第524話:おかわり
「ど、どんどん動きが……」
何十という打ち合いの中、バフォメットの動きは洗練され、その一切に無駄がなくなっていく。
それもその筈。
世界最高峰の冒険者であるドラグニスは、まさに最高の生きた教材。
故に成長する。爆発的に。
当然、ドラグニスとて気づいている。
いや、正確には最初から気づいていた。
だからこそ分からせにいったのだ。
"貴様では敵わない"と。"泣いて許しを乞え"と。
おそらく無駄だろうと理解しつつも。
しかし、彼にとってはどちらでもよかった。
バフォメットが折れようが折れまいがどちらでも構わない。
いずれにしろ、最終的には、己が勝つのだからと。
「ちッ……」
手数が百を超えた頃、この戦いにおいて初めて、バフォメットの読みがドラグニスを上回る。
ここまでドラグニスは、翼爪竜種の飛行能力と、巨腕竜種の腕を使用した単純な肉弾戦のみで戦っていた。
本来の彼の力ならば、多種多様なドラゴンの力を組み合わせ、より複雑で、より圧倒的な戦闘を見せることが出来ただろう。
しかし、ジェイドの奥義、"擬・4次元空間"を破るため、力の大半を捧げた今の彼には、様々な力を繰り出すだけの余力がなかった。
無論、彼はそれを言い訳にしない。
それどころか、口に出すのは当然として、"全開時ならば"などと思うことすらない。
先に彼がルカに語った通り、彼にとって戦いとは"今"、どちらが強いのか。
ただ、それだけのことなのである。
「ドラグッ……!」
回避した先に放たれた、まさしく致死の拳。
かわすことは不可能。
かと言って受ければ、肉体に大きなダメージが入る。
「かァッ!!」
刹那に選択されたのは、魔力量を大幅に絞った"破壊の息吹"。
全力の1割にも満たないそれは、はたして彼の狙った通り、バフォメットの右腕を跡形もなく消し飛ばした。
だが、その閃光を、バフォメットは嬉しそうに眺めていた。
「……クハハッ」
つられるように、彼もまた声を出して笑った。
根本から消し飛んだバフォメットの右腕が、一瞬で元へと戻る傍らで、山羊頭の口角が限界まで開かれる。
その深淵の如き喉奥に、ドラグニスは眩い光を見た。
『ボァァァァァァァァァァアッ!!!』
そうして、咆哮とともに放たれた青い閃光。
不可避のそれはドラグニスを飲み込み、雲一つない北の空に一筋の線を描いた。
「くッ……うぐ……!」
凄まじい光と衝撃派に、ルカは全身に力を込める。
そして僅かに振り返り、虚な表情で両手を前に突き出したまま佇むディーを見つめた。
やがて光が消えた頃、ルカは目の前の光景に愕然とする。
「なに……これ……」
空中にいたドラグニスに向けて放たれたはずのそれは、大地を大きく抉り、遠く離れた森の始まりまでずっと続いていた。
「ほ、方向がズレてたら……」
50万の民が消し飛ぶか、またはベンディゴの街が瓦礫の山と化すか。
どちらになっていてもおかしくはなかったと、そう思わせるほどの凄まじい破壊力に、ルカは身震いを覚える。
バフォメットが放ったそれは、当然ドラグニスのものを真似てはいたが、実際は似て非なる全くの別物。
体内の魔力を別のものへと変換し放出するドラグニスの息吹とは違い、バフォメットは魔力そのものを凝縮させ、ただ単純に体外へと吐き出しただけである。
本来質量を持たない魔力に、これだけの破壊力を付与するその技は、魔法ではなく、魔族の使う魔術に近いものであった。
『ボォォォォァァァァァアァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアァァァァァアッ!!!!!!!』
「くッ!?」
ルカの耳をつんざくそれは、歓喜の雄叫びであった。
強者と戦い、それを超えることでしか得られない快感。
生まれたばかりの彼にとって、それは至上のものであった。
もはや、なんのために戦っていたかすら、忘れるほどに。
そして、雄叫びがピタリと止まったその直後────
「……ッ!」
ぐるりと、首だけが回り、獣の瞳が彼女を捉えた。
途端に、ルカの背筋に悪寒が走る。
そして、全身の毛穴が開く感覚とともに、大量の汗が溢れ出すのを彼女は確かに感じていた。
だが、それでも彼女は全身に魔力をたぎらせ、バフォメットを睨みつけた。
背負ったものを、守るために。
「ここから少しでも……はッ!?」
ディーを動かせない以上、その場を離れ、距離をとりながら戦うしかないと、彼女はそう考えていた。
加えて、もし仮にドラグニスが生きていれば、共に戦うことが出来るかもしれない。
そんな頭もあった。
だが、それらが無意味であったということを、彼女は瞬時に理解した。
バフォメットが、口を大きく開いたその直後に。
"餌となる魔力を食べること"。
それが、彼らバフォメットの最大にして唯一の目的であった。
しかし、彼は先に知ってしまったのだ。
いや、順序はあっていたのだろう。
魔力を食べるためには、戦いに勝たねばならないのだから。
ただ、最初のそれにしては、ドラグニスはあまりにも"良過ぎた"のだ。
要するに、超えるための壁が高過ぎたのである。
故に、それを超えるだけで彼は歓喜し、満足してしまった。
そして、彼は求めた。
勝利の味の、おかわりを。




