第497話:戦鬼
「こっちとはだいぶ様子が違うね……しっかりと陣形を作って、攻めるタイミングを伺ってるし」
「ええ。つまり、こちらは操られていない、ということでしょう。実際、誰を"視て"も異常がありません」
「んー、向こうは雑兵ばかりで、こっちが本命ってことかな。言い方は悪いけど、ある意味捨て駒なのかも。まぁ、十分脅威なんだけど……あと、国の振り分けも全然違うね」
魔石を利用した双眼鏡で敵陣を見つめながら、カルサはレヴィにそう答えた。
「私もそう思います。左に展開しているのはギブライ軍、右下がカサナエル、後方にバーメディ……どれもレア側では国力が高い国ばかりです」
「だね。それにあそこ……いろんな国の鎧が集まってるとこあるでしょ? あれ多分、各国から選抜された精鋭部隊だね。見知った顔が多いし、あっちに配置された国からも引き抜かれてるみたい」
「なるほど……ん……」
レヴィは鑑定魔法を使い、彼らの力を測る。
肉体の強度も、魔法の練度も、周りとは明らかに違っていた。
「確かに……彼らはかなりレベルが高いですね。厄介そうです」
「うん。人数は少ないけどね。あの人達はあっちの状況を知ってるのかなぁ? まぁそれは置いといて、あの真ん中に陣取ってるレア軍……あれ、本隊だよ。つまり、姿は見えないけどあの人がいるってことだね……」
「ええ。音に聞くレアの大将軍……"戦鬼"と字名されるズィグラッド様ですね」
レア軍総司令、"戦鬼"ズィグラッド=ザビリアム。
齢80。毛量が異常に多い長髪に、また立派に蓄えられた髭が特徴的で、その全てが白髪。
2メートル近い巨躯の持ち主であり、その腕は女性の胴体と比べても遜色ない。
他を威圧する鋭い眼光に、鍛え上げられた鋼の肉体も相まって、年齢通りの印象はまるで皆無である。
嘗て戦争をしないと公言していたレアにおいて、そのあまりの武才により、他国から"宝の持ち腐れ"と言われ続けた男である。
では何故、戦争をしてこなかったレアの将軍が、"戦鬼"と字名されるに至ったのか。
理由は2つ。
1つは、これまで幾度となく行ってきた他国との合同演習、並びに模擬戦において、彼が指揮するレア軍が無敗を誇っていたことである。
レアは自ら仕掛けるということをしないだけで、自衛の為の軍隊は以前から存在しており、ズィグラッドはその指揮を何十年にも渡りとり続けてきた。
実戦経験がほぼないに等しいにも関わらず、兵の戦闘能力が異常に高いのは、彼自らが鍛えに鍛えた精鋭達が、まるで彼の手足の如く、完璧に彼の意思通りに行動するからに他ならない。
また、彼が操る戦略は無限にあるとさえ言われており、得て不得手がなく、いつも敵将の想像を遥かに超えた一手を放つことから、かの"戦神"アディードになぞらえ、その風貌から"戦鬼"と呼ばれたのが始まりであった。
しかし、所詮は模擬戦。
いくら勝利したところで、それは決して真なる意味での勝利とはならない。
故に、この時まではその字名も名誉ではなく、むしろ実践経験のない彼を揶揄する為の蔑称といっても過言ではなかった。
それが賞賛の名へと変わったのは、今から数十年前に繰り広げられた、ヴァルハラ全土を巻き込んだ人間同士の争いにおける彼の活躍にあった。
オリンポスが大陸を統べる盟主へとなる少し前、ほぼ全ての国が大陸の覇権を狙い、レアの周辺国家も御多分に洩れず、次々と名乗りを上げ始めていた。
軍事ではなく内政に力を入れていたレアは、豊富な資源を大量に抱えており、戦乱の世にあっても、国民は今までとそう変わらない平穏な日々を過ごしていた。
それを狙った周辺各国は、次々にレアへと侵攻を開始。
戦争を知らない豊かな国を我が物にせんと、競うように襲いかかったのである。
だが、これにより彼は真なる意味での"戦鬼"と化す。
先述の通り、レアは軍事にあまり力を入れていなかった。
兵士の数が少なく、また装備や馬車といった道具類に至っても、最新のものは一切なく、過去に使用したものをずっと使いまわしていたほどである。
にもかかわらず、レアは一度も負けなかった。
戦力差でいえば10倍の相手であっても、ズィグラッドは全てを読みきり、いとも簡単に勝利を掴む。
こんなことが何度も続き、やがて戦乱の世が終焉を迎える頃には、レアに戦を挑む国は皆無となった。
そして現代。
数年前から始まった北の戦乱においても、ズィグラッドは勝利を重ね続け、今日に至るまで一度の敗北もない。
つまり、生涯無敗である。
ティーターンの属国達がレア側に寝返っていったのも、ティーターンに対する負の感情によるものも確かにありはしたが、最終的にはこのズィグラッドの圧倒的な力に恐れをなした結果でもあったのだ。
「閣下、万事整っております」
「ん? お、あいわかった。ふーむ……やはり"閣下"は慣れんのう……」
「は、はい?」
「あ、いや、なんでもないわい。全軍に通達。そのまま号令を待て」
「はっ!」
兵士が野営地に設営されたテントから出るのを待って、ズィグラッドは1つため息をついた。
「やれやれ……迂闊に独り言も言えんわい。随分と担ぎ上げられたものよ。さて……」
ズィグラッドは1人そう呟きながら手帳を取り出すと、パラパラとページをめくり始める。
その指がピタリと止まると、その人差し指で1人の男の名をとんとんと叩いた。
「ロード=アーヴァイン……」
そこには、彼が様々な者から聞いたロードの情報を元に、使った魔法や戦術は勿論、それを元にズィグラッドが想像した人物像などがびっしりと書き記されていた。
「まさに傑物……戦術家ではないが、読みがずば抜けておる。そして何よりその力……ようやく、会えるのう」




