第479話:政略
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「レイザード様。全軍、配置完了いたしました」
一際大きな騎馬に跨り、肩に担ぐほどの大剣を握るその男。
騎馬国家ヴァルツーの将軍レイザードは、部下に対し静かに頷いた。
「……ドルトス、ガルバリンはどうか」
「既に完了との報せが届いております。また、その他各国の援軍部隊も配置完了とのこと」
「よし……全軍聞けぇぇいッ!!!」
レイザードの咆哮が、まだ少し肌寒い初春の空にこだまする。
空気が澄んでいる為か、それはどこまでも伸びて響き、数キロ離れたティーターン、ベンディゴ連合軍の本陣にまで届いていた。
「遂にッ……この長きに渡る戦いに終止符を打つ時が来たッ!! ここに集いし6万の戦士達よッ……その方らが欲するものは何かッ!?」
『勝利ッ! 勝利ッ! 勝利ィッ!!』
「然りッ!! 我らは勝利しッ……北の大地の覇者となるッ!! 全軍構えいッ!!!」
6万の大軍勢が、一斉に剣を抜き、魔力を全身に漲らせた。
構えた彼らの視線の先には、ティーターン、ベンディゴ連合軍総勢2万が待ち構える。
そして――――
「忌々しい……化け物めッ……!」
レイザードは、誰にも聞かれぬよう、苦々しげにそう呟いた。
その憎悪の矛先は、ベンディゴ連合軍の中央に陣取り、誰よりもヴァルツー連合軍の近くに立つ……1人の男に向けられていた。
1年前、それは突如として姿を現した。
厳冬期が終わりを告げ、レアから開戦の号令が出た直後、レイザードはすぐさま全軍に通達。
電光石火の如く、ベンディゴへ向け、当時の全軍を向かわせた。
約3ヶ月ぶりの大戦に、猛る気持ちを微塵も抑えず、一気にベンディゴ近くの山の麓まで進軍、そのまま戦闘態勢へと移行した。
対するベンディゴ連合軍もそれに反応し、すぐさま部隊を展開。
そうして両軍は、開けた草原で相対した。
この時、レイザードは不思議に思うべきであった。
騎馬国家の名の通り、ヴァルツーの魔戦騎馬部隊は平地において無類の強さを誇る。
故にこれまで、ベンディゴ連合軍はそれが活かせないよう、戦場の位置を上手くコントロールしていた。
また、当時はディーとルカがベンディゴに加勢していた為、仮に開けた場所であっても容易には踏み込めなかったのだが、それでも魔戦騎馬部隊の突破力は尋常ではなく、結果的にベンディゴは戦線を下げざるを得なかったのだ。
そんな部隊が活かせる最高の環境にあり、尚且つディーとルカという最大戦力がベンディゴを離れ、ドリューダーの地にいることを既に把握していたレイザードは、迷うことなく全軍突撃の命令を下す。
この日、空には雲一つなく、冷たい風がむしろ心地よいという、空気の澄んだいい天気の日であった。
燦々と降り注ぐ太陽の下、先行する魔戦騎馬部隊の前に、黒衣に身を包んだ男と、メイド服を着た女が突如として現れる。
しかし、魔法戦が主流の戦場において、その程度の出来事では誰も動揺すらしない。
騎馬隊は瞬時に魔力を練り上げ、長いスピアを前へと突き出し、眼前に立つ2人に向けて猛進する。
次の瞬間、レイザードは我が目を疑った。
無理もない。
選りすぐりの精鋭千騎で構成された、ヴァルツー最強の騎馬部隊。
それが、一騎残らず、美しい青空へと舞い散っていたのだから。
当然、勢いを失ったヴァルツーはそのまま敗れ、レイザード達は本国へと逃げ帰る。
そこから、ヴァルツー連合軍の地獄が始まった。
「此度こそ……此度こそは必ず……」
連戦連敗。
何をしても、どう足掻いても、策をどれだけ練っても、絶対に勝てない。
その男が現れたが最後、一瞬で全てが終わってしまうのだ。
どんなに小規模な戦いの場にも必ず現れ、あっという間に優勢が劣勢に変わり、そのまま敗走へと誘われる。
男による死者こそ出なかったが、逆にそれが彼我の圧倒的な実力差を理解することに繋がり、心を折られる者が続出。
ヴァルツーは、もはや一国での戦闘が継続出来ないという、最悪の状態にまで追いやられてしまう。
その、たった1人の男に。
「これが最後の……貴様だけはッ……!」
厳冬期の間にそこから這い上がり、ドルトス、ガルバリン以外の国の協力も得て、レイザードは今ここに立っている。
1年間、敗北に敗北を重ねた彼は、当初は擁護してくれていた王にすらも見限られ始めていた。
もはや猶予はなく、彼にとって、これは最後のチャンス。
この6万の大軍勢の内訳は、ヴァルツー1万、ドルトス5千、ガルバリン5千で、残り2万は周辺の5つの国から召集したものと、本国レアからの援軍2万で構成されていた。
以前であれば、ヴァルツー、ドルトス、ガルバリンの3国だけで4万程度の軍勢であれば用意することが出来ていたのだが、この1年で死者、傷病者、離脱者が爆発的に増えたせいもあり、それぞれ半数以下にまで戦力が落ちている。
言うまでもなく、それも全て――――
「貴様だけは許さぬ……ロード=アーヴァイン……!」
彼はいつも通り、全軍の最前線に立ち、傍にいるメイドとともに敵軍を睨みつけていた。
北の大地で二度の誕生日を迎え、20歳となった彼は、今や誰も知らぬ者のいない大英雄として、その名を全世界に轟かせていた。
そうなるまでには、いくつかの節目があった。
当時、以前からあった領地拡大の手法に対する非難に加え、シュメールの人造魔石機兵の一件もあり、ティーターンの印象は最悪に近いものであった。
そのティーターン側に付き、初陣で大勝利をおさめたロードに対しては、その武勇を讃える声が大半であったが、何故ティーターンにという批判の声も少なからずあった。
ちなみに、冒険者が戦争などに介入すること自体にはなんら問題なく、むしろ傭兵稼業として公的に認められているため、その点に関する批判はない。
ともかく、ロードはそのティーターンに対する負の感情を変える必要があると考え、ニーベルグ王アディードに助力を願い出る。
それを受け、政略にも長けるアディードはいくつかの手を打った。
まず第一に、ティーターンが人造魔石機兵の裏側を全く知らず、全ては前シュメール王ロバートの狂気による蛮行であり、ティーターンは巻き込まれただけであることを、ある程度の証拠とともに情報誌にリークした。
続いて、ロードに対する批判を少なくするため、ギリシア王フリードリッヒに連絡する。
フリードリッヒはすぐさまロードに対し、此度の武勇に対する賞賛と、改めてギリシア大戦時の貢献に対する謝辞を国として表明した。
これに続くように、ケルト王オーランドも声明を発表。
自身が嘗て魔法病にかかり、死の危機に瀕した際、それを救ってくれたのがロードであることを公表し、また彼がどれだけ優れた人物であるかを力説した上で、ティーターン支持の意向を明確に示した。
更に、オリンポス王ザディアックもこれに追随。
ただ、ザディアックは自身の他国での評価を鑑み、ロードに迷惑がかからぬよう、ティーターン支持の意向のみの表明にとどめた。
これらに加え、この無益な戦争を止めたいという意思を発しながら、全ての戦闘に勝利し続けるロードの評価は日を追うごとに上がり続け、世論は一気に彼が守るティーターン支持へと傾いていった。
相対的に、ティーターンの終戦協定締結の意志を無視し続け、あくまで殲滅戦にこだわるレアに対する評価が下がり、レアの属国となった国々に対する批判も出始め、前線に立つ兵士達の士気も比例して下がっていくという悪循環に陥っていった。
無論、レアを操るティタノマキアはそんな批判の声などまるで意に介さず、ただひたすらに目的のため、戦後の利権に関する甘言と、引けば滅ぼすという恫喝をおり混ぜ、各国を強引に縛り続けていた。
ただ、その状況が長く続かないことはとうに理解しており、僅かながら彼らにも焦りの色が見え始める。
実のところ、それが今回の大軍侵攻という形で現れていたのだった。




