第485話:ゲイピサール
「クロス……」
「俺も覚悟を決めたよ。次に会う時は……力で君を手に入れる」
「……そうか。一つ覚えていてくれ。俺が言ったギリシアでの言葉……あれは今でも変わっていない」
「フッ……さらばだロード……また会おう」
刹那、クロスの手から魔槍が放たれ、炎毒を撒き散らしながら、ベンディゴへ向けて一直線に飛び立つ。
「くッ……!」
反対方向に飛ぶクロスから目線を切り、ロードは雷速で空を走る。
そして、ベンディゴへ向けて飛翔するゲイピサールを追い抜き、腰にぶら下げた黒い手帳を開いた。
「トライデントッ!」
掴んだ蒼い槍に、すぐさま生命魔法を叩き込む。
そうして現れた海の神の片割れは、以前よりも遥かに膨大な魔力をその身に纏い、美しく、鋭い眼光で魔槍を睨みつける。
そう……彼女もまた、嘗ての力に目覚めたのだ。
グングニルがそうであったように、トライデントもまた、この1年の間で取り戻した記憶により……伝説中の伝説へと舞い戻ったのである。
そして彼女は、その蒼と金の三叉槍を魔槍へと向けた。
「……阿呆が」
直後、放たれた水流が、炎毒の魔槍をあっという間に飲み込み、そのまま球体となって空中で封じ込めていた。
「ありがとうトライデント」
「よい。このまま運ぶか?」
「そうだな……もう少し水に付けておこう」
「分かった。少し歩くか……主どの」
「ああ……俺もそんな気分だ。ちょっと待っててくれ。レヴィに連絡する」
「うむ」
後ろで話すロードの声を聴きながら、水牢を槍の先端に引き寄せると、トライデントはゆっくりと、優雅に歩き出した。
何もない草原の真ん中で、地平線から続く膨大な数の星々と、その中央で美しく輝く月に照らされた彼女は、やはりこの世ならざる雰囲気を漂わせながら、振り返ってロードに微笑んだ。
「終わったか?」
「あ、うん……」
「ん? どうした主どの?」
「いや、あんなことがあったばかりなのにな……トライデントがいると安心するというか……やっと緊張が解けたせいか、軽い脱力感がね。君がいてよかったよ」
「ふふっ……そうか……それはなによりだ。そういえば、妾と主どのが2人きりというのも……もしかしたら初めてやもしれんな」
「確かに……大体レヴィと一緒だからね。それにしても、奴ら逃げるまでが早かったな……」
「最初からそう決めていたのであろうな。主どのを説得、あるいは生け捕りに出来なければ、こやつを使ってでも逃走すると」
三叉の先に浮かぶ水牢の中で、ゲイピサールは怪しい光を放ち続けていた。
水を自在に操る彼女の存在がなければ、この辺り一帯が毒の炎によって焼き溶かされていただろう。
「多分ね。もう少し引き寄せるつもりだったから、作戦を使う暇もなかったな……ただ、これでとにかく、奴らが前に使っていたフルンティングと合わせて2本目だし、フェンリルの中から話しかけてきた奴と繋がりがあるのは決まりかな」
「自然に考えればそうなるな。まぁ、今回はこやつを回収出来ただけでよしとする他あるまい。それに、1人の心は折ったようだし、戦果としては悪くない」
「だね……あ、トライデント」
トライデントは横に並んで歩くロードに、左手を差し出して微笑んだ。
「みなまで言うな。あの力を使用したことは黙っておく」
「うん……ありがとう」
「よい。仮初ではあるが、そういう問題ではないのであろう?」
「うん……その、咄嗟に使ってしまったけど、あれはなんというか……あんまりよくないものだって分かるんだ。だから、レヴィに心配をかけたくなくてね」
「分かっておるよ。主どのの思うようにすればよい。妾はそれを手助けするのみだ。この身、この魂が朽ち果てるまでな」
「ありがとう……でも、朽ち果てさせはしないけどね」
「ふふっ……言葉のあやだ」
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「おかえりなさいませ……ロード様」
「ただいまレヴィ」
家に戻ると、レヴィとガンバンテインが2人を待っていた。
「話はさっき伝えた通りだ。準備してくれてたのにごめんな……思った以上に動きが徹底してた」
「いえ、ロード様がご無事で何よりです。それで、その槍が……ん、確かにゲイピサール様ですね」
「ああ……出て行ったバカね。ロード、せっかくだし生命を与えてみなさいよ」
「え? 今?」
「今ならトライデントもいるし、なんも出来ないわよそいつ。何考えてるか聞きたいじゃない」
「そうだな……妾も興味がある。それに主どの、こやつが見ていたものを知ることが出来るやもしれんぞ?」
「確かに……じゃあ、こっちに」
トライデントは水牢をロードの元に寄せる。
ロードは水の中に手を突っ込み、ゲイピサールをしっかりと掴んだ。
「いいよ」
「分かった。解除する」
トライデントが槍を振ると、水の球体が徐々に萎んでいき、やがて魔槍が解放される。
ロードがそのまま生命魔法を発動すると、赤と紫が混じったような光の中から、びしょ濡れの男が姿を現した。
「お……おお……」
赤と紫がまだらになった短い髪に、やはりその2色を基調とした軽鎧を身に纏ったゲイピサールは、よろよろと数歩移動した後、そのまま地面に崩れ落ちた。
「あっはっはっ! 見てよトライデントこいつ!」
「くっくっくっ……ああ、ひどく滑稽だ」
「やめなよ2人とも……」
ゲイピサールはなんとか立ちあがろうとするが、力が入らず、今度は顔面を地面に打ち付けるように倒れた。
「ぎゃはははっ! 悪いことするからそうなるのよ!」
「くくっ……お、同じ槍として情けない限りだぞゲイピサール……くははっ……ま、まぁ自業自得だな」
「ク、クソどもが……」
「はぁ!? クソはあんたでしょうが! 手帳から勝手に出て行くからそうなんのよ!」
「ぐ……」
何も言い返せず、ゲイピサールは項垂れる。
その様子を見たガンバンテインは、彼が多少は悪いと思っているのだと察し、呆れたようにため息をついた。
「で? あっちは楽しかったの?」
「なんでんなことをてめぇに話さなきゃ……」
「トライデントー? こいつ泳ぎ足りないみたいよー?」
「よし、妾に任せろ」
トライデントの切先が、ゲイピサールへと向く。
「だー! わかっ……ちっ…………さっきので2回目だよ……」
「は?」
「だから! 最初に俺の力を試した後! 今日までずっと訳わかんねぇ空間に閉じ込められてたんだよ!」
「そうだったのか?」
「ああ……手帳の中とはえらい違いでよ……動けねぇし、外も見れねぇしでほんと……あんなんだったらアンタに使われてた方がマシだったっつーか……この身体も……その……すまん……」
地面に座り込んだまま、謝罪の言葉を口にするゲイピサールを見て、ロード達は顔を見合わせ、苦笑いした後に頷き合った。
「もういいよゲイピサール。これからよろしくね」
「あ、ああ……よろしく頼むわ……」
「はいはい。さ、茶番も終わったことだし、続きは中で話しましょ。奴ら……多分動くわよ」
「ああ……そうだね」




