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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第7章:頂から視る世界
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第522話:化身

 

「ふぅー……」


 彼女は深く息を吐くと、微かに重心を後ろへと下げた。

 短期戦は不可能。

 であれば、少しずつ削り、どこかで勝機を掴むのみ。

 彼女はそう判断したのだ。

 そうして、両者が再び構えたその時────


「なッ……!」


 声を上げたのは、数万の兵士達を必死に抑えていたケニシュヴェルトであった。

 同時に、未だ彼の束縛から逃れようとする兵士達もまた、今日幾度目かの衝撃によって再び驚愕の表情を浮かべていた。


「さ、先ほどより巨大なッ……いったい向こうに何が……!」


 彼が視線を送る先は当然、東の戦場であった。

 ディー、ルカ、ドラグニスの前に、突如として空間を引き裂き現れた山羊頭の超越者(バフォメット)

 あまりにも強大なその魔力に、誰もが恐怖を覚えたその中で、ズィグラッドとレヴィだけが、ただ相手のことだけを見ていた。



 ──────────────────



「し、神獣!? こいつがですか!?」


 雄叫びを上げながら、空間の切れ目を押し広げるバフォメットの前で、ルカはドラグニスにそう聞き返した。


「……俺様がやり合ったのはせいぜい3メートル程度の個体だったが、こいつは10メートル以上ある。おまけに、内包している魔力量も桁違いだ。そして何よりも、奴らは空間転移を"使えない"」


「使えない?」


「奴らに限らず、魔族も、他の魔物も、ついでに言えば竜族も使えん。まぁ、限りなくそれに近い能力はあるかもしれんが、基本的に空間を司る能力は、神にのみ許された力。つまり、この現世で空間を操れるのは、神から魔法という形で力を譲渡された……人族だけだ」


「そ、そうなんですか? 知らなかった……」


「常識だ。貴様……そんなことすら知らんのか?」


「う、うるさいですね! 気にしたことがなかっただけですよ! と、とにかく! あいつがあの空間から飛び出す前にディーさんをなんとかここから────」


「やめておけ」


「うぐぅっ!?」


 ルカがディーに触れる寸前、ドラグニスの手が彼女の首根っこを掴み、それを止めた。


「な、何を……!」


「そいつをよく見てみろ」


「えっ……」


 ドラグニスにそう言われ、ディーに視線を向けた彼女はそこでようやく気づく。

 彼の目から光が消え、ひどく虚な表情のまま、ただ結界を維持するため、その両手を前に突き出しているだけだということに。


「そんな……ディーさんっ!」


「先ほどまで話せていたことが異常なのだ。そいつの魔力はとうの昔に切れている。今は命を燃やし、アレを維持するだけの置物と変わらん。仮に触れれば、刹那のうちに崩れ落ちるだろう。まぁ、俺様には関係のないことだがな。あの傀儡どもがあの国をどう襲おうが、そいつがどうなろうが……クックックッ……」


「ドラグニスッ……!」


「俺様に怒りを向けるのは勝手だが、まずはアレをどうにかすることだけを考えた方がいいんじゃないか? そら……もう出てくるぞ」


 青白い両腕を全開まで広げ、バフォメットはそうして広げた空間の亀裂から、足を一歩地面へと下ろした。

 巨大な地響きとともに、バフォメットはゆっくりと現界へ降り立つ。

 彼が完全に姿を現すと、空間の亀裂は跡形もなく消え去った。

 距離的には4、5百メートルほど離れていたが、その巨躯と、強大な魔力によるものか、ルカはまるで眼前にいるかのような圧迫感を感じ、思わず唾を飲み込んだ。


「ドラグニスさん……あいつはどんな力を使うんですか?」


「俺様が相手をした個体と同じ性質かは分からんが、奴らに特殊な力は何もない」


「何も?」


「そうだ。奴らはただただ純粋な────」


『ボォォォォオォォォォッ!!!!』


 自由を得たことによる歓喜か、はたまた戦闘前の昂りか。

 バフォメットは、再び天に向かって雄叫びを上げる。

 その振動と、溢れ出した膨大な魔力が、ルカの顔面を激しく叩いた。


「……暴力の化身よ」


 ギョロリと動いた長方形の黒目が、彼ら3人を捉えた直後、バフォメットは狂ったように走り出した。

 バフォメットの行動原理は至極単純。

 "近くにいる魔力が高いものを襲う"だけである。

 彼らの身体は高純度の魔力によって形成されており、それ故に極めて高い戦闘能力を誇る。

 しかしその代わりに、常に大量の魔力を消費するという、燃費の悪さも特徴の1つであった。

 彼らは知能がほとんどなく、ただ本能にのみ従い、自身の糧となる魔力を求めてただ暴れ続ける。

 生物としての存在意義にすら疑問符が付く、まさに化け物という言葉が相応しい魔物であった。

 そんなバフォメットの青白く長い手足を使った不恰好な四足歩行は、あまりにも原始的で、なんとも悍ましく、誰もが嫌悪感を抱くのに十分過ぎた。


「相変わらず気色の悪い……見苦しいぞ下郎がッ!」


 ドラグニスが大きく前に出たのを見て、ルカはすかさずディーの前に立ち、灼熱の結界を展開した。

 今彼女にとって最も優先すべき事項は、ディーの命を守ること。

 無論それは、彼の展開する湾曲の結界を維持するためでもあったが────


『ボォォォォオッ!!』


 ドラグニスが間合いに踏み込んだ刹那、バフォメットは両手を地面に叩きつけて一気に立ち上がると、そのまま両手を組んで振り下ろした。

 対するドラグニスは背中に翼を生やし、飛翔しながら右腕に魔力を込めると、それが瞬時に巨腕竜種(ヴァルビード)の腕へと変わる。

 赤黒い鱗に包まれた巨大なその拳を強く握り締め、ドラグニスはそのまま全力でそれを振り抜いた。


『ッ!!』


「ぬぅッ……!」


 巨大な力と力の邂逅により、周囲に衝撃波が迸る。

 直後、肉と肉が激しくぶつかる低く、あまりにも重い音がルカの腹を叩いた。

 その力の衝突は、互いの拳を破壊しながら、その衝撃によって弾かれた両者の間に再び距離を生んだ。


「な、なんという……!」


 その光景を見たルカは、障壁に更なる魔力を込めた。

 そして、ちらりと後ろにいる男を見る。

 再び前を向いた時、彼女の目は、微かに潤んでいた。


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30.3.25より、書籍第2巻が発売中です。 宜しくお願い致しますm(_ _)m
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