第515話:もや
「こいつぁやばそうだぜ……レヴィさんよぉ!」
彼女が言う"やばそう"。
それはつまり、自分達の行動が読まれていることを表していた。
迫る騎士の一撃を後方に跳んでかわしたゲイボルグは、再び自身に迫る2本の短刀を槍で叩き落とす。
「ちぃッ……!」
飛んできた方向へと一瞬視線を向けるが、その先にそれらしい影は見えなかった。
騎士の追撃もあり、ゆっくり探している暇もない。
「ぬんッ!」
「このッ……オラァッ!」
横凪の一閃をしゃがんでかわし、ゲイボルグは下段からの刺突を繰り出す。
騎士は盾でそれを受け止めると、間髪入れずに上段から剣を振り下ろした。
キキキンッと、3つの金属音を鳴らしながら、ゲイボルグはバックステップで再び距離を取る。
「あー! うざってぇ!」
3つの音のうち、1つは騎士の剣、もう2つはやはり飛んできていた短刀である。
騎士の身体のギリギリを飛翔するそれらからして、相当な達人であることは想像に難くない。
また、この騎士にしても、助勢ありとはいえゲイボルグと切り結べる時点で、相当な強者であることは間違いなかった。
「まずいですね……あのゲイボルグ様が抑えられるとは……!」
その様子をベンディゴの監視塔から眺めていたレヴィは、そう言って拳を握る。
その隣にいたカルサもまた、軽く下唇を噛んだ。
「読まれてる……完全に……!」
ベンディゴ側がギブライ軍に狙いを定めたことも、それに切り札の1つを使うことも、全てを読んでいなければこうはならない。
無論、ゲイボルグの一撃で被害は出ているが――――
「おそらく損害は必要経費……割り切ったのでしょう」
「うん……防ぐことより、それ以上をさせない方法で対処してる。やっぱりあの部隊……嫌な感じはしてたのに……くそっ……!」
「ええ。あの混成部隊……一筋縄ではいかないようです」
「どいつもこいつもよく見る顔だったもん……各国で1、2を争う腕利きばっかり集められてた」
「あれはこの為に……戦鬼ズィグラッド……やはり、想像以上の傑物ですね」
「うん……でも、負けられない! ミディルク聞こえる!? ゲイボルグが抑えられてる! 敵軍が体勢を立て直す前に追撃を! 後方の援軍が間に合えばもう止められない! もう3千追加するから、そっちは死ぬ気で止めて! 指揮は任せる!』
もともと率いていた部隊と合わせ約5千。
カルサは北を守る部隊、その約半数を彼に預けることにした。
『ミディルク了解』
「ライラ!」
『はっ』
「残った全軍を率いて中央後方で待機! カサナエルは……別でどうにかする」
カルサはレヴィに視線を送る。
そして、彼女は静かに頷いた。
『ライラ了解』
「よろしく……レヴィちゃん、"仕込み"は?」
「今しばらくの猶予が必要かと。なにせ、この大軍ですから」
レヴィはちらりと戦場へ視線を送る。
向かって左側から攻めていたギブライ軍は、ゲイボルグの一撃によってその足を止めてはいるものの、そのすぐ後方からバーメディ軍が迫っており、進軍の立て直しは時間の問題であった。
右側に展開するカサナエル軍は、カルサが部隊を編成し直しながら牽制を続けてはいたものの、こちらも後方に控えていたバーメディ軍の援護を受け、進軍速度を上げ始めている。
さらに、レア本陣の左右に控えていた諸国連合軍も侵攻を開始し、レア連合軍は本格的に総攻撃の様相を呈し始めていた。
「……わかった。こっちの通信魔石は繋ぎっぱなしにしておいてね。準備ができたらすぐ教えて」
「承知しました」
「……結局、あなた達に頼りっぱなしね。最後まで」
カルサは寂しげに、そして悔しげな表情を浮かべながらそう呟いた。
それに対し、レヴィは微かに笑みを浮かべた後、その全身に魔力を漲らせた。
「ロード様から、言伝がございます」
「え? 私に?」
「ええ。あなた様がそのようなことを仰られたら、こう言うようにと言われております」
「な、なんて?」
「"カルサさん、1つ貸しですよ"……と」
「…………あははっ! うん! そうしておいて! 右は任せた!」
「任されました。では!」
――――――――――――――――――――
「……さて、そろそろ頃合いかの」
一方、レア本陣では、ズィグラッドが1人そう言いながら、ニヤリと笑みを浮かべていた。
「うむ、ご苦労……閣下、ギブライの重装部隊に損害。およそ2千とのことです」
「ぬはは……アレらを一撃で 2千も屠りよるか」
レア本部には次々と報告が入り、特に重要なもののみが彼らへと伝えられる。
報告を聞きながらズィグラッドは、クリークティクスの盤面に黒い駒を1つ置くと、そう言ってやはり嬉しそうに笑みを浮かべた。
「これで3つ……」
「第2遊撃隊、カサナエル軍の内部にて待機中です」
「ん、結構」
「しかし、さすがですな閣下。ロード=アーヴァインの駒には、これまで各国が散々してやられておりましたのに……」
補佐役のロフェンの言葉に、ズィグラッドは目を閉じて鼻を鳴らした。
「一騎当千の強者に、多勢で当たるは愚の骨頂……強者には強者を。大駒に比べて格はちと落ちるが……」
ゲイボルグを表す黒い駒の周りに、ズィグラッドはそれより一回り小さい白い駒を5個並べた。
「大駒も、使い方を誤れば盤面に干渉できん。まぁ戦力差や、受け手攻め手の状況にもよるがの」
「なるほど……」
「とはいえ、長くはもつまい。実際に今日、相対して分かったが……あれらは人智を超えておる。干渉せんようにはできても、討つことまでは望まぬ方がいい」
「確かに……」
「うむ。まぁ、いや……そうさな……このままご退場いただくのが一番よかろうて」
「ロフェン補佐」
「ん、ああ……失礼、閣下」
次なる報告が入り、ロフェンは伝達兵からのそれを聞き始めた。
それを横目に、ズィグラッドは盤面に目を落とす。
その視線は、ベンディゴ内に置いた金色の駒2つに向けられていた。
「やれやれ……」
彼は今、ロフェンとの会話の中で、ある言葉を飲み込んだ。
思わず口にしそうになったそれは、つまるところロードへの賛辞であり、同時に畏怖でもあった。
誰も口にはしないが、おそらく誰もがそれを理解している筈で、口に出さないのは、認めてしまえばそれで終わってしまうような恐怖の感情であると、ズィグラッドはそう考える。
「ロード=アーヴァイン……それとメイド姿の……レヴィだったかの……大局は決まっておるが……」
そして、ポツリと呟いた2人の名。
ズィグラッドが不安を感じていたのは、レア側に"大駒"がいないことであった。
実際には、各国の軍隊がその"大駒"ではあったのだが、それはあくまで代用品。
結局のところ、欲しいのは英雄なのだ。
戦局を劇的に変えられるような、そんな真の力を持った存在。
加えて――――
「……嫌な感じだ。何かは分からぬが、何かがある」
長年の経験から生まれる戦の感性か、ズィグラッドは心の中にある"もや"を感じていた。
だが、あくまで抽象的なそれは、実態をつかむところまでには決して至らないことを彼は知っていた。
「……分かった。下がってよい」
「はっ!」
「閣下」
「ん、うむ……現れたか」
「え、ええ……これも読み通りですか?」
「まぁ、の……」
話しながらズィグラッドは、4つめの黒い駒をそっと盤面に置いた。
「現れたんじゃろう? 4人目が」
「はい」
「けっこうけっこう……さて、ワシの思い通りとなるかのぅ」
「あの、閣下……それに加えて……」
ロフェンの報告に、ズィグラッドは目を見開いた。
そして、やはり嬉しそうに笑うのだった。
「ほっほっほっほっほっ…………それはそれは。ならば話が早い……全軍に通達じゃ。今から――――」
これにより、北の戦場は早くも終盤戦へと向かい始めることとなる。
南はヘラクレス達の奮戦により、なんとか戦線の維持を続け、東はこの時、ジェイドとルカがまさに死闘を繰り広げている頃であった。
この時、ロードが指定した時刻まで、残り1時間を切っていた。




