第502話:突風
「あり得なッ……!」
全てを一瞬で灰にする灼熱の炎。
その中で、黒い人影は確かに歩いていた。
その身を焼かれ続けながら、ディーに向かって。
「くッ……!」
今から移動しても、到底間に合わない距離。
即座に灼熱の閃光を放とうとしたルカだったが、ディーとそれは重なるような位置におり、彼女の額から大粒の汗が頬を伝う。
「ぐッ……クックックッ……どうした? 早く撃たねば……奴が死ぬぞ」
「だ、黙れッ!」
炎に焼かれながらも歩くことが可能な人間。
そんな者は、ティタノマキアに1人しかいない。
そう。再生魔法を持つ、"不死身"のチャムリットである。
彼女はずっと平面空間に身を隠し、その時を待っていたのだ。
ジェイドがルカを挑発し、その意識がディーから離れるその時を。
そんな彼女が握りしは、ロードから奪った魔剣フルンティング。
それは、使用者に耐え難い激痛を与え、そして命を削る代わりに、超人的な力を与える伝説の剣である。
「くッ……そ……!」
ディーはどうすることも出来ず、ただ魔法を維持する為に両手を突き出しながら、その悍ましい光景を見続けることしか出来ない。
「確かに素晴らしい技だが……ッ! せ、精度がまだ完全ではないようだな……俺なら……頭を狙う」
ジェイドは片膝を突き、腹部を押さえながら自身の額を指差した。
彼が言う通り、ルカのそれはまだ完全ではない。
故に彼女は当てやすい胴体、主に心臓付近を狙ったのだが、狙いは外れ、閃光はジェイドの左脇腹を貫いていた。
「うぅッ……!」
焦りと緊張から、ルカは狙いを定められずにいた。
何度も撃とうとするが、下手をすればディーごと貫いてしまう状況に、あと一歩が踏み出せない。
そうこうしている間に、チャムリットは燃焼と再生を繰り返しながら、遂にディーの目の前へと立った。
「お前には撃てない……覚悟のないお前には」
「黙れ黙れ黙れッ……!」
ルカは自分を恥じていた。
いつまで経っても成長せず、挑発に乗って前に出過ぎ、結果としてこの状況を作ってしまった自分自身を。
その時、チャムリットの剣がゆっくりと持ち上がっていく。
「ほらな……撃てない」
「うるせぇッ!! 私はディーさんをッ……ディーさんを絶対……!」
「だったらさっさとしたらどうだ? あの腕を撃てばいい……それだけの話だ。まぁ、外せば奴は死……」
「ル、ルカちゃんッ! 撃てぇッ!!」
「ディーさん……!」
「君なら出来るッ!! 君はちゃんと成長してるッ! 俺は君をッ……信じてるッ!!」
「ッ!」
魔剣の切先が空を向く。
それと同時、ルカの肩からスッと力が抜けた。
「フー……」
そして、彼女が息を吐いた瞬間、魔剣が振り下ろされた。
だが――――
「!?」
魔剣の切先はディーに当たることなく、そのまま地面へと突き刺さる。
ルカの灼熱の閃光が、チャムリットの右肩を撃ち抜いたことによって。
「ナイスッ……!」
「やっ……まだ!」
喜びも束の間、ルカはすぐさま走り出していた。
右手を失ったチャムリットが、炎に包まれる中、左手で魔剣を掴もうとしているのを見て。
「ちッ……リセルッ!!」
「なッ!?」
苛立ち混じりの彼の声に呼応し、何もない地平から巨大な獅子が姿を現す。
ルカは突然の出来事に戸惑うも、すぐにそれがなんであるかを思い出していた。
ティタノマキアの1人、融合魔法の使い手リセル。
冒険者ギルドでは最高位となる討伐ランクSSS、魔獣の王と称される……白銀の獅子と融合した少女のことを。
ルカは走りながら魔力を練り上げ、再び灼熱の閃光を放つべく両掌を胸の前で合わせた。
「このぉッ!!」
そうして放たれた閃光が、虚しく空を切る。
「ッ! 速いッ……!」
白銀の獅子そのものとなったリセルは、その10メートル近い巨体には似つかわしくないほどの敏捷性を備えている。
直線的なルカの技とは、相性があまりにも悪い。
とはいえ、ディーを守る灼熱の結界は未だ健在。
いかに高い魔力耐性を持つ白銀の獅子であっても、彼女の灼熱は容赦なくその身を焼き焦がす。
ルカが近づく猶予は十二分にあった。
だが――――
「グルァァァァァァアッ!」
「なッ!?」
リセルは迷うことなく、我が身を焦がす灼熱の中へと飛び込んでいた。
ダメージを負うことなど百も承知。
チャムリットが駄目なら、次は己の番。
覚悟を持った行動は、確実に相手を後手に回らせる。
「こ、このおッ!」
閃光が再び空を切る。
だが今度は、躱されたのではなく外しただけ。
リセルの気迫に、ルカが押されて。
炎に包まれた白銀の獅子は、一瞬でディーの目の前に立つ。
そして、彼に向けてその巨爪を振り上げた。
「くッ……!」
「や、やめろぉぉぉおッ!」
「まったく……見てらんねぇ」
その時、風が吹いた。
「ガァッ!?」
凄まじい魔力が込められたそれは、ルカの上空を通り、リセルの脇腹に直撃すると、その勢いのままに彼女を大きく吹き飛ばす。
「グルァッ!!」
リセルは空中で身を翻すと、地面に4足で着地。
体中から体力の煙を上げながら、鋭い眼光で空中にいるそれを睨みつけた。
ジェイドもまた、腹部を手で押さえながらそれを見る。
やはり、苛立ちが宿ったその瞳で。
「あ、あなたはッ……!」
「マ、マジで来やがった……!」
4人の視線を一身に受け、男は微かに笑みを浮かべる。
背中に生えた赤と黒が混じった色の竜の翼は、まるで優雅にゆっくりと羽ばたき続け、腕を組み、空中から見下ろす様はまさに強者のそれであった。
そして、彼はジェイドへと視線を向けた。
「やっと、会えたな?」
真紅の装備を身に纏い、燃え盛る炎のような長く赤い髪と瞳が、さも嬉しそうに揺らいでいた。
その問いかけに、ジェイドは軽く舌打ちをした後――――
「まさかあんたが来るとはな……ドラグニス……!」
そう、彼の名を口にした。




