第478話:1年
先刻までとは打って変わり、真剣な表情でソロモンはそう問いかける。
少しの沈黙の後、ロードは微かに笑みを浮かべた。
「あの時を思い出すな……ソロモン」
嘗て、レヴィがインヘルムの魔族に攫われた際、ソロモンは無謀な発言をするロードを叱ったことがあった。
当時から北の戦乱は始まっており、戦争を止めたいと語るロードではあったが、それはまるで中身のない、ただの願望に過ぎなかった。
しかし、今はもう違う。
「……覚えてたか」
「うん。あの時はありがとう。おかげで俺は、今もレヴィと一緒にいられる」
「ロード様……」
「ソロモンがいなかったら、今こうしていられたかどうか……」
「どうかね……ま、旦那はなんだかんだやり遂げたと思う。だからこそ……俺は旦那に惚れてんだよ」
「照れるな……はは……」
「そりゃこっちのセリフだよ……で? まだ答えを聞いてないんだけど?」
今度はニヤリと笑いながら、ソロモンは問いかける。
ロードはそんな彼に、真剣な眼差しを向けて口を開いた。
「ああ……俺はこの戦争を"止める"。力を貸してくれ、ソロモン」
「……我が魂に誓って、全力を尽くそう」
そう言って、ソロモンは拳を前に突き出した。
ロードはそれに同じようにして応えると、安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう……認めてくれて」
「ま、認めざるを得ないさ。あの時はただの駄々っ子だったけど……今は違う。うわべだけの言葉じゃなく、力と覚悟が伴ってる。やってやろうぜ、旦那」
「ああ」
「……私もいるんですけど」
男の世界の片隅で、レヴィは拗ねていた。
「いやっ! レヴィちゃんも一緒に決まってんじゃーん! なぁに言ってんのよぉ……ねぇ旦那!」
「俺……レヴィがいなきゃ何も出来ないよ」
「そ、そうなんですかぁ……? だったらいいですけどぉ……はい……」
「……ちょろいな」
「何か言いました?」
「いえ? 何も」
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「んじゃ、改めて今後について話そっか」
翌日、ディーの部屋に再び集まった4人は、机を囲んで向かい合っていた。
机の上には、レヴィが入れた紅茶に加え、お手製のお菓子類まで並び、ここが戦場であることを忘れさせる。
実際、警戒を怠ることはないが、最前線であるここベンディゴですらが、もう数日間に渡り小規模な戦闘すら行われていない。
降り積もる雪は日に日に増え、厳冬期が本格的な始まりを告げていたことから、やはりディーが言っていた通り、大規模な戦闘が起きるのは当分先になりそうであった。
「多分だけど、次にデカい戦闘が起きるとすりゃ、来年の3月くらいになると思うんだよね」
今は12月の初旬。
何もなければ、ここから3ヶ月ほど、互いに一切手が出せない日々が続く。
「それまでは準備期間ってことですね」
「まぁ、北の戦乱が始まってから初めての冬だし、正直どうなるかは分かんないけど、多分大丈夫だとは思うよ。だから、今のうちに色々教えとく。俺とルカちゃんが移動する前にね」
ベンディゴが最大の激戦区になっている理由の一つとして、ここが北都ティーターンから見て真東に、レアから見て真西に位置しているということがあった。
要するに、ベンディゴは両国の直線上に位置しており、北都への侵攻を目指しているレアからすれば、この国こそが最大の障壁となっているのである。
つまり、ベンディゴが陥落し、レアの前線基地として機能するようなことになれば、この戦争は一気に終局へ向けて加速していくことになる。
だからこそ、ディーとルカはこの地に留まり、レア側の思惑通りにならないように行動していたのだった。
「ディーさん達はドリューダーに行くんですよね?」
「うん。あっちもなかなかやばいからね」
北都から見て南東に位置するドリューダーもまた、隣接するレア側の国々から激しい攻撃を受けていた。
仮にドリューダーが落ちれば、北都の南に位置するザッカバーグとの連携が絶たれ、ティーターン側が総崩れになる可能性すらある。
「俺とルカちゃんがこっちにいるから、ベンディゴに来てたティーターンの本軍を向こうに割いたりして対応してたんだけど、こっちにロードくん達がいてくれれば、俺らが向こうに専念出来る。4人でここを死守するより、二手に分かれてカバーした方が効率いいからね。ま、やばかったら迎えにきてよ」
「分かりました。じゃあ、俺達はこの後にでも出発して、もっと本格的な冬になる前にドリューダーとザッカバーグに一度行っておきます。そうすれば制限はありますけど、いつでも移動出来るようになるので」
「それマジいいよね。くっそ便利じゃん」
「連続使用が出来ないことと、1日3回っていう回数制限、あとは杖本体に触れていないと移動出来ないとか、結構条件はありますけどね」
「十分でしょ。ドリューダー行く時に送ってね」
「あの……」
ルカがおずおずと手を挙げる。
「どったのルカちゃん?」
「本当に我々がドリューダーでいいんでしょうか? あっちもあっちで大変だと思いますけど、こっちよりは多少マシかと……」
「まぁね。でも、それじゃダメなんよ。ね、ロードくん」
「はい。奴らにとって、一番欲しいのがこのベンディゴです。なので……俺がここにいないと意味がないんです」
一番欲しい場所に、一番欲しい人間を置く。
そこまでして尚、ティタノマキアが出てくるかは分からない。
ただ一つ間違いないのは、戦闘の更なる激化は避けられないということ。
ロードは、それら全てに対し、受けて立つつもりであった。
どれだけ時間が、かかろうとも。
「それは分かりますけど……まぁ、いいです。覚悟の上ってことですね。だったら、あなたを信じて任せます……ヨルムンガンド倒したあなたを」
ルカとて、ロードの実力は当然認めている。
強さだけで言えば、間違いなく自分より上であり、その点に関しては何も心配していない。
だが、ただ一つ懸念点として、対人間……特に、対軍戦闘の経験値が圧倒的に足りていないということがあった。
ルカはそれを案じていたのだが、あのヨルムンガンドを打ち倒したロードであればと、渋々認めることにしたのであった。
「そーいうこと。ロードは強いよ。多分、ここにいる誰よりも」
「いやいやいや……」
「謙遜すんなって。正直言って、俺の魔法はどっちかっつーと対多数向けじゃねぇし、期待してるぜ……ロードくん」
「全力を尽くします」
「おう。もちろんレヴィちゃんもね」
「承知いたしました」
「よっしゃ……じゃ、ベンディゴ王に挨拶しにいこっか」
「はい、分かりました」
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「エポリィ、今日はこの辺りで野営しよう」
「うん! 分かったし! いいとこ探すー!」
ベンディゴ王との謁見後、ロード達は馬車を借り、いったんベンディゴを出発。
途中、ドリューダーへと立ち寄り、流転の杖ティエレンの転移条件を満たした後、そのままザッカバーグへ向けて移動していた。
本来なら厳冬期ということもあり、約3週間ほどかかる道程を、エポリィの力で1週間に短縮。
もう間もなく、ザッカバーグに到着するというところまで来ていた。
「ロード様、準備出来ました」
「分かった。レーヴァテイン頼む」
「任せな」
彼女は抜いた剣に炎を宿し、それをレヴィが設置した簡易的なかまどへ突き刺した。
すると地面から炎が上がり、そのまま消えずに鍋の底を明るく照らし始めた。
「さすがです……ありがとうございます。レーヴァテイン様」
「造作もないさね。あんたの飯に比べりゃ、児戯に等しいよ」
「主人、周囲は問題ないようだ」
「竜の匂いもしないわ。早くご飯にしてちょうだい」
「お馬さん繋いだしー! ごはんごはん!」
周りを警戒していたエクスカリバーとバルムンクが戻り、エポリィも自身の仕事を終えて合流した。
雪に埋もれた森の中が、一気に騒がしくなっていく。
「分かった分かった。レヴィ頼む」
「間もなく」
やがて周囲に食欲を唆る匂いが漂い、彼らは切った丸太を椅子代わりに、焚き火の周りを囲うように腰掛けた。
「ねぇレヴィ、ほんとにこいつ気付いてないの?」
バルムンクが呆れ顔でロードを親指で指す。
「え? な、なに?」
「忘れているのではないか? ずっと戦い続けていたことであるし……」
エクスカリバーは心配そうにロードを見る。
「な、なんなの?」
「フッ……ロードは自分のことを考えない男さ。まぁ、あたいらはそんな男だから手を貸したんじゃないかい?」
レーヴァテインは笑いながら火力を調節する。
「どういう……」
「言わないと分かんないし。レヴィ、ちゃんと言ってあげた方がいいし」
エポリィもまた、呆れた顔でレヴィを促した。
「ふむ……そのようですね」
「……なんなんだいったい」
ロードが怪訝な表情を浮かべていると、レヴィはおもむろに自身の胸に手を突っ込んだ。
「えっ……えっ?」
「あれ? うんしょ……ど、どこにいきましたかね……あ、ありましたありました。こほん……ロード様」
「は、はい……」
「今日は、何月何日ですか?」
「今日? えっと……12月24日……あっ」
「ロード様、お誕生日……おめでとうございます」
そう言って差し出した彼女の手に、黒い腕輪が握られていた。
レヴィは彼の左手を取り、それを手首へと付ける。
「よかった……ぴったりです」
細身のそれは、ロードの服装によく似合い、神の炎を受けて綺麗に輝いていた。
「レヴィ……」
「ロード様、いつもありがとうございます。私は、あなた様の側にいられて……幸せです」
「それは……俺の方だよ。ありがとうレヴィ……本当に嬉しいよ」
ロードはそう言いながら、左の手首に付けられた黒い腕輪を、魔銀の義手で大事そうに握った。
「ふふ……よかった」
「お熱いねぇ……あたいの炎よりあっちぃよ」
「ロード! おめでとうだし!」
「主人は確か19歳か? 若いのう……なんにせよ、めでたいことだ!」
「まぁ、よかったわね。ほらレヴィ、早く! ごはんごはん!」
「み、みんなありがとう……じゃ、ご飯にしよっか」
この時より約3ヶ月後。
ロードとレヴィは、ベンディゴでの初陣を迎えることとなる。
SSSランク冒険者である彼は、既にその名を知らぬ者などいない存在ではあった。
だが、ベンディゴでの一戦以来、彼の名は真の意味で世界に轟いていくこととなる。
稀代の大英雄、ロード=アーヴァインとして。
そして、その初陣から……更に1年の時が過ぎた。




