第67話:強さ
受け止めた斧を強引に力で押し返し、そのまま槍を絡めて弾き飛ばした。
くるくると宙を舞った斧が地面に突き刺さると、頭から布を被った処刑人はそのまま2、3歩後退する。
俺は目で周りを牽制しながら、アスナを固定していた木の台を外して彼女を抱き起こした。
「ロードごめん……ごめんねっ……!」
「アスナ……」
何があったのかは分からない。
だがその姿と様子から、かなり悲惨な目にあったことだけは分かる。
綺麗な金髪のポニーテールがトレードマークだった彼女だが、今やその髪はひどく汚れて痛み、髪型はぐちゃぐちゃに乱れていた。
長い間苦しんだのだろう……顔や服もひどく汚れ、すっかり衰弱し切っているのが分かる。
すぐにでも色々と話を聞きたかったのだが、周囲の状況がそれを許してはくれない。
既に俺は、剣を構えた兵士達に取り囲まれていた。
問題はここからだ。
ケルト王が来るまではまだ時間が掛かる……なんとか時を稼がないと。
さっきから俺の背中を民衆の怒号が叩いている。
背中越しに彼らを見ると、誰もが凄まじい形相で叫び続けていた。
「邪魔をするな」や「早く殺せ」、「無能を許すな」といった罵声が折り重なる様に俺の鼓膜を揺らす。
やはり呪縛……加えて群集心理が働いているのだろう。
これはまずいな……このままだと暴動になりかねない。
「アスナ、1つ聞かせてくれ。君は人を……殴ったのか?」
俺の問い掛けに、彼女は弱々しく首を横に振った。
やはりそうか……なら、なんとか出来る筈だ。
その時、1人だけ装備が違う、恐らく指揮官だと思われる男が周りの兵士達を手で制しながら俺に近付いてきた。
「どうする気だロードとやら。私も彼女を救いたいが……民衆がこうなっている以上、最早止めることは叶わんぞ」
予想と違う言葉を掛けられて少し驚いた。
ひょっとするとこの人……。
「今こちらにケルト王が向かっています。俺は陛下の命によりここへ。処刑を止めろと。証拠はこれです」
「なっ、陛下に!? そ、それは……確かに陛下の短剣……! 何があったかは分からぬが……私はケルト騎士団長エディという。だが、こうなっては陛下でも止められるかどうか……この憎悪は異常だ」
やはりこの人がケルト王の言っていた騎士団長さんか。
恐らく彼の目には、俺には見えない何かが見えているのだろう。
それが呪縛に疑問を持たせ、アスナを助けたいと思わせたのかもしれない。
俺も疑問を持つことで呪縛から逃れることが出来た。
つまり、この無能に対する扱いや、異常な憎悪という感情は、その異常さに〝気付く〟ことで打ち消せる可能性が高いと俺は考えていた。
「陛下から聞きました。エディさんの特殊な力……国の人達はそれを知っていますよね?」
「あ、ああ、知られてはいるが……この状況では私が何か言ったところで……」
「その魔石を俺に。話を聞いて貰える土台を作ります。後は陛下が来るまでなんとか……」
「……分かった」
彼にアスナを託し、魔石を受け取った俺は広場を埋め尽くす民衆と向かい合う。
凄まじい怒号と罵声により空気は震え、いつ何が起きてもおかしくない状態だった。
アスナが捕まったのは、確か12日程前。
勇者達とアスナがイストを出たのは俺が死を選んだ翌日だから……大体1ヶ月半前くらいか。
どこをどう回ってケルトに来たかは分からないが、短くない時間を無能としてこの町で過ごしていたみたいだな……。
この様子だと、町の人達はみんなアスナを無能だと知っているのだろう。
でなければこうはならない。
「ヘラクレス!」
手帳から棍棒と弓を取り出し、そしてすぐさま生命を与えると、巨大なヘラクレスがその姿を現した。
民衆はヘラクレスの姿に多少怯んだが、それでも尚アスナへ向けて叫び続けている。
「ヘラクレス、みんなと話がしたい。この場を落ち着かせてくれ」
そう言って俺が耳を塞ぐと、それを理解したのかヘラクレスはニヤリと笑う。
「しっかり押さえておけ……全力を出そう」
そうしてヘラクレスは大きく息を吸い込んだ。
俺は耳を塞ぐ手に力を込める。
「静まれぇい!!!!」
瞬間、大気が揺れた。
声の振動だけで処刑台がガタガタと揺れ、近くにいた俺はその場から吹き飛ばされそうになる。
さ、さすがヘラクレス……!
そのあまりの大声に誰もが耳を押さえ、先程まで怒号に埋め尽くされていた広場があっという間に静寂に包まれた。
ヘラクレスは少し間を空け、再び息を吸い込む。
「驚かせてすまぬ! 皆、色々と思うところがあるのは重々承知! だが、まずは我が所持者の声を聞いて欲しい! 頼む!」
そう言ってヘラクレスは頭を下げてくれた。
「ありがとうヘラクレス……」
「なぁに……軽いものよ」
フッと笑うヘラクレスに笑顔で返し、俺は魔石を口元に運んで魔力を込めた。
『みなさん……俺の名前はロード=アーヴァイン。ニーベルグ、イストの出身です』
俺がそう言うと、広場がざわつき始めた。
アスナが謝っていたロードというのが俺のことだと気付いたのだろう。
後はニーベルグ闘技大会のこともあるかもしれないな。
ケルト王が知っていたということは、ここでも話題になっていた可能性が高い。
俺は深呼吸をし、息を整えた。
バーンさんすいません。
約束を破ります。
『俺は……俺はかつて無能と呼ばれていました』
俺は今までのことを話す。
生命魔法やクラウンさんのこと、神殿に対する不信感などの重要なことは避けた。
それらは余計な疑念を植え付ける可能性が高い。
今はシンプルに伝えた方がいいだろう。
『誰かが無能という概念を作り、互いに憎しみ合う感情を与えた……世界規模のこの力、誰もそのことに気付くことなど出来なかったでしょう。もちろん無能であった俺も。異常なまでの憎悪に気付いたのは、自分の力を知り、心にゆとりが出来たからだと思います。何故そんなことが起きているかは分かりません。ですが、こんな概念は……無くしたいんです』
当然すぐには理解出来ないであろうことは、もちろん俺も分かっている。
話を聞いて貰える流れを作り、また、考えてくれることで冷静さを取り戻す1つの材料になればいい。
『アスナはかつてイストで一番の魔法使いでした。何故今力を失っているのかは分かりませんが……きっと一時的なものだと思います』
本当は分からないが、ここはこう言うしかない。
民衆はかなりざわめいているが、先程までの怒号や罵声はもう聞こえてこなかった。
みんな何が起きているか分からず、どうしたらいいのか分からないのだろう。
『すぐにはこんな話を信じられないと思いますし、みなさんの不安や混乱する気持ちは分かります。ただ、1つだけ知って欲しいんです。無能と呼ばれる人も……必死で生きています。俺も……このアスナも……必死に! 果たして、どこに境があるのでしょう? 同じ様に笑い、泣き、怒り、喜び、そして……生きる。あなたの前にいるのは物じゃない。人間なんです。間違いなく意思を持った人間なんです……! 魔法が使えないなら人間じゃないなんて……そんなの……そんなの悲し過ぎるじゃないですか……!』
みんな……きっと初めてなんだろう。
無能と呼ばれる人の気持ちを考えることが。
だからこそ悩み……分からなくなる。
今までなんの疑いもなく憎悪を向けていた対象が、今……同じ人間なのだと感じ始めたのだから。
その時俺の肩が叩かれ、振り向くとエディさんが手を差し出していた。
「ありがとうロード君……後は、私に任せてくれ」
「はい……」
彼は俺から魔石を受け取り、民衆と向かい合った。
どうやらもう……迷いはないらしい。
彼の目が、それを物語っていた。
『皆、今一度私の話を聞いて欲しい。私に悪人を見分ける力があることは皆も承知のことだろう。私は気付いていた。彼女が無実であることを……何も出来なかった私を許してくれ』
きっと彼も苦悩したのだろう。
情報誌で取り上げられたくらいだ。
王都ケルトでは知らぬ者のいない事件……事が大きくなり過ぎ、エディさんでは止められないところまでいってしまった。
再調査依頼も無能ということで行われず、ケルト王も自身の病気でそれどころではなかったのだろう。
彼の発言に、みんなが再びざわめき始める。
エディさんはそれを手で制し、静かに話を続けた。
『私自身、無能という存在は嫌悪の対象であった。力が強き者程正しいのだと、そう思っていたからだ。だが、彼女とロード君の話を聞き……私は自分の未熟さ、愚かさに気付いた。彼女は今回、一度も〝自分は殴っていない〟と言わなかった。私が同じ立場なら必死に訴えただろう。誰だって死にたくはない。だが、彼女は全てを受け入れたのだ。暴力を振るおうとし、怖い思いをさせてしまったから……無能だったロード君に、かつて酷いことをしてしまったから……だから彼女は死で償おうとしたのだ。この処刑台に立って尚! 彼女は死に怯えることなく謝罪した! 彼女こそ……真に強き者だと私は思う……! 〝無能だから〟という意識は……変えなければならないのだ!』
『その通りだ』
よかった……なんとか、間に合ったみたいですね。
『陛下……!』
ケルト王が魔石を手に現れると、全員がその場で跪いた。
俺もそれに倣う。
ケルト王は俺の側まで近寄ると、優しい微笑みを浮かべて俺の肩に手を置いた。
「よくぞ止めてくれたロードよ。危うくケルトは……礼を言う」
「陛下……」
最強の王は向き直り、俺に背を向けた。
その背中を見ているだけで、温かい何かに包まれる様な……そんな気持ちになる。
そして彼は、力強く、そして優しい声で民衆に語り始めた。
『皆、面を上げてくれ。そして、どうか聞いて欲しい。俺はつい先程まで……魔法病で死にかけていたのだ』
広場が一気に騒がしくなる。
それを予想していたであろうケルト王は、構わずそのまま話を続けた。
『皆に心配をかけまいと黙っていた……すまない。それに、病になど負けぬと……そう思っていた。だが、所詮は俺も人の子、命は消えかけておった。それをこのロードに救って貰ったのだ。そしてロードと話す中で、俺も無能とは何かを聞いた。すぐには信じられないだろう。だが、次の一言で皆気付く筈だ。今、このアスナが憎い者はいるか?』
広場は静寂に包まれたままだった。
ケルト王は頷き、ゆっくりと話を続ける。
『確かにアスナは殴ろうとはしたのだろう。もちろんそれによる恐怖を与えたことは罰さなければならない。だが、その罰はもう十分に受けていると思うのだが……異議があれば聞こう』
やはり広場は静かなまま、誰もがケルト王の言葉を待つ。
『襲われた家族の気持ちも分かる。だが、どうか俺に免じて……この処刑を止める訳にはいかないだろうか? ……この通りだ』
そう言って、ケルト王は頭を下げた。
その姿に民衆が息を飲むのが分かる。
誰もが敬い、誰もが認める偉大な王だからこそ、その行為は何よりも尊い。
ケルト王は顔を上げ、再び民衆に問い掛けた。
『俺は今日、死すべき運命にあった。だが、生まれ変わったのだ。これは天命であると、俺はそう思う。皆、もう一度考えて欲しい。果たして本当に、無能と呼ばれる者達は悪なのだろうか? 我らケルトの民は誇り高く勇敢な一族……なればこそ、手を差し伸べることこそが……我らが求める真の強さであると、俺は……そう、思うのだ。我らの胸には真の勇気と強き魂がある。さぁ、その誇りを思い出そう。我らの手は……誰かを救う為にあるのだから』
誰もが目を閉じ、胸に手を当てていた。
王の言葉が静かに響き、人々の心を温かく包み込んだのだと……俺は、そう感じたのだった。




