第503話:満面
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SSSランク冒険者の1人、ドラグニス=ベルザードは、10年前に今は亡きアルメニアで最初の依頼を受ける。
冒険者ギルドに突然現れた彼は、とにかく難しい依頼を出せと受付嬢に言い放ち、周りの制止を力でねじ伏せ、当時アルメニア軍が千人規模で失敗した依頼を単独で、かつ1日で達成したことにより、一躍時の人となった。
それから1年ほどアルメニアに滞在した彼は、高難易度の依頼を次々に達成し続け、遂にアルメニア初となるSSランク冒険者にまで上り詰める。
その不遜で尊大で怒りやすい性格から、政府高官やアルメニア王からは疎まれていたものの、アルメニアを常々脅かしていた竜族関連の高ランク依頼を積極的に受けていたことや、意外と子供や、特に高齢者に優しかったことから、国民からの人気は非常に高く、また彼が歴史上でも類を見ない"竜化魔法"の使い手だったこともあり、アルメニア国民達は尊敬と畏怖の念を込め、彼を"逆鱗の王"と呼び讃えた。
やがてアルメニアでの依頼に物足りなさを感じた彼は、大陸中から依頼が集まるオリンポスへと活動の拠点を移す。
その初日から、当時まだ勇者であったジークと冒険者ギルドで諍いを起こし、ギルドを粉砕。
オルグレンにこっぴどく叱られるといった出来事はありつつも、オリンポスでも彼は当たり前のように活躍し、その評価は日を追うごとに上がり続けた。
そんな折、彼にある依頼が届く。
依頼主は当時のオリンポス国王、ヴァンダル=オリンポス。
王からの直接の依頼に、当初あまり乗り気ではなかったのだが、内容を聞いた途端、彼は二つ返事でそれを受ける。
その内容は、当時オリンポス領内を荒らしに荒らしていたある1匹のドラゴンを、竜狩りを得手としているドラグニスに討伐してほしい、というものであった。
情報によれば、そのドラゴンは翼爪竜種であり、風を自在に操り、非常に頭が良く、かつ恐ろしく残忍な性格だったという。
そして何よりも特徴的だったのが、そのドラゴンが人語を使用していたということであった。
現代の人間達はあまり知らないが、長く生きたドラゴンは言葉を話す。
ヴァルハラ大陸に生息する竜族は若い個体がほとんどであり、それ故に言葉を話すことはまずない。
つまり、そのドラゴンは竜族の大陸ドラゴニアから飛来した、本物の力を持った真の竜族ということであった。
故に彼は依頼を受けたのだ。
ドラグニスは常に、強者との戦いを求めている。
彼にとっては戦いこそが全てであり、それ以外に興味はなかった。
どうしてそうなったかは、彼にしか分からない。
しかし、今回の依頼に関しては、若干別の思惑があったのだが、それに関しても彼のみが知るところであった。
そうして、依頼を受けてから1週間後、彼はそのドラゴンと対峙する。
ヴァルハラ大陸ではまず見かけない、30メートルを超える巨躯。
深い緑色の鱗に、額からは大きな角が1本生えている。
そして、翼を羽ばたかせる度に凄まじい暴風を巻き起こすそのドラゴンは、ギリシア侵攻にも参加した翼爪竜種の王、かの雷竜ヴィーヴルと最後まで王座を争い、その結果敗れてドラゴニアを追われたという、まさしく本物の強者であった。
その経歴は知らずとも、肌を刺すような強い魔力に、ドラグニスは強い高揚感に包まれていく。
だがその時、彼は自身の胸にチクリと、何かで刺されたような痛みを感じた。
それがなんなのかは分からぬまま、両者の戦いは始まった。
結果は、ドラグニスの勝利に終わる。
相手の暴風を全て受け切り、正面から力でねじ伏せるという、まさに完勝であった。
しかし、彼の表情は晴れない。
むしろ酷く切なげで儚く、悲しんでいるようにさえ見えた。
彼自身、何故そんな感情になったかは分からなかったが、いつものようには喜べなかったのだ。
彼はドラゴンの首を取り、依頼達成の証として先代オリンポス王の前にそれを差し出した。
それをチラリと見た後、ドラグニスの顔をじっと見つめた先代オリンポス王は、彼にこう言った。
"何故貴殿が冒険者になったのか、単なる暇つぶしか……その心の内まではワシには分からぬ。だが、それが貴殿が踏み込みし道。その覚悟はおありかな?"と。
この時、ドラグニスは目を見開き、その額からは一筋の汗が流れ落ちていた。
聡明な先代オリンポス王は、全てを把握していたのだ。
それが魔法かスキルによるものかは定かではないが、ドラグニスが抱える秘中の秘すらも見抜いていた。
結局、彼は何も答えられなかった。
そして、当時答えられなかったその問いに、彼はギリシアの竜族討伐に参加しないという形で答えたのだった。
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「き、来てたんだったらなんで!」
ディーの側に寄り添いながら、ルカは上空を見上げて怒声を吐き出す。
どう考えてもタイミングが良すぎる助太刀は、ドラグニスが初めからどこかで見ていたことを表していた。
事実、彼は数日前にベンディゴに到着していた。
そんな彼女に対し、ドラグニスはため息混じりに口を開いた。
「何故俺様が貴様らに配慮する必要がある? 俺様はやりたい時にやりたいようにやるだけ……むしろ、助けてくださってありがとうございますドラグニス様、だろうが」
「んぐっ……!」
「そもそも、この程度の連中に遅れをとって何がSSSランクか……恥を知れ灼熱の」
「い、言わせておけばこのクソトカゲコラァッ!」
「ル、ルカちゃん落ち着いてッ……!」
「貴様もだぞ色ボケ。己の女の手綱くらいしっかり握っておけ……お? ククッ! そら、見てみろ灼熱の。そっちのクソ猫の方が、貴様よりよっぽどマシだ」
「あぁん!? ……ちッ」
ドラグニスに言われるがまま、リセルの方を見たルカは、途端に冷静さを取り戻して舌打ちをした。
白銀の毛並みは煤けていたが、既に火傷は完治し、牙をむき出しにして唸る彼女の傍らには、魔剣フルンティングを手にした、裸のチャムリットが立っていた。
「あの一瞬で拾うとはな……褒めてやるぞクソ猫。だが、まぁ大人しくしておけ。俺様は貴様に興味がない。俺様に歯向かいさえしなければ、見逃してやらんこともないぞ? それよりも……」
ドラグニスの視線が、再びジェイドへと向けられる。
ジェイドはやはり左脇腹を抑えながら、地面に膝を突いて上空にいる彼を見上げていた。
「久しぶりだな……ジェイド」
「なるほど……あの日の続きをしにきた訳か。やはり、かのドラグニスといえども所詮は人の子。俺如きの名前を覚え続けるとは……祖国の仇がそんなに憎いか?」
「ククッ……違うなぁ」
そう言って、ドラグニスは満面の笑みを浮かべた。
その狂気に満ちた表情に、ジェイドは自身の背中に冷たいものを感じていた。
「貴様らは、何もかもを勘違いしている。アレはただ近くにあっただけで、俺様には縁もゆかりもない。残ろうが滅びようがどうでもいい。まぁ、無理もないか。この10年で、俺様の本質に気付いたのは……先代のオリンポス王くらいだったしな」
「……なんの話をしている」
「ああ、すまんすまん……関係のない話だった。要するに、俺様が言いたいことはただ1つ」
瞬間、ドラグニスの魔力が溢れ出す。
そして、その場にいた全員が身構えていた。
味方である筈の、ディーとルカでさえも。
「俺様はなぁ……」
この世界で最強は誰か。
そんな談義が、世界各地で星の数ほど行われている。
SSSランクの冒険者達は当然として、黄金世代のブランス、ザワン、スカークや、ニーベルグの騎士団長ディン、オリンポス第1騎士団団長レギウス、先代"勇者"ジークなど、最強という名の称号に相応しい者達の名前が、幾度となく民衆の口から語られてきた。
そして、"勇者"ロイ、"神殺し"のバーン。
最終的に大体がこの2人に落ち着くのだが、度々そこに割って入る存在がいた。
それこそが――――
「好きなんだよ……戦いが」
そう、"逆鱗"のドラグニスである。




