティア、よく聞いて」
「う、うん……」
「レヴィさんに勝つっていうのは、彼女からロードさんを奪うって意味じゃないの。あなたが本気ならその気持ちを伝えるべき。ただ、レヴィさんはロードさんのことを本気で想っている……だからあなたもそれに負けないくらい強い気持ちがなきゃダメ」
「うん……そうだよね……」
「気持ちを伝えたかったらあなたもそれくらい想わないと。生半可な気持ちだったらやめなさい。それは言うだけ失礼だから。たとえ断られると分かっていても、本気ならきっと前向きになれる。だから、頑張れティア!」
言葉にしないと伝わらないこともある。
だから本気で伝えよう。
お母さんが言うように、本気で伝えればきっと〝言ってよかった〟って思えるから。
「うん! 頑張ってみる!」
「よしよし。じゃ、早く頭からパンツ脱いで!」
「うん!」
その時、外から馬の蹄の音が聞こえてきた。
小気味よく鳴り響くその音が家のすぐ前で止まる。
私は急いでパンツを脱いでお母さんに渡し、玄関へと駆け出した。
あれからそんなに時間は経っていない。
けど、ずっとロードさんのことを想っていたからだろう、なんだかすごく長い間……彼を待っていた気がする。
私は扉の前で彼の帰りを待っていた。
胸が高鳴る……段々と周りの音が消えていき、いつしか自分の鼓動だけが聞こえていた。
そのリズムを打ち消すかの様に、やがてトントンと扉がノックされる。
私は深呼吸した後、ゆっくりと扉を開けた。
光が私の目を眩ませる。
けど、私には……優しく笑うロードさんの姿がはっきり見えた。
「ただいま……ティア」
ああ……やっぱり……。
「おかえりなさい……ロードさん」
私はこの人が好きだ。
「元気そうだな。お母さんは?」
「あ、今お料理を作ってます。風がロードさんの帰りを知らせてくれたから……」
「え? すごいな……そんなことも分かるんだ」
「えへへ……まぁ努力を……あ、レヴィさんもお久しぶりです!」
「ティア様お久しぶりですね。視界に入っていないのかと心配になりましたよ……ククク」
「あ、あはは……やだなーそんな訳ないじゃないですかー……」
う……確かにロードさんしか見てなかっ……あれ?
知らない女の人が……。
「あ、あなたは……?」
「あ、初めまして。私は隣の家に住んでいたアスナと言います。ティアちゃんのことは聞いてるよ。よろしくね」
女の人増えてるー……。
しかもめちゃくちゃ綺麗だし……。
というか隣の家にって言ったよね今!?
つまり……所謂幼馴染……!
お母さん……また1人強敵が現れたよぉ……。
「あ、そ、そうなんですね! よろしくお願いしますっ! と、とりあえずどうぞ……って、ここはロードさんの家でしたね……」
「一応な。でも今は2人の家だから気にしないでくれ。お邪魔します……ってのもなんか不自然か。やっぱり……ただいまでいいかな?」
「はいっ! おかえりなさいっ!」
が、頑張れ私!
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なんだこの妙な緊張感は……。
ティアのお母さん……フィンティさんが足りない食材を買いに行くと言って出掛けた後、俺達4人は丸テーブルを囲って紅茶を飲んでいた。
だが……誰1人何も喋らない。
皆黙々と紅茶を飲み、フィンティさんが焼いたクッキーを食べる。
クッキーを噛む音すらはばかられる空間に、俺の体温がどんどん上昇していく。
俺は悪いことをした覚えはない。
ないのだが……何故か妙な罪悪感を抱いていた。
その空気に居た堪れなくなった俺は、助けを求める様にレヴィを見る。
しかし、レヴィは真顔で紅茶を飲んでいた。
こ、怖い……。
ふと残る2人を見てみるが、どこを見ているか分からない目で紅茶を飲んでいる。
虚空を見つめ、互いに一切目を合わそうとしない。
時の刻みと俺の鼓動がリンクし始めた頃、脳内ではトンカチで鋼を叩くドワーフの姿が浮かび上がっていた。
ドワーフはニヤニヤ笑いながら赤熱に光る鋼を叩く。
カンッカンッというそのリズムは俺の鼓動の音とリンクしている。
そこにカチッカチッという俺の鼓動より少し早い時を刻む音が俺を急かす様に鳴り響き始めた。
何かを言えというのか。
この俺に、鋼を叩いて形を変えろと……そう言うのか。
…………無理だ。
無理無理無理。
そんな勇気はない。
魔物やドラゴンならいくらでも相手になろう。
だが、この空気はSSSSランク。
俺の領分を超えている。
俺は咄嗟に腰にぶら下げてある手帳を掴む。
そ、そうだ……また新しい人が増えたんだった。
か、確認しなきゃなぁ……いっぱい増えたからなぁ……。
誰に言い訳をしているのか自分でも分からないがそうしなければ動けなかった。
手帳のページを捲っていく。
金属で出来ているせいで捲る度にカチカチ音を鳴らしていた。
その音さえ出してはならないという、半ば強迫観念じみた何かが俺を襲う。
新しく10人もの武具達が増えたというのにその喜びを表せないとは……。
とりあえず心の中で言っておこう……みんなありがとう。
「んっんー……」
ひっ……!?
ああ……ティアの咳払いか……。
何故だ……馬車の中では仲良くしていたアスナとすらレヴィは話そうとしない。
ひょっとして……ティアの存在が空気を変えた?
「レヴィさん」
ティアが……喋った……!
「なんでしょう……ティア様」
声に抑揚がないよぅ……。
「その〝様〟って付けるの……やめて欲しいんですけど」
「む……」
「アスナさんには付けてないですよね? 私もそうして下さい。あと敬語もやめて下さい」
「……分かった。その代わりティアも敬語はなしね。さん付けもなし。どう?」
「……いいよ。アスナもいいよね?」
「ええ……もちろん」
心臓が痛いよぅ……。
「で、アスナはロードさんの……何?」
「私は……幼馴染……だよ」
「ふ、ふーん……」
「ティアは?」
「わ、私は……た、助けて貰った人……」
「へ、へぇ……」
なんだこの会話……。
「ティア、アスナ……言っておくけど……」
「「な、なによ」」
なんだこの妙な一体感……。
「ロード様はハンバーグが好き……覚えておきなさい」
「なっ……!」
「レヴィちゃん……!」
何が行われているんだ……。
確かにハンバーグは好きだけども……!
「レヴィ……なんの真似……!?」
「別に……ただ、教えてあげただけ」
なんちゅう顔で……。
「くっ! レヴィちゃんあなたそうやって!」
「私達をバカにしてっ!」
えぇ……。
「ククク……まだまだあるけど……どうする?」
こんなやりとりが暫く続いた。
俺は何も出来ず、ただの置物状態。
考えるのをやめ……俺は窓から外を見る。
いい天気だ。
「とりあえず……アスナの話を聞かせてもらえる?」
お、流れが変わった。
よしここは……!
「あ、じゃあ俺……」
「ロード様は黙ってて下さい」
「……はい」
ダメでした。
「私が話すわ。アスナ、いいよね?」
「うん……もちろん」
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「あんまりだよぉ……酷過ぎるよぉ……」
ティアはポロポロ涙を流してレヴィの話を聞いていた。
レヴィとアスナの目も赤くなっている。
「ありがとう……ティア……」
「だからアスナはここに来たの。この町なら安心出来るから……」
「そっかぁ……でもアスナが生きててよかったぁ……おかえりぃ……」
「ティア……ただいま……」
そう言って抱き合う2人。
よかった……本当によかったっ……!
これならイストで2人仲良くやってくれるだろう。
あ、そうだ。
緊張し過ぎて忘れてた。
「俺ちょっと出掛けてくる」
「む、ロード様どちらに?」
「ちょっとな……1人で行きたいんだ。大丈夫、すぐ戻るよ」
「そうですか……くれぐれもお気をつけて」
彼女達を残して家を出る。
さて、花を摘んでいくか。




