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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第7章:頂から視る世界
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第512話:歩兵

 


 ――――――――――――――――――――



 時は、東の戦場でディーが湾曲魔法の結界を作成し、ルカがそれを守りながら戦っていた頃にまで遡る。


「くッ! ベル隊! ミディルク隊とともにギブライ軍へ当たれッ! 魔導射手隊は何をしているッ! ライラ隊の後方に付き、カサナエル軍の頭を押さえろ!」


 通信魔石へ向け、カルサの怒号にも似た指示が飛ぶ。

 ベンディゴ北の戦場は、戦闘開始から既に30分が経過しようとしていた。

 大軍による、面で押し込む戦略により、ベンディゴ防衛軍は後退を余儀なくされ、広かった戦場も当初の3分の2ほどまでに狭まっていた。

 10倍の戦力差がある以上、ベンディゴ側は下がりながら戦う他なく、ある程度押し込まれることも想定内ではあった。

 しかし、想定外だったのは――――


「少々……厳しいですね」


 カルサが次々と指示を飛ばすその隣で、レヴィは眉をひそめながらポツリとそう呟いた。

 カルサは優秀な指揮官である。

 女性の身でありながら、5大国家の1つであるティーターンの第1騎士団団長を務めている時点で、それはもはや言わずもがなであるのだが、当然指揮能力も、単純な戦闘能力においても、並の人間とは比べるべくもない。


 ティーターン騎士団総団長のエルビオからこの重要な戦局の指揮を任せられ、それに対して同僚や部下から一切の異議が上がらないことからも、彼女がいかに認められ、そして信頼されているかがうかがえる。

 そして、これまで数々の戦場を経験してきたレヴィから見ても、カルサの指揮に何1つ問題はなかった。

 だが――――


「……損耗報告」


 通信を切り、彼女は傍にいる自身の補佐にそう命じる。


「はっ……こちらの損耗、約5百。敵軍は……」


 正直に言って、これは負け戦である。

 超大軍による奇襲を決められた時点で、既に勝敗は決していると言ってもいい。

 今の状況下であるならば、この段階での損耗5百は本来誇るべきことである。

 だが――――


「敵軍損耗…………ありません」


 ギリッと、カルサの歯から苛立ちの音が鳴った。

 彼女の戦略、指示にほとんど落ち度はない。

 ただ単に、相手が異常なのだ。

 レア連合軍総大将、"戦鬼"ズィグラッド。

 それは噂に違わぬ、いや、噂以上の傑物であった。


 開戦前、レア連合軍はベンディゴ側から見て、左にギブライ軍、右にカサナエル軍を配置。

 両国とも、レア側ではかつてのヴァルツーに並ぶ有力な国家であり、数はどちらも約2万。

 その両国の背後をカバーするように、中堅国家のバーメディ軍約1万が横に長く展開。

 さらにその後方に、レア軍本隊約3万が隊ごとに分かれて配置され、本隊の両脇をカバーするように、他レア側諸国連合軍が1万ずつ配置されていた。

 ちなみに、南に現れた10万の大軍は、ギブライ、カサナエル、バーメディの下位騎士団及び、衰退したヴァルツーなどの残存兵から有力者を引き抜いた者達で構成された寄せ集めの軍である。


 それはともかく、この布陣自体は教科書通りのよくある形。

 レア本隊を囲う鉄壁の布陣。

 正面からも左右からも攻撃が通りにくく、背後に回る隙もない。

 仮に転移系の魔法で背後に回ったとて、それが少人数ならば意味がなく、先にレア側が行ったような大規模転移で大軍ごと送り込まなければならないのだが、そのような力はベンディゴ防衛軍側になく、そもそも送り込む人員がいない。

 これが広義での攻城戦であり、そしてこれだけの戦力差である以上、ベンディゴ側は勝利するため、総大将である自身を討ちに来るだろうと読んだズィグラッドは、正攻法で正面から押し潰すのが最適手と判断していた。


 対するベンディゴ側も、来たる決戦に向け、その準備を着々と行っていた。

 最重要としていたのが東であったため、それよりは多少強度が落ちはするものの、北と南にも当然いくつかの仕掛けが施されており、それらを元に防衛策を練ってはいる。

 だが、これだけの大軍、及び奇襲は完全に想定外であり、用意していたいくつかの戦略は使えなくなった。

 それでもカルサは的確に指示を出し、また兵を鼓舞し、なんとか戦と呼べる形にまで持ち込んでいた。


 開戦当初、ギブライ、カサナエル両軍から各1万ずつが進軍を開始。

 これに対しカルサは、最も信頼を置く部下である副騎士団長ライラとミディルク両名が指揮する騎馬隊1千ずつを当て、敵進軍を牽制するよう指示を出す。

 レア側は、先のヴァルツー敗戦の原因の1つであった"馬を操られる"ということを危惧し、隊を指揮する将校を除き、ほぼ全軍が歩兵で構成されていた。

 対してベンディゴ防衛軍は、ヴァルツー魔戦騎馬隊から鹵獲した優秀な馬を自由に使えるため、両副騎士団長はその機動力を活かし、中距離から魔法戦を展開。

 攻撃から転進を繰り返し、敵軍の足止めに成功する。


 だが、それをズィグラッドは当然のように読んでいた。

 そして、歩兵であることを活かすため、ズィグラッドはギブライ、カサナエル両軍にある戦略を授ける。

 1つは、前面に並ぶ兵全てに大型の盾を持たせ、防御型の魔法を所持している者を優先的に配置すること。

 そして2つ目が、2列目の兵は、遠距離攻撃が可能な者を配置することであった。


 騎兵よりも歩兵が優れている点は、重装備を身につけられることと、隊列を正確に組みやすいこと。

 前者は、機動力を活かすため、また馬が疲弊せぬように、騎乗者は比較的軽装にする傾向にあるためである。

 また後者は、騎兵での隊列は、馬の能力、気性、そして騎乗スキルに依存するため、歩兵よりも揃った行動がとりにくく、特にこのような連合軍の場合は、より足並みを揃えにくくさせてしまうため、歩兵の方が計算しやすい。


 戦場が平原であること。

 ヴァルツーから鹵獲した馬が大量にいること。

 こちらに騎兵がいない以上、機動力を活かした削りを狙ってくるであろうこと。

 奇襲により、初手で大掛かりな仕掛けが打てないであろうこと。

 戦力差に歴然の差がある以上、ベンディゴ側からの突撃がほぼ考えられないこと。

 これがある種の攻城戦であること。


 あらゆる点を考慮し、ズィグラッドは機先を制す策として、その2つを両国へ徹底するよう命じていた。

 かくして、それはピタリとハマる。

 ベンディゴの騎兵隊が、進軍の足を止めるべく放つ中距離の魔法攻撃を最前列の兵が防御し、2列目の遠距離魔法攻撃隊が、転進して自陣に退いていくその最後尾を狩る。

 正確さは必要なく、ただ数を放つだけで構わない。

 それは、全てを得ようとするのではなく、ある程度の割り切りが功を奏すということを、ズィグラッドが長年の経験から学んでいたからである。


 こうして、転進する度にレア連合軍は少しずつ前に進み、また反撃によりベンディゴ側が数騎ずつ狩られていった結果、開始30分時点でレア側の損耗はなく、ベンディゴ側だけが削られるという、カルサの思惑とは真逆の結果が生まれてしまったのである。

 ちなみに、完全な損耗0という訳ではなく、レア側にも当然負傷者は存在する。

 しかし、大局的に見た場合、損耗なしと言っても差し支えないレベルであった。


「……レヴィちゃん」


「ええ。そのようです」


 ギブライ、カサナエル両軍は着々と進軍し、ベンディゴ側はそれを抑えることで手一杯となっていた。

 後退しながらの戦闘では、両軍の防御を突破出来ず、このままではいたずらに兵を失うだけだと判断したカルサは、1つ目の切り札を早くも投入することを決める。

 そして、それにはもう1つ理由があった。


「時間は稼げてるけど、敵も馬鹿じゃない。なんせ、相手はあのズィグラッド……時間稼ぎの先を見透かされる前に……先手を打つ」


「承知しました」


 そうしてレヴィは懐から、通信魔石を取り出した。


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30.3.25より、書籍第2巻が発売中です。 宜しくお願い致しますm(_ _)m
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