第495話:たかが
「ヘラクレス殿ッ!」
猛るベンディゴ軍が一気に前へと出る。
その中でアマドは、棍棒を肩に担ぎ、先頭を走るヘラクレスと並走しながら声を掛けた。
「うむ。お主がこの軍の頭であるな?」
「はっ! アマドと申します! 此度の助太刀……感謝という言葉では到底……!」
「よい。我が所持者の命なれば当然よ。それよりアマドよ……気付いておるか」
鋭い眼光で前を睨みつけるヘラクレスに、アマドは小さく頷いた。
「はい……奴ら、全く怯む様子がございません」
ヘラクレスの一撃は、間違いなく敵軍の中央部隊を殲滅し、その被害は1万に迫るほどであった。
だが、彼らは怯むどころか、むしろ更に猛り狂い、ベンディゴ軍へ向けて前へ前へと突き進んでいた。
「あれだけの威力……通常ならば、被害状況の確認に加え、作戦の見直しを検討……とにかく、少なくとも足は止まる筈かと」
「うむ。だが、奴らはまるで意に介しておらん」
「ええ。確かにあの威力であれば、同程度の追撃はないと判断……と、考えたにしてもやはり異常です。あれだけの力……隣にいた私ですら、心の底から畏怖しました。敵であれば、尻尾を巻いて逃げ出してもおかしくはない」
「フ……実際、それを狙わせてもらった。さすがにこの我であっても……1人であの数は骨が折れる」
実際のところ、ヘラクレスに与えられた魔力はそう多くはない。
故に先の一撃、彼女は魔力節約の為、4割程度の力で放っていた。
それでも、仮にもう一度同じ威力で放てば、彼女の魔力はほぼゼロとなってしまう。
「我らも微力ながらお手伝いさせていただきます。しかし、奴らの狂気はどこから……」
「簡単なことよ。正面の民がそうであるように、奴らもまた……操られているのだろう」
「えっ!? あ、あの人数を操るだけでも人間を遥かに超越したものだというのに、こちらの戦場にまで力を……!」
「うむ。で、そのせいなのか、あえてそうしているのかは分からぬが、正面の民とは操り方が違うようだ」
「た、確かに……50万の民はどこか虚な……」
「これはあくまで我の推測だが、おそらく奴らは……感情を操られているのであろう」
「感情を……! な、なるほど……確かにそれなら合点がいきます。戦闘能力はそのままに、戦うことのみを考えさせるという訳ですか……」
「おそらくな。正面といいこれといい、まったく……どうやらティタノマキアとやらは、神にでもなったつもりでいるらしい。気に食わんな……我としては」
「ッ!」
ヘラクレスから溢れ出る分厚い魔力に、アマドの額から頬にかけて汗が流れ落ちる。
そして、彼女が味方でよかったと、心の底からそう思うのだった。
「さて、アマドよ。ここから先、もうゆるりと語り合う暇はあるまい。全軍に伝えよ。"我の背についてこい"……とな」
「ヘ、ヘラクレス殿は本気でこのまま……お1人で正面から!?」
「いや、先に申した通り、我"1人"では無理だ。だがあいにく、この戦場にはお主らの他にもう1人……信に足る者がいる。アマド、左舷を厚くしろ。それで事は足りる。囲まれぬよう、常に移動しながら戦うのだ。よいな?」
「わ、わかりました!」
「うむ。さて……」
アマドが後方に指示を出す中、ヘラクレスは握りし棍棒に力を込めた。
「「「「ウォォォォオォォオオォオッッッ!!」」」
間近に迫ったレア軍の兵士達は、その誰もが目と口を限界まで開き、全力で走りながら全力で雄叫びを上げ続けていた。
気が触れたようなその様に、ヘラクレスは眉間に皺を寄せた後、その目を閉じた。
「……哀れな」
ヘラクレスはその場に立ち止まると、身の丈に迫る巨大な棍棒を天へと向ける。
真っ直ぐ伸びたそれに、背後で見ていたベンディゴ兵の中には、思わず涙する者さえあった。
それは、それ程までに、ただひたすらに尊く、神々しいと、そう思える光景だったからに他ならない。
そして、その棍棒が微かに傾いたその刹那――――
「うぬぅあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!!」
力の限りに振り下ろされた大英雄の棍棒は、空気を破裂させ、大地を砕き、その衝撃により、たったの一撃で数百の兵士達を吹き飛ばした。
「ぐッ……な、なんと……!」
ヘラクレスの真後ろにいたアマドは、吹き飛びそうになる身体を必死に抑え込みながらそう口にした。
単純な膂力のみで、一切の魔力を使わずに放ったそれは、やはり人の理を超えていた。
「……ふむ」
ヘラクレスは、何かを確認するようにそう呟いた後、再び棍棒を担ぎ上げた。
今の一撃は、彼女の中でもっとも魔力消費が少ないものである。
それで数百。だが、たかが数百。
敵はまだ、9万以上も控えている。
「やはり、ちと厳しいか。まぁよい……それもよい。我には似合わぬが、そういった戦いもある。なぁ、そうであろう!?」
「え……なッ!?」
彼女の言葉に戸惑いを見せたアマドだったが、その直後起きた巨大な衝撃によって、驚愕しながら視線を右へと向けた。
そして、彼は我が目を疑った。
そこには、あまりにも巨大な、黄金に輝く片刃の斧があった。
「なッ……ヘ、ヘラクレス殿あれは!?」
「我と共に、この戦場を預かりし豪傑よ。我が身の丈で換算すれば、約4人分といったところか……ともかく、大軍を相手取るのならば、我以上といっても過言ではない」
「ヘラクレス殿以上ッ……あ、で、ですが! 使い手は何処に……」
「おっと……1つ伝えておこう。あやつに対し、決して言ってはならぬことがある」
「言ってはならぬこと?」
「うむ。よいかアマドよ。あやつには、決して"小さい"と言っては……」
直後、巨大な斧がピクリと動いた。




