第501話:圧縮
ジェイドの想像通り、シェリルからもたらされたティタノマキアの情報は、既にロード達の間で共有がなされていた。
加えて、一度拳を交えたバーンからの情報もあり、彼の次元魔法の特性はある程度割れている。
だがそれでも、バーンは皆にジェイドのことを共有した際、"ティタノマキアの中で、最も戦い難い相手"と彼を称していた。
それを思い出したルカは、灼熱の魔力を両手に強く宿した。
「既に、俺の魔法は知っているようだな」
「ええまぁ……ですが、それはお互い様でしょう」
「フ……確かにな」
瞬間、ジェイドはずるりと、まるで沈むようにその場から消えた。
彼の次元魔法は、その名の通りあらゆる次元に干渉する力を持つ。
灼熱の結界をすり抜けたのも、今ルカの目の前で霞の如く消え失せたのも、彼が今いる次元とは違う平面の空間に移動することにより生じる現象。
その彼だけの世界に、ルカの灼熱は届かない。
「フー……」
だが、当然ルカは知っている。
次元魔法で行き来する平面空間は、侵入時こそジェイドの許しがなければ入れないが、出ることは自由に出来る。
つまり、誰かを平面空間に閉じ込めることは不可能であるし、最終的に敵を攻撃する際は、同じ次元にいなければならない。
更に、ジェイドが先程放ったような次元の刃をはじめとする攻撃は、十分に接近しなければ効果を得られないとなれば、対処のしようは十二分にあるとルカは踏んでいた。
「ぬぅッ!?」
驚愕の声に、ルカの口角が微かに上がる。
彼女の後方、平面空間から現れたジェイドは、一瞬で己の肌がヂリヂリと焼けていくのを察知し、再び次元を超えて姿を隠した。
「やり方が姑息ですね……まぁ、戦争中ですし、そんなことは言ってられないのでしょうけど」
ジェイドが狙ったのはルカではなく、その後ろにいるディーであった。
彼さえ殺せれば、50万人の虚ろな軍勢が再び動き出し、この戦場を蹂躙出来るのだから当然である。
故にルカは、ディーの身体を含めた周辺に灼熱を纏わせていたのだ。
今、何よりも守るべきは己の命ではなく、この戦場を支えている彼だと、一番理解しているのは彼女なのである。
「……なるほど。ただ焼き尽くすだけではないということか」
平面空間から姿を現したジェイドは、ルカ越しにディーの方を見つめていた。
ディーの半径数メートルは、既に彼女が作った結界の中にあり、激しく燃え盛る灼熱の炎が、彼の周りの草花を一瞬で焼き尽くし、その下にあった土すらも黒く焼き焦がす。
だが、彼自身は一切の熱を感じておらず、むしろその温かさに心地よさすら感じていた。
「私の灼熱は無形……それは、目に見えるものが全てではない、ということです」
ルカの魔法は、灼熱の炎を文字通り自由自在に操るもの。
つまり、全ては彼女の匙加減1つということである。
彼女が展開している灼熱の結界も、それが見た目通りの事象であれば、中にいる彼女達も当然ただではすまない。
中の空気が燃焼し尽くせば息は出来なくなるであろうし、そもそも触れただけで消失するかのように焼き切れる熱量を持っているのならば、結界内の温度は爆発的に上昇している筈で、本来なら彼女達はとうの昔に蒸し焼きの死骸となっていただろう。
「焼くも焼かぬも自由自在、か」
「ディーさんには指一本……触れさせません」
「フ……果たして貴様如きに出来るかな? ……爆怒の妖精よ」
ビキリと、ルカのこめかみに青筋が走る。
「……死んだぞテメェッ!」
ルカの両手から炎が上がる。
刹那ジェイドは、後方へと下がった。
「オラオラオラァッ!」
灼熱の炎弾が、まるで雨のように降り注ぐ。
しかし、ジェイドは余裕をもってそれらを交わし続けていた。
「逃げんなコラァッ!」
構わず前に出続けるルカに、ジェイドの口角が微かに上がったのと同時、彼女達を覆っていた灼熱の結界が遂に限界を迎えた。
「ギォォォオッ!」
「ゴガァァァァアッ!!」
結界を取り囲んでいたドラゴンや魔物達が、開いた隙間から一気に雪崩れ込む。
当然、それら全てがフェイクの生み出した複製体。
ジェイドを無視し、我先にと2人に襲いかかる。
「…………カスどもがッ!」
幼さの残る少女の顔が、その憤怒で激しく歪む。
そして彼女は、その両手のひらを胸の前で向かい合わせた。
その刹那――――
「ッ!」
肌が粟立つその感覚に、ジェイドは再び平面空間へと身を隠す。
そして、彼は平面の世界からそれを見た。
ルカの胸の前で赤く輝く、まるで小さな太陽のようなものを。
「失せろッッ!!」
怒号が聞こえた次の瞬間、彼は何が起きたのかまるで理解出来なかった。
確かに見続けていたその球体から、いつの間にか細い線のようなものがいくつも飛び出し、それがどこまでも伸びていた。
まるで時が飛んだかのような感覚により、それが圧縮された灼熱の炎だったと彼が気付いたのは、10数体の複製体が全て消滅した後のことであった。
「貴様如きとほざいたなぁ……言葉を返すぜビビり野郎ッ!」
今放ったこれこそが、ルカがギリシアでの敗北を糧に生み出した力の1つ。
魔力を極限まで圧縮し、その圧力をもって放つそれは、敵が速かろうが、硬かろうが、どれだけいようが関係ない。
嘗て翼爪竜種の長に当たらなかった灼熱を、確実に当てるために生み出した極技。
それはまさに、立ちはだかる全てをただただ無慈悲に貫き殺す、灼熱の閃光であった。
「……」
"平面空間に入っていなければ、確実に死んでいた"。
彼がそう思い、微かな敗北感を覚えたのは事実である。
だが、それはあくまで個人的な感傷であり、今この場においては関係ない。
故に彼は、彼女の前に再び姿を現した。
「死ね」
刹那、光が走る。
それと同時に、彼は腹部に熱を感じた。
「ぐ……おッ!?」
避ける間も、防ぐ間もない、文字通り光速の一撃に、ジェイドの身体がくの字に折れる。
「……あ?」
見事攻撃を命中させたルカであったが、その表情に困惑の色が浮かぶ。
何故なら、それを受けて尚、彼は笑っていたのだ。
「はっ!?」
そして彼女は、ジェイドの視線の先に、自分がいないことを察する。
「なんッ!?」
直後、振り返った彼女の目に、燃え盛る人影が映っていた。




