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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第7章:頂から視る世界
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第509話:虚勢

 

 この空間そのものが、かつてレアの街中での戦闘時に、バーンがあるかもしれないと言っていたジェイドの奥の手であった。

 バーンとの戦いで使用"しなかった"というより、使用"出来なかった"のは、彼が時空魔法の使い手だったからに他ならない。

 通常の空間転移系の魔法では、次元を飛び越えることなど不可能だが、時空魔法によって侵入出来る時空間は、あらゆる時と世界を繋ぐ通路になっているという性質状、この"擬・4次元空間"内においても有効で、使われれば簡単に脱出を許してしまう。

 つまりジェイドにとって、バーンは天敵と言っても過言ではなかった。

 無論ドラグニスは、魔法の性質や効果を詳しくは理解していない。

 長年の経験と状況から、ジェイドの魔法を推察しただけである。


「ククッ……だが、解せないこともある。ここに連れ込んで、どう決着をつけるのか……ここが分からん。故に尋ねたのだ。死の無い世界でどうやって……とな」


「……まずは、お前を過小評価していたことを謝ろう。確かに、この次元は俺が生み出した偽物だ。俺が得た知識によれば、真の4次元空間も似たようなものらしいが、お前の言う通り、およそ生命が存在出来る空間ではなくてな。俺がこの空間にいなければならないという制約上、都合のいいように法則を捻じ曲げている。いやはや、全くもって恐ろしい男だなドラグニス……まさか見破られるとは思わなかったぞ。だが、お前が思い違いをしている部分もある」


「ほう?」


「確かに俺は、いたぶる趣味など持ち合わせていない。だがな……力に溺れて本質を見ない者にッ!」


「ッ!?」


 それはまるで、嘆きの声のような音だった。

 そして、その耳をつんざく凄まじい高音とともに、空間の至るところに亀裂が走っていく。


「これは……!」


「俺は持たざる者だった。クロスが現れなければ、それは生き続ける限りそうだっただろう……だがッ! 俺は得たッ!! この理不尽な世界を打ち破る力をッ! 初めから力を持っていたお前達には分かるまい……その苦しみがッ! 悲しみがッ! 絶望がッ!! 故に、味合わせてやるのだよドラグニス……その力を、正しく使わなかった愚かさを噛み締められるようになぁッ!!」


「貴様……空間そのものをッ……!」


「そうだッ!」


「うッ!?」


 再び何かが通った感覚の後、ドラグニスは見えない地面に倒れ込んだ。

 そして、自身の両足が無いことをすぐに理解する。


「この次元の理を多少理解は出来たようだが、結局これは分からなかったようだな。しかし、無様だなドラグニス……四肢をもがれ、地面に這いつくばる気分はどうだ?」


「ククッ……なるほどな」


 ピクリと、ジェイドの眉が動く。

 ドラグニスが、それでも尚笑っていたから。


「それが貴様の本質か」


「……なんだと?」


「魔法も、戦い方も、この空間もだが……クククッ! 貴様……何にそんな怯えている?」


「俺が……怯えているだと……?」


「怖いか……再び失うことが」


「ッ! 黙れッ!」


 次の瞬間、ドラグニスの首が飛ぶ。

 それは胴体から離れ、ころころと転がった後、首を下にして止まった。

 そしてその顔は、やはりニヤリと笑っていた。


「ちッ……最後まで虚勢を張るか……まぁいい。どちらにせよ、もはやお前に出来ることなど何もない。そのままこの次元が崩壊するのをただ見ていろ。その瞬間が、お前の最期だ。ではなドラグニスよ……お前の負けだ」


 そうして、ジェイドは姿を消した。

 高音は鳴り止まず、あらゆる場所に亀裂が入り、そこから白い光が漏れ出ていた。

 取り残されたのは、バラバラになったドラグニスただ1人。


「…………ククッ……」



 ――――――――――――――――――――



「ガルッ!?」


「ジェ、ジェイド!」


「えっ!?」


「い、いきなり2人とも消えたと思ったら……ドラグニスはッ!?」


 元の世界に戻ったジェイドは、声を上げた4人を見て舌打ちした後、そのまま地面に崩れるように跪いた。

 4人からすれば、彼らが消えていたのはほんの一瞬。

 時間にして、僅か1秒ほどの出来事であった。

 "擬・4次元空間"と元の世界では時間の流れにズレがあり、向こうでの数分が元の世界では一瞬となる。


「ジェイド……やっぱりアレを使ったんだ……」


 地面に膝をついたまま、肩で大きく息をするジェイドを見たチャムリットは、白銀の獅子(ライオネル)状態のリセルにだけ聞こえるように、そう小さく呟いた。

 その強大な力からも分かるように、"擬・4次元空間"は発動するだけでも凄まじい量の魔力を消費する。

 加えて、それを維持しながらの戦闘は、ジェイドの精神力と体力を大きく削るものであった。


「はぁッ……はぁッ……」


 額からは大粒の汗が大量に流れ落ち、視界が歪み、酸欠による眩暈で身体がふらふらと左右に揺れる。


「ぐッ……ぬんッ!」


 体力も魔力もほとんど使い果たしてはいたが、ジェイドはそれでも立ち上がると、リセルとチャムリットに視線を向け、大きく息を吸った。


「何を……しているッ! さっさとそいつらを片付けろ! お、お前達2人なら……ぐッ……そいつの魔法を止めるくらいは出来るはずだろうッ!」


「あ、ご、ごめん! 今やるよぉ! リセル!」


「グルァッ!」


「俺も援護する……さっさと終わらせるぞッ!」


 ジェイドはそう言いながらルカが守るディーの方へ身体を向けると、鬼気迫る表情で足を前に踏み出した。


「ちッ……!」


「ル、ルカちゃん……!」


 もう彼に援護するほどの力は残っていなかったが、それでもその虚勢がルカの思考の邪魔をする。

 ディーが魔法の維持だけで精一杯の状況は変わっておらず、ルカは連戦の疲れで体力を大きく消費していた。

 結局、事態はドラグニスが現れる以前の状態に戻り、ルカは再び自身の命を懸ける覚悟を決め、その身に魔力を滾らせた――――その時だった。


「ッ!? ジェイドォッ!!!」


 まるで、ガラスが砕け散るような音がした。

 最初に気付いたチャムリットはそう叫びながら、ただそれを見ていることしか出来なかった。

 その音とともに空間が割れ、そしてそこから伸びる竜の腕が――――


「がッ……あ……!?」


 ジェイドの胸を、貫くのを。


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