第71話:幸せ
「やはり見えませんね……魔法の欄だけ空白になっています」
「そうか……」
「大丈夫分かってたから……気にしないで」
部屋に戻った後、レヴィにアスナを〝視て〟貰ったのだが、やはり彼女の魔法に関する記述だけがすっぽりと抜け落ちているらしい。
アスナはそれでも気丈に振る舞っていたが、レヴィが彼女をそっと抱きしめると、アスナはレヴィの背中に手を回して顔を肩に埋めた。
今までは生きるか死ぬか……1日を生きることに精一杯だった筈だ。
だが少し落ち着いた今、改めて魔法が使えないという事実を突き付けられるのは……辛いだろうな。
あ、そういえば……。
「レヴィ、アスナのスキルや特技は?」
「あ、はい。特技はありませんが、スキルはなかなかいいものをお持ちです。アスナのスキルは〝魔力耐性〟といって、魔力から生み出される攻撃を軽減出来るというものです。つまり魔法はもちろん、魔術やドラゴンの息吹などのダメージを弱めることが可能なんです。また、魔力が込められた薬などにも耐性がありますね」
「そうなんだ……そんな力が……」
なるほど……飲み物に何かを入れられたのにも拘らずアスナが眠らなかったのは、その力のおかげだったのかもしれないな。
もちろん様々な効能を持った素材だけで作るものもあるが、材料の代わりに魔力を込めることでそういった力を持たせることがある。
まぁ、アスナからしたら嫌な記憶だが……奴らがどうやっているかは知ることが出来た。
「ロード様、イストにはいつ?」
「明日必要な物の買い込みをして、明後日の朝ケルトを出よう。イストまで割と距離はあるが、エポリィに任せればだいぶ早く着ける筈だ。アスナはなるべく人目に触れさせたくない……基本野宿で行こう」
「かしこまりました」
「うん、分かった」
明日にはケルトで無能の少女が死んだという記事がでるだろう……イストまで行けばみんながアスナを守ってくれる。
一応、明日ガガンさんに連絡を入れとくか。
「さ、今日はもう寝よう。2人はベッドを使ってくれ」
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「どうやら眠ったみたい……」
「うん……疲れてたのかな……」
ロード様は灯りを消してすぐに寝息を立て始めた。
旅の疲れもあるのだろう、かくいう私もちょっと眠い。
でも、隣にいたアスナのことが気になり、眠気よりもそちらが勝っていた。
アスナは……ロード様のことを……。
「レヴィちゃん……ロードのこと好きでしょ」
「なぁっ!?」
「しーっ! ロードが起きちゃうから……」
「ご、ごめん……でも、なんでそんなこと……」
はっきり言わなくても……。
「ふふっ……見てれば分かるよ」
「うぅ……じゃあ……アスナは?」
私の言葉に、彼女はとても切ない顔をする。
恥ずかしいような、それでいて悲しいような……それを見ているだけでなんだか胸が痛くなった。
「私は……私にはそんな資格……ないから」
「アスナ……」
聞いたことを少し後悔した。
私だって見ていれば分かる。
アスナがロード様を好きだってことくらい。
「いいの……ロードに〝ありがとう〟って言って貰えたから。それだけで……本当にそれだけで幸せだった。だから……もういいの」
「で、でもロード様はきっと……」
「レヴィちゃん……ロードは優しいでしょ?」
「う、うん……」
「ロードもきっと……あなたが好き。私と話をしている時、ずっとレヴィちゃんを気にしてたもん。だから……いいの」
ロード様とアスナは、私より長い時を一緒に過ごしている。
正直羨ましいと……そう思っていた。
「私ね……なんでロードにあんなことをしてしまったのか……今でも分からないの。あんなに優しくて、あんなに楽しく一緒に過ごしてきたのに……なんらかの影響があったのは分かってる。でも……それでも自分が許せない。だから、私は今のままで十分幸せ。ロードに謝ることが出来て、ロードが普通に接してくれただけで……それに、レヴィちゃんには勝てないもん」
そう言って、彼女は笑った。
私が逆の立場なら……素直にそう言えただろうか。
ロード様のことを自分より知らない、ましてや会ったばかりの人に……。
「アスナ……私は……」
「レヴィちゃんも優しいね。だから、私はあなたに勝てない……ううん、勝つつもりもない。私はイストで2人の旅の無事を祈ってるつもり。そうさせて?」
アスナが私の手を掴む。
私はそれを強く握りしめた。
「アスナ……全部終わったら一緒に住もう?」
「え……でもロードは多分……」
「大丈夫。2人で言えば……ね?」
「あ、そっか……ロードは……」
「「優しいから」」
2人して笑ってしまう。
あ、そう言えば……。
「忘れてた。もう1人いるんだった……私達と同じ人が」
「え……ロードモテるなぁ……あはは……」
「困っちゃうね……」
「しょうがないよ。私達も同じでしょ?」
「む、確かに……ふふっ」
アスナと話せてよかった。
やっぱり……ちゃんと言葉にしなきゃ駄目だ。
こうやって、みんな分かり合える。
握った手の温もりが……それを私に教えてくれていた。
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竜の大陸ドラゴニア。
荒れ果てたその死の大地には、かつて人間に敗れ、ヴァルハラから追い出された竜達が住んでいた。
竜の命は長く、強い。
故に彼らは数を減らすこともなく……いや、むしろしたたかに力を蓄えていた。
もちろん中には血肉と魔力に飢え、胃と欲望を満たさんと海を渡るものもいる。
だが、そんな竜達はまだ若く、そして無知であった。
本物の強き竜達は人間の強さを知っている。
だから、おいそれとドラゴニアを出ない。
ヴァルハラに向かう竜のことを、ドラゴニアに残る竜達は〝無能〟と呼んでいた。
人間世界の無能とは意味合いが少し違うが、要はいらない存在だということだ。
ドラゴニアで長く生きた竜こそが本物の竜。
そしてそんな竜達こそ、本気で人間と魔族を滅ぼし、世界の頂点を狙っている存在だった。
ドラゴニア最大の火山であるザッグラーマ。
竜達の言葉で〝神の頂〟と呼ばれるその山の頂上、煮えたぎるマグマが見える火口を囲み、今7匹の竜がそこに集結していた。
竜の種類は大きく分けて7種類。
飛翔能力に特化した翼爪竜種。
息吹が最も強力だと言われる息吹竜種。
竜種の中で最大の巨躯を誇る大竜種。
巨大な腕を持つ巨腕竜種。
いくつもの頭を持つ多頭竜種。
海を根城とする海竜種。
そして、最強の竜と呼ばれる天竜種。
ザッグラーマを囲む7匹の竜は、それぞれの種族の長達である。
正直彼らの仲はあまりよくなかった。
各々自分の種族こそが最強だという自負があり、それぞれの種族は話し合うことなど、ましてや協力することなどあり得なかったのだ。
だが、それは数百年前までの話。
ある1匹の竜がそれを変えた。
その者こそノヴァグーンの長であり、現ドラゴニアの王……竜王ヨルムンガンドである。
「皆……よくぞ集まってくれた……」
今の人間達はあまり知らないが、長く生きた竜は言葉を話す。
ヴァルハラに向かう竜はそれだけ若く、弱い竜がほとんどだということだ。
ヨルムンガンドの言葉に他の竜達はこうべを垂れる。
皆、ヨルムンガンドが最強だと理解しているからだ。
ただ、他の竜達が彼に従うのは、その強さによるものだけでは無い。
ヨルムンガンドには王としての資質があった。
彼の言葉には不思議な力があり、かつての竜達にはなかった絆というものを生み出すこととなる。
ヨルムンガンドはいうなれば竜達の勇者であった。
彼がいればヴァルハラを竜の大陸にすることが出来るかもしれないと、そう本気で思わせる何かが彼にはある。
だからこそ他の竜達は彼の下、力を合わせようと決めたのだった。
「我が王……時は近いのですね」
そう呟いたのは巨腕竜種の長であるザッハーク。
巨大な腕を大地に下ろし、彼はニヤリと笑った。
「先日の偵察結果も上々……やはり我らの思惑通り」
翼爪竜種の長ヴィーヴルは、自身の配下を使い各町を襲わせていた。
「海側は全くもって歯応えがない。いつでも喰い千切れよう」
人間世界は平和が続いている。
陸や空はまだしも、海からの攻撃などとうの昔に廃れていた。
もはや海竜種の長、ウンセギラからすれば、その防御力など紙屑同然である。
「我が眷属はゆるりと……足が遅くてすまぬ」
大竜種の長であるファーブニルは、そう言って溜息をつく。
その吐息で大気が揺れていた。
「気を病むなファーブニル」
「そうそう……みんな得手不得手があるでな」
「我らはよく五月蝿いと言われるしなぁ!」
「その巨躯は我らの盾ぞ矛ぞ」
「この辺にしておこう。話が長引く」
一斉に喋り出したのは多頭竜種の長、ミドガルズオルム。
牙には猛毒があり、かすっただけでその者の命を容易に奪う。
10の頭を持つ多頭竜種最強の竜である。
「ぬはは! 王よ! 我が息の吐きどころ……任せてよいのだな?」
彼は唯一全属性を吐き出すことが出来る息吹竜種の長、ニーズヘッグ。
息吹に於いて右に出る者はいない。
「さぁ、爪を研ごう。牙を剥き出しに。息吹はとうに溜め終えた。凱旋の日は最早目前。ヴァルハラは……我らのものぞ」
7匹の号砲が、赤く染まる雲を貫き天に昇る。
黒き竜王が舵を取り、ヴァルハラを赤く染め上げんと唸りを上げていた。
真の竜達は想いを馳せる。
欲望の枷を、竜の勇者が断ち切るその日まで。




