第64話:王
「はぁっはぁっ……! ぐっ……!」
なんとか奴の攻撃を受け切り、俺は一旦身を隠した。
どうやら最後の願いは叶ったが、生きて帰ることは叶わないらしい。
それにしても……何故こんな奴が町の近くまで……!
元々俺が受けた依頼は、この近辺に魔物が度々現れているという情報を基にその調査をするというものだった。
実際先程倒したAランクの魔物を始め、確かに数体の雑魚はいた。
だが、目の前にいるこいつはSランク。しかも、二つ名持ちとまでは言えないが通常個体より強い。
「名前は確か……グヴィリアルだったか……ゴホッゴホッ……! うっ! くそっ……バレたか!」
グヴィリアルは四足歩行の魔物。
全身が黒く長い体毛で覆われているのだが、その一本一本が鋼の様な硬度を持っている。
それを自在に操り攻撃してくるのだが、編みこむ様に毛を絡めたその一撃は、まるで槍の様に鋭く速くそして重い。
また、鋭い牙と爪という武器も併せ持つ、近中距離戦闘型の魔物だ。
今俺が戦っている奴は通常サイズより大きいことに加え、ただでさえ長い体毛が更に長く伸びている。
そう短くはない年月を生きたのだろう……だが、以前の俺なら……。
「ぬぐっ……い、いかん……」
視界が霞む。
症状による吐血に加え、奴に抉られた脇腹からは大量の血が流れていた。
この1ヶ月で急激に力が落ちたことで、自分がもう駄目なのだと悟ってはいたが……。
「ここまでいいようにやられるとは……せめてこいつだけでも……!」
鋼の体毛が次々に俺を貫かんと押し寄せていた。
森の木々を盾にしようとするが、大木でさえ紙切れの様に一瞬で吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ……!」
「ギォォォォオッ!」
この命が尽きるのは既に決まっている。
ただそれが少し早まるだけだ。
出来れば皆に直接別れを告げたかったが……まぁ自業自得だな。
俺の我が儘に付き合わせてすまない……許してくれ。
俺は最後の魔力を渾身の力で練り上げる。
消えかかったこの命……全てを持っていくがいい……だが!
「貴様も道連れだ!」
毛槍が俺の身体を貫かんと押し寄せる中、俺が魔法を発動……。
「はぁぁぁぁぁっ! 叩き潰す王者の剣!」
「なっ……!?」
突如現れた青年が振るった剣により、毛槍が何かに押し潰される様に地面に叩きつけられる。
赤黒い鎧を纏った青年が俺の前に立ち、俺を守るようにグヴィリアルと対峙した。
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「な、き、君は……!?」
「通りすがりの冒険者です。話は後で」
「あ、ああ……ぐっ、ゲホっ! ゲホっ!」
酷い怪我だ……すぐにでも治してあげたいのだが、俺達の目の前にいるこいつを先に片付けないと。
その毛むくじゃらの魔物は、ケニシュヴェルトの力で押し潰された槍の様な何かを必死に引き抜こうとしていた。
「レヴィ、この人を頼む。俺達はこいつをやる」
「かしこまりましたロード様。因みにそいつはグヴィリアル。鋼の如し体毛を武器とする魔物です。お気を付けて。大丈夫ですか? 気をしっかり……」
「はぁっ……はぁっ……す、すまな……ゲホっ!」
「ギォォォォォォォォオッ!」
グヴィリアルとやらが雄叫びを上げ、強引に毛を引き抜こうとしていたが、ケニシュヴェルトの力はその程度ではビクともしない。
王の威厳を形にしたというこの剣は、相手をひれ伏せさせる力がある。
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ケニシュヴェルト 王者の剣
古に存在したという伝説の鍛治、オルキュリアが作成した伝説の剣。
この剣に埋め込まれた魔石には、王という存在の重みが込められているという。
どんなものでも地面にひれ伏せさせる力を持つ。
ただし、発動中何かに触れられると能力は解除されてしまう。
また、自分の力量と同等か、それ以上の相手には通用しない。
武器ランク:【SS】
能力ランク:【SS】
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今は本体ではなく、あの人を襲おうとした体毛に絞って能力を発動している。
効果範囲が決められているらしく、少し離れた位置にいる奴にはまだ届かない。
グヴィリアルは引き抜けないと察したのか、体中の体毛を伸ばし始めた。
どうやら残った毛で俺を攻撃するつもりらしい。
「けど、ちょっと遅かったな」
俺がそう言い終えた瞬間、上空から放たれた灼熱の雷槍がグヴィリアルの頭部をブチ抜いた。
頭を失ったグヴィリアルは、断末魔の悲鳴を上げることも出来ずに地面に崩れ落ちる。
それと同時に、橙色の服を身にまとった彼が上空からスッと現れた。
「ありがとうブリューナク。完璧なタイミングだったな」
「主人が気を引いて下さいましたから。この程度なら軽いものです。では、私はこれで」
「いつもすまないな。またゆっくり呼ぶよ」
「私の望みは既に叶っております故、お気になさらず。では」
ブリューナクを手帳に戻し、傷を負った男性の下に駆け寄った。
傷だらけだが、特に脇腹の傷がかなり酷い。
「き、君は一体……その強さは……」
「話は治ってからにしましょう。よし、エクスカリバーを……」
「お待ち下さいロード様。この方は病に侵されています。かなり重篤な状態ですね……いつ亡くなってもおかしくない。何故こんな身体でここに……しかもあなたは……」
「ははは……話せば長くなるが……最後の我儘といったところかな。そんなことより……君達のおかげで……ケルトで最期を迎えられそうだ……ありがとう」
「大丈夫、最後にはなりませんよ。アスクレピオス!」
手帳からアスクレピオスを呼び出し、すぐに生命を与える。
にこにこ笑いながら現れた彼女は、相変わらずふわふわしていた。
「どうもーロード様ー」
「やぁ、アスクレピオス。早速で悪いんだが……」
「はーい。病気ならお任せあれー」
「こ、これは……召喚魔法なのか? 杖が人に……」
「ありゃりゃ……あなた魔法病ですねぇ。お辛かったでしょう……でも、もう大丈夫ですよ。かなり痛いですが、お覚悟をー」
「い、いったいどういう……」
彼女がぽんっとその人の頭を杖で叩くと、ティアのお母さんと同じ様に胸を押さえて苦しみだした。
だがこれは……。
「ぐ……あぁぁぁぁぁぁあっ! な、なぐっ……ぐぉぉぉぉぉおおおっ!?」
「あ、あの時よりかなり苦しそうだけど……」
「そりゃ魔法病は不治の病ですからねぇ……あの時とは訳が違いますよー。下手したらあと数時間はこのままかなぁ」
「す、数時間!? それって逆に大丈夫なのか……?」
「んー……かなり辛いですよそりゃね? でもこの人は本来なら今日か明日には死んでいたかもしれませんからねぇ。そこまで深刻な状態を治すというのは生半可なもんじゃないのですー」
なるほど……ほとんど生き返らせていると言ってもいいのかもしれない。
だとするなら、この苦しみも仕方がないのか……。
「ロード様、私は馬車をここへ」
「ああ、分かった。俺は水汲んでくる。アスクレピオスはその人を見ててくれ」
「はーい」
空を飛んでいる時に見えた近くの川に行き、トライデントを使い水を玉状にして運ぶ。
ふよふよと浮かぶ水の玉を槍先に浮かべながらその場に戻ると、既にレヴィも馬車を引いて戻ってきていた。
未だに苦しみ続ける彼をアスクレピオスに任せ、俺達は一旦馬車の中に入る。
「あれを数時間……余程悪い状態だったんだな」
地図を開きながら俺がそう呟くと、レヴィはコンパスを俺に渡しながら答えた。
「ええ……アスクレピオス様が仰っていたように、いつ命が尽きてもおかしくない状態でした。というより、今生きていることが奇跡……そう言っても過言ではないです」
「そうか……レヴィ、あの人の名前は?」
身体の状態を知っているということは、あの人を〝視た〟ということだ。
かなり高そうな鎧を着ているし、高ランクの冒険者か、仲間とはぐれた商人や貴族の可能性もある。
有名な人なら知っているかもしれない。
「それなんですが……あの方の名前はオーランド=ガドリック=ケルト……」
「え? それってまさか……!」
「ええ、ケルトの国王陛下に間違いありません」




