第72話:誇り
「さ、行くか」
「はい、ロード様」
「うんっ」
昨日のうちに荷物は馬車に積んでおいたし、後は陛下に挨拶するだけだ。
結局町を見れたのは1日だけか……ま、ゆっくり観光なんてしている場合じゃないからな。
全部終わったらみんなと一緒に世界を回るのもいいかもしれない……うん、きっと楽しい旅になる。
部屋を出ると、そこにはエディさんがいた。
どうやら丁度俺達を呼びに来たらしい。
「エディさん……お世話になりました」
「ふ……世話になったのはこちらだと……いや、もう言うまい。陛下がお待ちだ。こちらへ……」
彼に案内されて城の中を進む。
謁見の間に向かっているのだと思っていたのだが、エディさんは階段を下り始めた。
あれ……確か……。
「エディさんこっちじゃ……」
「陛下は城の外で待っておられる。君達の旅立ちを見送りたいのであろう」
「そうでしたか……ありがとうございます」
「礼なら陛下に……さ、参ろう」
階段を下り、ケルト城の立派なエントランスに辿り着く。
すると、城の外へと続く門までの道を囲う様に兵士達が並んでいた。
そして、その先にある門の前には初めて見る男性と女性、そしてその2人の子供と思われる男の子の3人が立っていた。
「あっ……」
その3人を見たアスナはその場で立ち止まってしまう。
そうか……この人達が……。
俺がアスナの背中を押すと、彼女は少し不安げな表情で俺を見た。
俺とレヴィが笑って頷くと、アスナは少し俯いた後、顔を上げ、前を向いてゆっくりと歩み始めた。
やがてその家族の前に立つと、アスナは深々と頭を……。
「アスナさん……!」
「え……」
頭を下げようとしたアスナを女性が止める。
そして、女性と男性が深々と頭を下げた。
「そんな……私が……!」
「あなたは悪くない……悪いのは私達です」
「アスナさんすまない……俺達は……どうしたらいいか分からなかったのだが……陛下が手紙を下さったんだ。だから、ここに来ることが出来た……本当にすまない……!」
陛下が……敵わないな……。
「そんな……陛下が……で、でも、私が……弱かったから……だから私が……!」
女性は泣きながらアスナに首を振る。
男性もまた、拳を握りしめ目をつぶっていた。
「一昨日……アスナさんとロードさん……それにエディ様と陛下の話を聞いて、ずっと後悔していました。なんで……なんであなたに手を差し伸べることが出来なかったのだろうって! ずっと苦しんでいたあなたを更に苦しめてしまった……無能なんて関係ない……あなたを助けなくちゃ……その強さが私達にあれば……! ごめんなさいっ……!」
「そんな……わたっ……私も怖い思いをさせてごめんなさいっ……!」
すると、その様子を見ていた男の子がアスナに歩み寄る。
そして、アスナの顔を見つめてはっきりと言った。
「僕全然怖くなかったよ! いっぱい汚れてたから、大丈夫かなって心配しちゃったんだぁ……」
ああ……。
「あ……あ……」
「それに、お姉ちゃんいい人だもん! だってお姉ちゃんいなくなっちゃう前に〝ごめんね〟って言ってたから。だからいい人だよ!」
だから俺は……戦える。
「うっ……ううっ……ごめんね……ごめんねっ……うっ……うっ……」
「お姉ちゃんは悪くないよっ! だから泣かないで……」
「違うの……大丈夫……これはね、嬉しくて泣いてるんだぁ……だから、ありがとう……!」
俺は涙を抑えられなかった。
それは、周りにいた兵士達も同じらしい。
レヴィも流れる涙を拭わずに、その光景を目に焼き付けているようだ。
小さな勇者が1人の心を救う……その姿を。
その時、巨大な門が開かれる。
視界を遮っていたその門の先に、ケルト王の姿があった。
そして、その背後には大勢の人の姿が……。
「我らケルトの誇りとは!」
『万感の思いを魂に乗せて!!』
「決して臆することはなく!」
『我らの天命を高らかに全うし!!』
「五体が朽ち果てるその日まで!」
『真の強さを求め抜くものなり!!』
「故にケルトの魂は!」
『気炎万丈の信念とならん!!』
王の導きが、民衆にケルトの誇りを紡がせていた。
言葉が出ない。
俺はただただ圧倒されていた。
「我らは二度と忘れぬ。そして、二度と間違えない。皆、同じ想いだ。それを伝えたかった……さらばだ勇者よ。また……会おう」
俺達は前に出て深々と頭を下げる。
みんなも胸に手を当てて頭を下げてくれた。
もうこれ以上、言葉はいらなかった。
民衆は左右に分かれ、俺達に道を示してくれていた。
俺達はケルト王に一礼した後その道を進む。
辛いことも多い。
沢山の悲しみもあった。
でも、一つひとつ乗り越えていく。
その先にこうして道がひらかれるんだ。
だから進もう。
覚悟を持とう。
この道は、俺1人の道ではないのだから。
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魔族の大陸インヘルム。
永遠の氷に閉ざされた極寒の大陸……だが、それは事実とは少し異なっていた。
海から見ればそう見えるかもしれないが、大陸の中央には魔術により吹雪を抑えた空間がある。
大体の魔族や魔物達はそこで暮らしており、そのことを人間達は知らない。
ある程度の食料はそれで確保出来てはいるのだが、やはり豊かなヴァルハラに比べれば雀の涙といったところだろう。
当然魔族もまた、竜族と変わらずヴァルハラを我が物にせんと狙っていた。
冒険者の弱体化……先に行った調査攻撃での戦果は、それを裏付けるものだと言える。
一部例外を除き、ほとんど全てが予想の範囲内。
これならば全てとはいかぬまでも一国を落として魔族の領土にし、それを奪還しようとする人間達を撃退出来ると踏んでいた。
とはいえ勇者ロイを筆頭としたSSSランクの冒険者達は厄介な存在である。
いかに魔族の王……つまり現魔王が歴代最強と言われる強者であっても、彼ら全てを相手にすれば必ず勝てる保証はない。
せめてあと1つ……その、足りないあと1つの決め手が見つかれば、いつでもヴァルハラに攻め込む準備は出来ていた。
そして、それは偶然見つかることとなる。
報せを聞いた魔王は、すぐさま確証を取るよう配下に命じた。
その結果、間違いなくそれは魔王が望むものであると確信するに至る。
その瞬間から、魔族のヴァルハラ侵攻が現実のものとなったのだ。
既にヴァルハラの南には、多くの魔物を送り込んである。
狙うはケルト。
あの堅牢な町を奪うことが出来れば、それ以上ない魔城を建設することが出来る。
また、インヘルムからも近く、増員することも容易い。
そして何より、オリンポスを潰すための前線基地としてケルトは最適な場所にあった。
ただ、やはり竜族という存在が魔族の前に立ちはだかる。
魔族も竜族も互いを互いに嫌悪していた。
ヴァルハラ奪還に於いて、どうしても避けられない障害。
魔族がヴァルハラに侵攻すれば必ず竜族も動く。
それは明白だった。
最悪の場合人間と竜族に挟まれることも多分にあり得る。
それでも魔王は突き進む。
偶然見つけたある存在が、それすら打ち破る可能性を秘めていると考えていたからだ。
とにかく今は、その最後の決め手となるものを手にするのみ。
今インヘルムは、人間達の知らぬ間に着々と戦争準備を進めているのだった。
大陸の中心にそびえるインヘルム城。
その謁見の間に、魔王の配下で最強の魔族達が集まっていた。
魔王が座る玉座の前で4人は既に跪き、ただ静かに魔王の登場を待つ。
この4人こそ、魔王を頂点としたピラミッドに於いて、その次席に座る者達であった。
彼らは時代が時代ならば、魔王と呼ばれたかもしれない程の力を持っていた。
しかし、現魔王はそれを軽く凌駕する。
故に4人は、偽りなくその場に跪いていた。
ただただ魔王に尊敬と畏怖の念を抱いて。
やがてコツコツと、広い謁見の間に足音が響き始める。
その音に4人は緊張感を高めた。
そうして静かに現れた魔王は玉座に座り、足を組んで肩肘をつく。
彼の見た目は20代後半、しかし実際は5000年近くの長い時を生きている。
金色の髪に白い肌、黒いコートの様な服を身に纏ったその姿は人間とそう変わらない。
だが、中身はまるで別物。
膨大な魔力をその身に宿し、強靭な肉体から生み出される攻撃はあらゆるものを無慈悲に破壊する。
歴代最強と謳われるこの魔王の名はゼノ。
魔を冠するものならば、その全てが跪く絶対者である。
「首尾はどうか」
短く発せられた魔王の言葉。
4人は顔を上げ、それぞれが簡潔に言葉を返す。
「は……準備は滞りなく」
「魔物共も血に飢えておりまする」
「魔王様の望むままに」
「後は時を待つのみ……」
「そうか。なればよい」
魔王は微かに笑みを浮かべる。
4人がそんな表情をする魔王を見たのはいつ以来のことであろうか。
「ただ魔王様……気掛かりなことが」
「なんだハドラス。申してみよ」
「はい。対象は魔王様には遥か及ばず……その力は我らより劣るかと……」
「たわけ」
僅かに魔王の言葉に怒気が含まれていた。
4人に緊張が走る。
とはいえこれは4人の総意。
代表してハドラスが言ったに過ぎない。
「いらぬ心配をするでない。あれは間違いなく……今は見えずとも、余に匹敵する力があれにはある」
「は……申し訳ありません。魔王様の真意に届かず……」
「よい、これは余も伝えておらぬこと。それにしても……」
魔王は再びニヤリと笑う。
4人にはそれが最大の恐怖だった。
「楽しみだ」




