第518話:総大将
「ぬうッ……!」
「これ……は……!?」
ケニシュヴェルトが、そしてレヴィすらもが驚愕するほどのそれは、方向からして東の戦場から発せられていた。
レヴィはこの時、"彼らが動かなかったのは、これを待っていたからか"と一瞬考えた。
しかし、向けられていた殺気が消えたことや、兵士達の怯えるような視線から、彼らにとってもこれが予想外の出来事であったと判断し、その考えを否定した。
『レヴィちゃん聞こえる!?』
魔力を込めたままにしていた通信魔石から、カルサの声が聞こえ、レヴィはすぐにそれを取り出した。
「カルサ様! この魔力は!?」
『あ、うん! 実は、東の戦場にドラグニスが来たの!』
「ドラグニス様が!? なるほど通りでこの魔力……では、ディー様の呼び掛けに応えて下さったわけですね?」
『多分ね! まさか来るとは思わなかったけど……何かがアレの琴線に触れたのかもね。究極の気分屋って話だし』
「経過はどうあれ何より……あ、ドラグニス様は今何と戦ってらっしゃるんですか?」
『報告だと、転移系の魔法を使ってる黒い服を着た男とか……』
「……ジェイドですね。おそらく」
『やっぱりティタノマキアか……他にも白くて大きな魔物とか、燃えてたのに元に戻った女とか……』
「リセルにチャムリット……随分と前のめりですね。やはり何か裏があるのかも……」
『裏?』
「ええ。ロード様がおっしゃられていたんです。奴ら……ティタノマキアには、ベンディゴを落とす以外に、何か別の目的がある気がすると」
『別の目的……それって?』
「わかりません」
『ありゃ……』
「ロード様も、そんな気がするとしか言えないようでした。正直、検討もつきません」
『そっかぁ……まぁ、とにかく! 今は現状をなんとかしなきゃだよ! これで東はなんとかなると思うし、南も耐えられてるから、この北をなんとかすればなんとかなる!』
「ふふっ……承知いたしました。こちらも今のところは抑えられていますが、少々不穏な動きも……引き続き警戒しつつ、足止めを継続いたします」
『ありがとう! あと、私もこれから戦場に出るからよろしく!』
「えっ? カ、カルサ様ご自身がですか? しかしそれは……」
『言いたいことはわかってる。けど、これ以上時間を稼ぐには、前に出るしか道はない。奴らもう、全軍が行動を開始してる……これ以上私がここにいたら、兵の心が持たない』
「確かに……わかりました。何があればすぐにご連絡を」
『うん! あ、くどいけどレヴィちゃん、仕込みが終わったらすぐ教えて! それまでこっちはなんとか凌ぐから!』
「承知いたしました……ご武運を」
通信魔石をしまい、レヴィは隣に立つケニシュヴェルトとともに戦場を見渡す。
東からの強烈な魔力の元を知らない彼らは、未だ困惑した表情を浮かべたまま、地面に伏していた。
「ケニシュヴェルト様、あとどれほど持ちますか?」
レヴィは口元を隠して彼にそう聞いた。
ケニシュヴェルトは逡巡の後────
「余がロードから受け取った魔力量からして、あと1時間といったところか。それまでは、能力の対象内にいる者であれば、数に関係なく奴らの仲間入りよ」
「1時間……それならば、ロード様が指定されたお時間までいけますね」
「うむ……まぁ、何事もなければ、な」
「……ですね」
レヴィは次に、ギブライ軍が主体となって攻める左の戦場へと目をやった。
既にギブライ軍は体勢を立て直し、負傷者やゲイボルグと遊撃隊の戦闘を避けるよう、二股に分かれて進軍を再開し始めていた。
しかし、そのせいで数が減った部隊の片方へ向け、もともとその場を任せられていたミディルクの部隊が攻撃を開始。
歩兵しかおらず、また自慢の"盾"が壊れたギブライ軍は、馬と魔法を巧みに操るミディルク隊の前に苦戦を強いられていた。
「あの戦力差でよくやる。ミディルクと言ったか? あの指揮官……実に優秀だな」
「ええ……さすがは大国ティーターンの第1騎士団副団長、といったところですね。カルサ様の指示をよく理解し、完璧に遂行されている。このままいけば……」
「……まぁ、しばらくは持つじゃろうのぉ」
「「ッ!?」」
瞬間、2人はその声の主へと視線を向けながら構えた。
「なっ……バカ……な……」
レヴィの口から、思わず漏れた驚愕の声。
それも無理はない。
何故ならそこに、まるで当たり前かのように、レア連合軍総大将、"戦鬼"ズィグラッド本人が立っていたのだから。
「初めましてじゃなぁ。ロード=アーヴァインの片腕……メイドのレヴィよ」
敵の総大将が目の前に突如現れるなど、到底信じられるものではなかったのだが、彼が本人であるということをレヴィは信じざるを得なかった。
それは無論、彼女自身の鑑定魔法によってである。
「な、何故……そもそもどうやって……ここに……」
それが、彼の魔法によるものではないことも、当然すでに理解している。
彼の魔法は空間転移系でもなければ、姿や気配を消す類いのものでもない。
「何故か、と問われれば……理由は2つかの。まず1つは、お主が戦場に現れたからよ」
「私が……?」
「会って確かめたかった。この1年……ワシらを苦しめた者を、この目で直接な」
不敵に笑うズィグラッドに、レヴィは鋭い眼差しを向ける。
鑑定魔法だけではなく、彼女の本能が、彼を強者だと認めていた。
「2つ目は……まぁ、おいおいな。で、どうやってじゃが……ふむ、まぁよいか。ワシの部下の魔法じゃ。対象はかなり限定されるが、精度の高い空間転移魔法でのう。実に重宝しておる。さて、話を戻し……レヴィよ、お主の読みでは、あちらはまだしばらくは持つ……そう考えておるわけじゃな?」
「……」
レヴィは頷かなかった。
先ほどまでならそうだったろう。
だが、この男の登場によって状況は一変したのだ。
それを、鑑定魔法を持つ彼女は、ここにいる誰よりも理解して"しまって"いた。
「うむ……やはりただのお付きではないようじゃの。お主の考えておる通りじゃ。ここに来る前、ちとあちらに顔を出してきた。すでに策も、それを遂行可能な人員も授けておる。よって、いずれあれらは飲み込まれる……数分のうちにな」
「くッ……」
無論、彼の知略もまた、戦況を変える一因ではあった。
だが、今レヴィが真に恐れていたのは、ズィグラッド本人でさえも知らない、彼が持つそのスキルにこそあった。
「これはワシの読みじゃが、そちらの総大将も前線に出るつもりだったのじゃろう? 考えは間違っておらん。じゃが……ちと、遅かったのう」
直後、ギブライ軍から歓声が上がる。
それと同時、レヴィの歯がギリッと音を立てた。




