第504話:出力
「……リセル、チャムリット、お前達は当初の予定通りに動け。ドラグニスの相手は……俺がする」
あの日感じた以上のプレッシャーの中、脇腹を抑えながらジェイドは、そう言ってゆっくりと立ち上がった。
「い、いやでもあいつッ……!」
「案ずるなチャムリット。ドラグニスは今、俺にしか興味がない」
ジェイドの鋭い眼光に、ドラグニスはそれを笑顔で肯定する。
彼がルカ達を救ったのは、同じSSSランクのよしみだからということも多少はあったが、実際はそんなことよりも何よりも、ジェイドと戦える状況を作りたかったということが大きい。
2人の一騎打ちに手を出せば、ルカと協力してジェイドを倒すことになってしまう。
故に手を出さず、ドラグニスは手を出すタイミングを図っていたのだが、そこに現れたティタノマキアの援軍が、彼の望みを叶えることとなる。
要するに彼は、あの日の続きをしたいだけなのだ。
その為だけに、彼もまた独自にティタノマキアを追っていたのだが、彼らは北の戦乱に注力しており、一向にその姿を現さず、彼は日々溜まり続けるフラストレーションを高難度の依頼を受け続けることで発散していた。
そんな折、ディーが実力のある冒険者達に声を掛けていることを知ったドラグニスは、いざ自身にも話が来た際、半ば諦め気味に"ティタノマキアは現れるのか"と彼に問う。
"おそらく"と返事を受け取った次の日には、彼は北の大地へと足を踏み入れていたのだった。
「随分と待たされたからな……貴様の姿を見つけた時は、実に心が踊ったわ」
「フッ……さっさと現れればよかったものを。しかし、貴様ほどの魔力を感じないとは……俺も鈍い」
「ククッ……それは仕方あるまい。現に、ここにいる誰もが気付いていなかったのだからな。俺様は文字通り、高みの見物をしていただけだ」
「なるほど……そういうことか」
親指を天に向けるドラグニスに、ジェイドはポツリとそう呟いた。
そうして、彼の視線はドラグニスを通り越し、その先に広がる遥か上空へと向かう。
「いかに寒かろうが、いかに空気が薄かろうが関係ない……俺様の力ならな」
かつてSSSランク冒険者のヴィヴィアンと、ギリシアの超上空で相まみえた息吹竜種の長、ニーズヘッグ。
彼がそうであったように、力を持つドラゴンはあらゆる環境に適応する。
ドラゴンの力を操るドラグニスもまた、人の理を超えた存在であった。
「俺様はドラゴンそのものだ。人間とは、肉体の強度が違う。全てを凍てつかせる大地の風も、俺様からすればただのそよ風に過ぎん」
「……あの時と違い、やけに饒舌だな逆鱗の王よ」
「んん?」
「いやなに、だいぶ印象が違うのでな。やはり、口ではなんと言っても……あの時は怒りの感情があったらしい」
「はぁ……」
ドラグニスは呆れたようにため息をつくと、微かに右へ首を傾けながら目を閉じた。
そして――――
「ッ!」
「うッ!?」
「グルルッ……!」
そのあまりにも、あまりにも膨大な魔力をその身から迸らせながら、目を開いた。
「……本気ですね」
「ああ……ドラグニスのやつッ……マ、マジだねッ……!」
ドラグニスが、最強談義の中でロイとバーンの間に割って入る所以。
それこそが、この魔力量であった。
単純な魔力量で言えば、ドラグニスのそれは世界一である。
「やれやれ……これだけ言っても分からぬか……」
しかし、魔力が多いというだけで最強とは謳われない。
どれだけ内包した魔力があっても、それを出力出来なければ無意味であり、更に出せたとしても、その先の使い道がなければ宝の持ち腐れなのだ。
魔力は燃料であり、身体はそれを外界へと繋げる回路となり、そして魔法という形で世界に干渉する。
それら全てを兼ね備えているものが強者と呼ばれ、その中のほんの一握りの頂点こそが、SSSランク冒険者と呼ばれる彼らであった。
そんな頂点に位置する彼らの中でも、ドラグニスはその膨大な魔力を余す所なく出し切る術を持つ。
彼の戦いを見た者は、口々にこう語る。
"あれは人間じゃない"、と。
ただし、そう言われるのは、その圧倒的な魔力量だけが全てではない。
「……では、もうよいか?」
湧き上がり続ける魔力を微かに抑え、ドラグニスはそう言ってジェイドを見た。
「フッ……図星を突かれて拳を上げるか。なんともつまらぬ男……」
「ならば聞き方を変えよう。ジェイドよ……腹の傷は塞ったか?」
瞬間、ジェイドが目を見開く。
そして、まるで心臓を掴まれたような感覚とともに、彼の背中にじんわりと汗が滲み出していた。
「ん? どうした? わざわざこれだけの時間を待ってやったのだぞ? よもや治っていないなどとは……言うまいな?」
笑みを浮かべるドラグニスとは対照的に、ジェイドの顔からは笑みが消え、鋭い眼光を空へ向けていた。
「ククッ……何故分かった、などという安直な問いを口にするなよ? ……格が落ちるぞ」
「……」
そして、ジェイドの手が脇腹から離れる。
「ッ!? そんな……!」
直後、ルカは思わず驚愕の声を上げていた。
それも無理はない。
先ほど彼女が見事貫き、ぽっかりと穴が空いていた筈の右脇腹は今、皮膚が丸く剥がれただけになっていたのだから。
「さ、再生能力……?」
「そんな力じゃッ……くっ……な、なさそうだけど……?」
「馬鹿どもが。理屈などどうでもいいのだ。重要なのは……」
「ぐッ!?」
「う、うぇッ!?」
「グルルルルッ!!」
ただでさえ膨大だったその魔力。
それが、また更に大きく膨れ上がっていく。
ドラグニスから吹き出すその見えない圧力に、ティタノマキアの3人は勿論のこと、ルカとディーすらが身体を強張らせていた。
「これで憂いなく、貴様と……死合える訳だッ!!」
刹那、ドラグニスの口が牙を剥いた。




